『エピジェネティクス』を理解するために パート2 サイエンス通信番外編

青木 薫2014年08月29日 印刷向け表示
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昨日に引き続き、「青木薫のサイエンス通信」番外編をお送りいたします。第2回は、エピジェネティクスを紹介する仲野徹のスタンスについて。サイエンスにも、身につけなければならない「構え」というものがあるのです。第1回はこちら

エピジェネティクス――新しい生命像をえがく (岩波新書)
作者:仲野 徹
出版社:岩波書店
発売日:2014-05-21
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私が仲野さんの『エピジェネティクス』を読み始めてすぐにわかったのは、仲野さんという人は、巨人の肩の上に立って、立ちションをするような人ではないのだな、ということでした。

「巨人の肩」の話は、みなさんご存知のことと思います。アイザック・ニュートンが「もしも私がどうこう見ることができたのなら、それは巨人たちの肩の上に立っているからなのです」と言ったことは、知らない人でも知っているくらい有名ですね。そしてニュートンのそのフレーズは、シャルトルのベルナールの言葉を本歌とする、本歌どりであることもまた、よく知られているのではないでしょうか。

しかし、シャルトルのベルナールが実際何と言ったのかをご存知の方は、あまりいないのかもしれません。ついでだから、ここでご紹介しておきますね。

シャルトルのベルナールが書いたものは、ほとんど残っていないので、問題のくだりは、弟子であるソールズベリーのジョンの著作によるものです。その部分をラテン語から直訳ふうに訳してみると、次のようになります。

ベルナルドス・カルノテンシスが言ったことには、われわれは巨人の(両)肩の上に乗っているようなもので、それゆえ多くを見、また遠くまで見ることができるが、それは自分が優れているからでも、体が大きいからでもなく、われわれを支え、高く持ち上げてくれる巨人のお陰なのである。

私はかつて、ラテン語辞書を引き引きこのソールズベリーのジョンの大読みながら、ちょっと感動しちゃったんですよね。ベルナールは、古代の巨人たちに感謝している。うその肩の上に乗れることを、ありがたく思っている。そしてそれと同時に、自分も巨人じゃないかもしれないけれど、こうやって謙虚に学ぶことにより、巨人たちよりも多くを、そして遠くまで見ることができるのだという、中世人の気概も感じたのです。この、巨人の肩の上に乗って、さらに多くを、そして遠くを見るというのは、科学的知識のあり方とも大いに共通するのではないでしょうか。 

ところが、巨人の肩の上に乗って、立ちションしちゃう人がいるんですよ。そういう輩はどこにでも、いつの時代もいるのですが、際立って影響力があったのは(と、いってしまいますが)ガリレオだと思います。ガリレオの凄さは、私は自分なりにずしりと理解しているつもりです。あの人すごい人です。でもね、気に入らないこともあるんですよ。

そのうちのひとつは、彼はあの素晴らしい文才で、スコラ学者をボコボコにしたことです。その影響たるや、絶大なものがありました。スコラ学者=バカ、みたいになっちゃいましたからね。実は「スコラ学者=バカ」というイメージ作りに力を振ったのは、ガリレオばかりではありません、近代初期の知識人には、そういう人たちが多かったのです。まあ、それもわからないではありません。近代が立ち上がるときには、思春期の親離れとも似て、自分のパワフルさを強調するために、親をけなす。先人ををけなす、というのは、人間、しばしばやっちゃいますからね。

だから近代初期の人たちを、あんまり批判するのはやめておきましょう。しかし二十一世紀に生きるわれわれは、近代初期の知識人たちの尻馬に乗って、中世知識人をくそみそに言うのはやめておきたいと思うんです。巨人の肩の上に立って立ちションをするのはみっともないから。そしてそれは単にみっともないだけでなく、自分の立ち位置を見失い、自分を見誤ることにもなるからです。

仲野さんは、そこのところを深く理解しているんだと思うんですよね。巨人を小馬鹿にしたのでは、生命科学の全体像を見誤る、と。

樹木にたとえて言うならば、根っこに当たるのは、メンデルの遺伝学と、ダーウィンの進化論でしょうか。そのしっかりと大地に根を下ろした根っこに支えられて、DNAの構造解明や、クリックのセントラルドグマという太い幹がある。そしてその上に、今こうしてエピジェネティクスが豊かな葉っぱを広げている。そういう全体像をきっちり取られることを抜きにして、エピジェネティクスばかりモテ生やしていたのでは、大事なところを見誤るよ、と思っていらっしゃるのではないでしょうか。

しかも仲野さんが問題意識を向けるのは、生命科学の史的全体像だけではありません。最先端のビジョンそのものについても、舞い上がったらいかん! と、警鐘を鳴らし続けるのです。

そんなに簡単にはいかない、とか、それやろうと思うとすごいお金かかる、とか、話はそんなに単純ではない、とか、果ては、エピジェネティクスってそこまですごいんか? とか(笑)、否定的なことを延々言い続けるんですよ(ちょっと誇張)。

しかし私は、仲野さんが警鐘を鳴らしているくだりこそ、面白いと思うんです。そこをしっかり味わって欲しいんです。そうするうちに、あ、これって重要なことだな、って気づくと思います。なぜかと言うと、なんとなく薔薇色をした話ばっかり聞いていても、風景はぼんやりとしか浮かび上がってこないから。むしろ、今現在の限界を見極めようとすることで、景観がクリアになることに気づかされるからです。

パート1の冒頭でも述べたように、今後、エピジェネティクスという言葉そのものをタイトルに冠した本だけでなく、面白そうなテーマのいろいろな本で、いや、本だけでなくいろいろなメディアで、エピジェネティクスに関する記述に出会うことでしょう。仲野さんの『エピジェネティクス』は、そういう記述に出会ったときの、構え方を教えてくれると思うんです。そこが、この本の意義について、私が皆さんに、もっともアピールしたいところです。たぶんそれは、エピジェネティクスに限らず、科学のどんな分野にもあてはまる、だいじな心的構えだと思います 

仲野さんのスタンスについては、これぐらいにして、いよいよ本の中身的なことに進んでいきたいと思います。※第3回はこちら

水とワイン―西欧13世紀における哲学の諸概念
作者:川添 信介
出版社:京都大学学術出版会
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中世における科学の基礎づけ―その宗教的,制度的,知的背景
作者:E.グラント
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On the Shoulders of Giants: A Shandean Postscript : The Post-Italianate Edition
作者:Robert K. Merton
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発売日:1993-03

※本稿は青木薫さんのFacebook投稿をそのまま原稿にしております。パート2に関して文意に一部誤りがあったため、修正いたしました。

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