世界とつながらずに生きていく方法。『細野不二彦短篇集』

角野 信彦2014年09月03日 印刷向け表示
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細野不二彦短編集 (ビッグコミックス)
作者:細野 不二彦
出版社:小学館
発売日:2014-07-30
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細野不二彦のキャリアは長い。『GU-GU ガンモ』や『さすがの猿飛』のように1980年代にアニメ化された作品から、30年以上も連載を途切れさせたことがないベテランである。細野にはこうして長期に連載を続けていても想像力を尽きさせない、独自の「型」のようなものをいくつか持っている。そうした魅力を十二分に楽しめる短編がつまっているのがこの作品集だ。

青年誌に作品を発表しだしてから初のこの短編集には『僕らはネットで恋をする』『恋するATAMI』『ご長寿探偵イシガメ』『ギャラリーフェイク ANNEX』『GU-GU ガンモ WILD』の5編が収められている。全ての物語が珠玉の小品といっていい。

拡張現実と熱海という土地柄、それにラブストーリーが絡んでくる『恋するATAMI』のなかで、最先端の技術と『金色夜叉』がシンクロするところや、『ご長寿探偵イシガメ』で被害者の人生を松尾芭蕉の俳句になぞらえるくだりが僕は好きだ。イブニングに連載されていた『ヤミの乱波』でも坂口安吾の『堕落論』が引用されていたが、戦後の混乱を感じさせるための素晴らしい引用だった。あの作品もとてもいい。

僕が考える細野の作品の一番の魅力は、主人公が「孤高」の存在であることだ。現代は「つながり」こそ、成功するためにもっとも大切だといわれている時代である。ビジネスマンであっても、学生であっても、何らかの主義主張をもって社会を変革しようとする革命家であってさえも、世界とどれだけ多くつながっているかで評価される。たったひとりで世の中に対峙しようとすれば、「和」や「空気」が追いかけてくる。

未知の世界を冒険しようとして、地図をみるけれども、そこに空白はない。自分が行ったことのない場所であっても「つながり」が既視感を運んでくる。フック船長が仲間を殺そうとしてまで自分の正義を貫こうとした時代は過ぎ、仲間をつくる海賊が世の中に受け入れられている。そういう時代である。

細野の作品の主人公には、孤立を恐れず、たった一人で世の中に対峙しようとする強さがある。『ギャラリーフェイク』の藤田玲司、『闇の乱波』の桐三五、『電波の城』の雨宮詩織など、個として闇を抱えながらも、仲間を求めず、一人で世界を切り開いていく。そのキャラクターたちの強さも弱さも物語の中で表現される。そのホリスティックな人間像に惹きつけられる。

そして、その物語の舞台設定は息苦しくなるくらいに緻密なことが多い。『ヤミの乱波』では三島由紀夫と光クラブ事件の山崎晃嗣が重要なキャラクターとして登場するが、彼らが生前に出会っていたのかどうかについては、いろいろな説がある。細野は、そうした事実を突き詰めた末に見つけた小さな隙間に物語を潜ませる。カルト宗教とメディアの関係や、贋作と窃盗犯、そして美術業界との関係など、読者にこうあってほしいという願望がうまれる隙間を発見する。そういう隙間に潜んでいる物語と事実との混ざり具合が心地良い。細野はそういう物語をつくる職人である。

そして、もう一つの細野の特徴は、精密に創り上げられた世界のなかで、ストーリーを完全に完結させないことだ。舞台設定が完璧である分、物語を読者の想像力・知性を信じて手渡してくる。そして私たちは、その物語の中でしばらく空想をめぐらせることになる。「つながり」などモノともせず、個人が世界に対峙する強さと弱さを描くにはこうした終わり方がふさわしいのかもしれない。『インディ・ジョーンズ』のように世界の難題を全て解決してしまうよりも、私たちの心のなかに物語の主人公たちがずっと生き続ける。そんな描き方だ。

細野が描く主人公たちは孤立を恐れず、たった一人で世界に対峙する。
僕も、細野のマンガに登場する主人公たちの強さを少しでも持てたら、
そんなことをいつも空想してしまう。

僕はそんな細野不二彦のマンガが好きだ。
 

ヤミの乱破(1) (KCデラックス イブニング )
作者:細野 不二彦
出版社:講談社
発売日:2005-03-30
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戦後の混乱期を緻密な舞台設定で描き出すスパイ活劇。マンガならではのケレンもあり、細野不二彦の魅力が十二分に発揮された名作。マンガHONZのレビューはこちら。

ギャラリーフェイク (1) (ビッグコミックス)
作者:細野 不二彦
出版社:小学館
発売日:1992-10
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安野モヨコの『監督不行届』で、病気で寝込んだ庵野秀明監督が『ギャラリーフェイク』を全巻読むというエピソードがある。要はプロが読んでもそれだけ読み応えがある。主人公の藤田にくっついているサラちゃんのかわいさも特筆もの。
 

電波の城 1 (ビッグコミックス)
作者:細野 不二彦
出版社:小学館
発売日:2006-04-27
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テレビ業界について深く取材して描かれている。オウムなどのカルト宗教とメディアの関係について 深く考えさせられる作品。結末も衝撃的。堀江貴文のレビューはこちら。

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
出版社:中央公論新社
発売日:2014-10-24
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