大切な人が殺されたとき、犯人への殺意を抑えられますか?『フリージア』

苅田 明史2014年09月16日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
フリージア 第1集 (IKKI COMICS)
作者:松本 次郎
出版社:小学館
発売日:2003-07-30
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂
  • HonyzClub
  • ebookjapan

遺族が犯人を殺すことができたなら?

もし仮にあなたの親や兄弟、パートナー、子どもなど、大切な人が殺されたとしたら、どうしますか?
法の下において犯人を裁くことで、あなたはその犯人を赦すことができるでしょうか?

私もそうですが、きっと多くの人は犯人を赦すなど出来ないと思います。犯人に対して殺意さえ覚えてしまうという方がほとんどなのではないでしょうか。
もし仮に、この手で犯人を断罪することができたなら・・・?
そんな「if」を描いた作品が松本次郎さんの『フリージア』です。

『フリージア』の舞台は、殺人等の凶悪犯罪の被害者遺族が一定のルールに基づいて加害者に復讐する「敵討ち法」が成立した日本。
「敵討ち法」では↓のようなルールに基づいて、加害者への敵討ちを行うことができます。
(少し長いので、読み飛ばしても構いません)

敵討ち法のルール(Wikipediaより転載)

・ 裁判所が敵討ち申請届を受理した翌日、(代理人に依頼した場合)対象者の下へ事務官が訪れ関係書類を提出する。敵討ちはその4日後の正午に執行され、逃亡した場合武装警察に射殺または逮捕される。
・ 被害者遺族は敵討ち代理執行人を3人、対象者は警護人を2人まで雇うことが出来る。しかし民間の警護人は最低ランクのヒサエでも一千万円以上の報酬を取るため、多くの対象者は低廉な国選警護人を雇わざるを得ないのが現状だが、こうした国選警護人は安価な報酬で命を張ることを嫌がり、代理人事務所に簡単に買収されて投降してしまい、警護をしないケースが多く信頼できない。そのため本作では対象者の友人や部下が警護人を務める場合が多い。
・ 対象者が収監されている場合は、釈放される。一方で刑の執行を終えているものも対象者となる。
・ 敵討ちのフィールドとなるのは対象者側の自宅とその周辺。代理人側と対象者側は事前に敵討ちの場所となる地域の地理を調べる権利を持つ。
・ 執行代理人側は事務所が保管している銃器を、対象者側は国から支給された銃器を武器として使用することができる。弾はマガジン一つ分のみ、リロードは認められない。また、ナイフなどの凶器を使用することも許される。
・ 執行当日の正午に戦闘が開始、両者はフィールドにおいて互いに殺し合い、代理人側は対象者が死ぬまで、対象者側は代理人が全員死ぬか2日間対象者が生存するまで執行が続く。
・ 執行中、他の民家に侵入したり無関係の市民を攻撃する行為は双方禁止。
・ 警護人が投降した場合、代理人は速やかに警護人を武装解除し、警護人に一切の敵対行為をしてはならない。

簡単に言ってしまえば、「敵討ち法」とは「残虐な事件に手を染めた犯人(=対象者)に対して、その遺族が敵討ち代理執行人を雇って、一定のルールに基づいて対象者を殺害することができる」というものなのです。

『フリージア』は、「敵討ち代理執行人」を主人公としたサイコバイオレンスドラマです。
この作品はもちろんフィクションなのですが、初めてこのマンガを読んだ人は皆、この作品の何とも言えないリアルにのめり込んでしまうはず。
まとわりつくような一体リアリティはなんなのか? とずっと気になっていたのですが、最近になってようやくその謎が解けました。
それは「白黒つけすぎた日本が陥ってしまうかもしれない未来」なのではないかと感じたからです。
 

『DEATH NOTE』や『フリージア』が誕生した社会的背景とは?

私は2001年に連載が開始された『フリージア』は、1999年に発生した光市母子殺害事件の影響を強く受けているのではないかと考えています。当時18歳1か月の少年Aによって主婦が殺害後屍姦され、その乳児も殺害されたというこの凶悪事件では、裁判を通じて「犯罪被害者の権利確立」という論点が世の中に投げかけられました。
また2001年に発生した附属池田小事件。この事件については、加害者が法廷で被害者家族を嘲笑うような供述をしたことで、遺族だけでなく世間からも大きな反感を買い、多くの人が厳罰を望んでいたことが思い出される方も多いと思います。

これらの事件の報道を通じて、多くの人が遺族に同情し、犯人に対して嫌悪感を抱いたはず。
日本人の同調現象も手伝ってか、凶悪犯罪者に対するバッシングはますます高まっていきました。

