進化しつづける「詐欺」に対峙するために、僕らにできる限られたこととは? 『クロサギ』

東海林 真之2014年09月01日 印刷向け表示
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学校では教わらないが、社会にでて確実に必要なものは、いくつもある。
いまの時代、特に「金融リテラシー」を高め「人間心理」を学ぶことは必須ではないだろうか。だが、これらはどこで学べるのか。

ひとつはビジネスの最前線だろう。会社を代表する人と人とが契約を交わし、お金を動かす。その場に臨むためには、否応なしに「お金」と「人」とを知る必要がでる。

そしてもうひとつが、ウラの世界ではないか。特に「詐欺(サギ)」。
仕掛ける側は、まさに金と人間心理のエキスパートと言えるだろう。あらゆる手を尽くし、時代に合わせその姿を変え、金を稼ぐ。

また、サギは、僕たちのすぐ隣りにある犯罪だ。いつ巻き込まれてもおかしくない。
だとしたら、そのエキスパートたちにやり込められないため、最低限の知識はもっておく必要がある。そしてまた、サギを知ることは、「お金」と「人」を知ることにつながり、ビジネスにも私生活にも生かせる知恵となる。

社会人となる前、学生時代にこの本を読んでおきたかったと、強く思う。
TVドラマ化されたこともあり、聞いたことがある人も多いだろうが、ぜひマンガも読んでみることを勧めたい。その作品が、『クロサギ』である。

新クロサギ 1 (ビッグコミックス)
作者:黒丸
出版社:小学館
発売日:2008-12-26
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人をだまして金銭を巻き上げる詐欺師をシロサギと呼ぶ。また、異性を餌として心と体を弄ぶのがアカサギだ。そして、この2つのサギ(師)を餌とする詐欺師こそがクロサギであり、本作品の主人公である。

主人公が巨大な詐欺師に立ち向かう大きな筋がありながら、連載回数2~9回で1つの独立した話が進んでいくため、読みやすい。また1巻の単行本に平均して2~3の詐欺が展開されるため、さまざまな詐欺を見ることができる(ケーススタディになる)。

詐欺を行う者は、どのようなワナを仕掛けるのか。詐欺にあう人は、なぜだまされ、どのような悲哀を感じるのか。そして詐欺師は、どのようにしてクロサギに喰われていくのか。
…物語として読んでいたはずが、いつしかその「リアリティ」にのめり込んでいく。

そう。「リアリティ」が詐欺という題材に力を与えているのだ。それもそのはず、原作者である夏原武は、『現代ヤクザのシノギ方』、『震災ビジネスの闇』、『現代詐欺師シノギの手口』他の著書をいくつも記している、裏社会やアウトローに関した題材を得意とするライターである。生の世界の取材を重ねた結果が、作品に反映されているのだ。もちろんその原作の力を生かしきる、作画の黒丸の力も大きい。
 

詐欺の基本は、相手の心を揺れ動かすこと

例えば、詐欺の"基本"は、「相手を興奮させること」だと夏原は指摘する。
そのもっとも分かりやすい例は、震災などの大規模災害のときだろう。『クロサギ』のなかでも「震災復興詐欺」という話が描かれている。


[引用:『新クロサギ』第13巻(小学館)190-191ページ]


[引用:『新クロサギ』第14巻(小学館)208-209ページ]
[ クロサギは、各巻末に「データファイル」という詐欺の解説があり、読みごたえがある ]

そしてまた、災害でなくても、人心は揺れ動く。
「興奮させること」という基本は変わらずとも、「儲かりそう」、「いい女をおとせそう」、「会社が危ない」、「息子/娘を助けたい」など、人心が揺れ動くときは多岐にわたる。そして時代によって、その題材も変化する。

ところであなたは、詐欺に対して「私はひっかからない。大丈夫だ」と思っていないだろうか。その根拠は何だろうか。どんな時でも心が揺れ動かないのか。あるいは、どんなに揺れ動いても冷静な判断をくだせるのか。

今回のレビューを書くにあたり、私も自問自答してみたのだが、自信は持てなかった。例えるなら、周到に準備をしている「マジシャン」相手に、タネを見破れないようなものだ。そして、現在の詐欺の「進化」を知るにつれて、その不安はさらに増していった
ここからは、現在の詐欺の進化形について考えてみたいと思う。


引用:『新クロサギ』第1巻(小学館)66-67ページ

 現在の詐欺の進化 -システム化へ

ここ数年、「振り込め詐欺」や「成りすまし詐欺」から進化した「劇場型詐欺」と呼ばれるものが猛威をふるっている。人は、相手がひとりであれば疑いを抱く場合も、別々の複数人が関わっていたり、権威づけされた人(警察・銀行員・政治家など)が関わっていたりすると、とっさにはそれが成りすましだとは疑わずに信じてしまうものだという。

対象となる詐欺は、幅広い。これまで被害の多かった①オレオレ詐欺、②架空請求詐欺、③融資保証金詐欺、④還付金等詐欺などの「振り込め詐欺」に加え、2012年から増加しているのが、⑤金融商品等取引名目の詐欺(未公開株詐欺や、社債詐欺など)、⑥ギャンブル必勝法情報提供名目の詐欺、⑦異性との交際あっせん名目の詐欺、などだ。

警視庁はこれらの詐欺を総称して、「特殊詐欺」と読んでいる。だが、一般の人からしてみたら「特殊」ではなくもっとも身近な詐欺になっているのではないか。また、この「特殊詐欺」には、ひとつの大きな特徴がある。それは、仕掛けている組織が、大規模に「システム化」してきている、ということだ。

