『病み上がりの夜空に』 自閉症児をもつ夫婦の現実を告白する手記

東 えりか2014年09月06日 印刷向け表示
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病み上がりの夜空に
作者:矢幡 洋
出版社:講談社
発売日:2014-07-17
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一読して驚く。
「エリちゃんは、普通の生活ができるようになったんじゃなかったのか」

臨床心理士として多くの著作を持ち、マスコミにも登場する機会の多い矢幡洋が、自閉症の娘について赤裸々に綴った『数字と踊るエリ』(講談社)は、同じ障害を持つ親に支持され、まだ理解の足りない自閉症を啓蒙する一冊となった。

数字と踊るエリ 娘の自閉症をこえて
作者:矢幡 洋
出版社:講談社
発売日:2011-04-19
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人の心理の専門家であっても、いや、専門家だからこそ自分の娘に対して思い込みや過信があった。自閉症の知識も乏しかった。しかしそれもアメリカで行われていた応用行動分析に則って養育を続け、小学校入学後、年齢と共に効果を得て普通の子と遜色なく育っていく。それが『数字と踊るエリ』の結末だったのだ。


しかし本著では3年後のエリの様子と共に、前作では多くを語られていない妻の姿が書かれている。普通の子供とは、成長度合いも行動も違うエリを育てることに疲れ果てた病弱な妻は、事実を明かされず、ただ不安に苛まれていた。その様子が本人の回想手記をもとに記されていく。そこには妻の幼児期の経験も影響していた。

本書では、同じ臨床心理士でもある妻の奈緒と、僕の章が交代で記されていく。前作でも触れられていた矢幡の沖縄の精神病院での労働闘争も興味深い。その経験が、エリの養育にも影を落としている。

前作の結末近くで、エリが芸能界に興味を持つ様子が描かれている。いまどきの小学生の女子が憧れるタレントや歌手に、彼女も同じように夢中になって踊っている。その様子はとても微笑ましかった。それが後に彼女を大きく傷つけることになるとは、誰も思わないだろう。両親の努力のもと「普通に近づいた」と思われたが、それは「普通になった」とは似て全く違うことだったのだ。大人になりつつあるエリは、人と自分が違っていることに気づき、悩み始める。

あとがきに書かれた母親幻想についても非常に考えさせられる。母はいつも太陽であり大きく構え、絶対の存在でなくてはならないのか。自閉症やその他のコミュニケーション障害の子を持った母が、鬱病や心理的に不安定になることは許されないのか。

日本では弱音を吐くことが難しい。本書ではエリの父も母もよく泣いている。当然だろう。明るい将来を信じることができないのだから。10年前より人々の理解が進んだとはいえ、共存するためにはさらなる啓蒙と知識が必要である。前作とともに一読をお薦めする。

(週刊現代 2014.9.6号 掲載)

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追記

8月16日、NHKで『君が僕の息子について教えてくれたこと』というドキュメンタリー番組が放送されました。自閉症である東田直樹さんが13歳の時に書いたエッセイ『自閉症の僕が跳びはねる理由』が世界20カ国以上で翻訳され(『The Reason I Jump』ベストセラーになっています。アイルランド在住の作家デイヴィッド・ミッチェル氏によって英訳されましたが、それはミッチェル氏の息子もまた同じ症状だったからです。番組はミッチェル氏が東田さんを訪ね、会話をした様子を描いたものでした。

自閉症の僕が跳びはねる理由―会話のできない中学生がつづる内なる心
作者:東田 直樹
出版社:エスコアール
発売日:2007-02-28
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 番組は大反響を呼び、再放送が決定しています。(総合 9/13(土) 午後3:05~4:04)

跳びはねる思考 会話のできない自閉症の僕が考えていること
作者:東田直樹
出版社:イースト・プレス
発売日:2014-09-05
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 最新刊も発売になりました。 

自閉症やアスペルガー症候群の研究は、ここ十数年の間に目覚ましい進歩を遂げていて、『病み上がりの夜空に』の著者、矢幡洋さんが行っていた応用行動分析による養育方法もそのひとつです。この方法で、最重度の自閉症である娘・リカが言葉を話せるまでの一連を記した本も紹介します。

リカと3つのルール: 自閉症の少女がことばを話すまで
作者:東条 健一
出版社:新潮社
発売日:2013-02-18
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 レビューはこちら

小説ですが、大人になったアスペルガー症候群(だと思われる)青年と、周りの人々との程よい距離感を描いたこの作品もすばらしいのでオススメします。現在発売中の『読楽』(徳間書店)で連載している「本読みの理不尽」で取り上げています。

敬語で旅する四人の男
作者:麻宮 ゆり子
出版社:光文社
発売日:2014-07-18
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