こうしたコンテキストのなかで、「犯罪者を罰することができたなら」という物語が生まれたのは必然だったのかもしれません。
2003年には言わずと知れた『DEATH NOTE』が連載を開始し、名前を書くとその人を殺せる「デスノート」を使って犯罪者を裁くキラは、マンガのなかでも現実世界でも、反感を買いつつも多くの賛同を集めました。

『フリージア』も『DEATH NOTE』と同様に、「犯罪者はどのように裁かれるべきか」ということを描いた作品です。
特に『フリージア』では、遺族に代わって執行を行う執行人と、執行人に追われる犯罪者とその仲間に焦点が置かれています。

ただし、このマンガは単に執行人が犯罪者を撃ち殺していく様子を描いているのではありません。
「敵討ち」がビジネスになってしまったたことで、モラルに欠けた代理執行人が氾濫してしまったり、対象者を裁いていくなかで執行人自身の精神が汚染されていったり、対象者を守ろうとする人々のなかに生まれる対象者への愛情や友情が描かれていたり。
一歩踏み込んだ内容になっているという点で高く評価されるべき作品だと思っています。

もちろん、凶悪犯罪の犯人には厳罰が下されてしかるべきだし、そのために法律は存在しています。
しかし、『フリージア』のページをめくれば、犯人に刑罰を与えるべきなのは遺族であるべきなのか、法律であるべきなのか、改めて考えさせられるのではないでしょうか。
 

どう生きるべきかを改めて問う

実はこの作品を思い出したのは、佐々木 俊尚さんの『自分でつくるセーフティネット』(大和書房)を読んだことがきっかけでした。
HONZでのレビューはこちら⇒http://honz.jp/articles/-/40644
flierでの要約はこちら⇒http://www.flierinc.com/summary/246

佐々木さんは本書のなかで、国や会社が守ってくれる時代が終わってしまった現代において、自分を守るために選択すべき生存戦略について述べています。
そのなかで「わたしたちは、実は苛烈で残酷」という話が紹介されています。

「裁判員裁判の厳罰化」問題ってのが起きちゃってます。(中略)
検察官の求刑よりも少し軽い判決になるのがこれまでの裁判の常識だったんですが、なんと裁判員裁判になってからは、求刑よりも重い判決を下してしまうことが増えているんです。(中略)
結局のところ、わたしら日本人は見知らぬ他人に対してはとても残酷だってことなんですよ。

日本人と言えば他国に比べて「心穏やか」という印象を持っている人も多いと思いますが、実はそうではなかった、というのがショッキングなこの内容。
私が『フリージア』に感じるリアリティはまさにこういった日本人の素性から生まれてくるのかもしれません。
犯罪者の罪を厳しく追及し、断罪をビジネスにしてしまう世界が本当に実現してしまうかもしれないと思えたからです。

佐々木さんは『自分でつくるセーフティネット』において、これからの生存戦略のひとつとして「見知らぬ他人に対しても寛容になること」「自分の中途半端な立ち位置を知ること」を提唱しています。

このマンガを読めば、「どう生きるか」を改めて考えるきっかけになるのではないでしょうか。

日経アソシエの『ビジネスパーソンのための教養大全』(日経BPムック)で「教養が身に付くマンガ」としても紹介された『フリージア
ビジネスパーソンには、ぜひ読んでいただきたい作品の一つです。
 

フリージア 12 (IKKI COMIX)
作者:松本 次郎
出版社:小学館
発売日:2009-11-30
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂
  • HonyzClub
  • ebookjapan
DEATH NOTE 1 (集英社文庫コミック版)
作者:小畑 健
出版社:集英社
発売日:2014-03-18
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂
  • HonyzClub
  
自分でつくるセーフティネット~生存戦略としてのIT入門~
作者:佐々木 俊尚
出版社:大和書房
発売日:2014-07-26
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂
  • HonyzClub
ビジネスパーソンのための教養大全 (日経BPムック)
作者:
出版社:日経BP社
発売日:2013-06-27
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂
  • HonyzClub
記事へのコメント コメントする »

会員登録いただくと、記事へのコメントを投稿できます。
Twitter、Facebookにも同時に投稿できます。

※ 2014年3月26日以前にHONZ会員へご登録いただいた方も、パスワード登録などがお済みでない方は会員登録(再登録)をお願いします。

コメントの投稿

コメントの書き込みは、会員登録ログインをされてからご利用ください。

» ユーザー名を途中で変更された方へ
 変更後のユーザー名を反映させたい場合は、再度、ログインをお願いします。

ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
出版社:中央公論新社
発売日:2014-10-24
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

電子版も発売!『ノンフィクションはこれを読め! 2014』

HONZ会員登録はこちら

人気記事