裏社会のシノギの実態を徹底取材したジャーナリスト溝口敦は、『詐欺の帝王』(文春新書)で、次のように語る。

ところで警視庁が名づける「特殊詐欺」を「システム詐欺」と呼び変えたらどうかと思う。その方が実態に即して分かりやすい

特殊詐欺のほとんどが、集団・組織の犯罪であり、一人だけで行う犯罪ではなくなっているという。集団がシステマチックに動くことで成立する詐欺であり、ほぼ企業組織のようになっているのだ。

どれだけシステマチックに動いているのか。前述の『詐欺の帝王』(文春新書)『振り込め犯罪結社』(宝島社)を参考に、一例をあげてみよう。今回の例では、「鉄道警察によって痴漢容疑で捕まえられた息子」をシナリオとしてみた。

まず、電話応対をする「プレイヤー(掛け子)」という役がいる。ひとりは被害者の「息子」役だ。アポインターとも呼ばれる。ひと昔前であれば、ひとりで「オレオレ」とやっていたのだが、いまは複数のプレイヤーがいる。このシナリオでは、鉄道警察官と、痴漢被害にあった女子高生の怒れる父親役が加わる。彼らはクローザーとも呼ばれ、入れかわり立ちかわり電話の相手を追い込んでいく。「もしもし、鉄道警察ですが、お宅の方を痴漢容疑で現在取調べ中なのですが」「うちの娘はただでさえ不登校で心に傷を負ってるのに、どうしてくれるんだよ!!」・・臨場感ある電話応対を重ねることで、たたき付けられる事態のショッキングさと、そのリアリティとで、電話の相手を追い込んでいくのがプレイヤーである。

プレイヤーも複数いるが、これだけ臨場感ある役柄をこなせているのは、電話の相手をよく調べているからだ。すなわち「名簿屋」から入手した名簿の力である。また、プレイヤーに役を指南し、台本を書く「コーチ屋」という役もいる。プレイヤーは、電話をかけだす前にコーチ屋によって1-2週間みっちりと「研修」を受ける。また、電話をかけながら、役に慣れていくと共に、1本ごとの電話の結果をホワイトボードに書き記し、PDCAサイクルを急速に回して上手くなっていく。他にも、組織の外部協力者として、「道具屋」というレンタル携帯(あるいは他人名義携帯)および他人名義口座を用意する存在が欠かせない。

振込みまでこぎつけたら、「出し子(下ろし子)」と呼ばれる銀行やATMで現金を引き下ろす集金役が登場する。末端であり、基本は使い捨てされる人々である。さらに、出し子からお金を受け取って運ぶのは別の人間、「運び屋(運搬)」だ。

そしてこれらプレイヤー、出し子、運び屋を取りまとめるのが「店長」である。その上にも階層は重なり、「番頭」「金主(オーナー)」が続く。階層を重ねるのは、組織の拡大を図るためと、絶対に捕まらないようにするための仕組みだ。「金主(オーナー)」は現場に直接携わらず、組織にタネ銭を投げて収益を得る役割であり、また末端までが捕まらないように気を配りシステムを作り上げる頭脳派である。

なお、番頭とオーナーの間に「統括」「総括」「社長」「幹部」と連なる場合もあるようだ。規模が大きいほどに中間の役職が連なる。これは、ヤミ金と同じシステムであり、システム金融と呼ばれるヤミ金からこの仕組みが転用されたのだという。

どうだろう。通常の企業組織以上にしっかりとした組織、「システム」ではないか。彼らに欠けているのは、売りつける製品、そしてターゲットに対する想像力だけであり、その他の仕組みは企業そのものなのだ。
 

システム化の恐ろしさとは

なぜ、詐欺の「システム化」を焦点に語ったのか。それは、システム化には恐ろしさがあるためだ。

心理学の実験に、「ミルグラム実験」という有名なものがある。これは、俗称としてアイヒマン実験(アイヒマンテスト)とも呼ばれるのだが、「アイヒマンはじめ多くの戦争犯罪を実行したナチス戦犯たちは、そもそも特殊な人物であったのか。それとも家族の誕生日に花束を贈るような平凡な愛情を持つ普通の市民であっても、一定の条件下では、誰でもあのような残虐行為を犯すものなのか」という疑問に答えるための実験であった。

実験の詳細はここでは省くが、その結果は驚くべきものだった。「普通の平凡な市民が、一定の条件下では、冷酷で非人道的な行為を行うこと」を証明するものだったのだ。

このポイントは、「指示者」と「実行者」の分離であり、「システム化」である。すなわち、人は、自らが指示かつ実行者であるときはできないような残虐な行為も、指示するだけ、実行するだけに分けてしまえば容易に行ってしまうのである。
 

僕らにできることとは何か

話を詐欺に戻してみたい。
ただでさえ、詐欺師はマジシャン同様に周到に準備をかさねたプロフェッショナルであり、一般人は見破ることは難しいものだと言える。それに加え、詐欺は「システム化」という進化を遂げ、ノウハウと技術を高めている現実がある。一方で、倫理的に「被害者のことを想像できないのか!」と訴えるむきもあるが、「システム化」を遂げた現状では、指示者も実行者も止めることができない暴走する生き物になってしまったといえるだろう。

だとしたら。
私たちひとりひとりが詐欺師の手口を知り、心揺さぶられる時も「あれ、おかしいぞ」と冷静になれるよう準備しておくことが、必要なのではないだろうか。

今回、『クロサギ』を題材として、数々の詐欺のケースをみるにつれ、現代社会に必須のリテラシーではないかと考えさせられた。

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