『逆転!』 非常識と逆境、もしくは不幸

高村 和久2014年09月29日 印刷向け表示
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逆転! 強敵や逆境に勝てる秘密
作者:マルコム・グラッドウェル
出版社:講談社
発売日:2014-09-02
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俺は、逆転したいだろうか?

『逆転!』という題名、「弱者の兵法」と書かれたオビを見て思った。自己申告で、どちらかと言えば弱者。勝ちたいかと言われれば、そりゃ勝ちたい。くらいか。原書の題名は、"David and Goliath"だ。ゴリアテに勝ったダビデのように、弱者が強敵や逆境に勝てる秘密は何か。『氷川清話』に出てくる横井小楠の話のように、失敗を都合のよいように移らせるような話だろうか?

この本では、章ごとにさまざまな物語を紹介しながら、二つのことを掘り下げていきたい。ひとつは、圧倒的に不利な状況に置かれながらも、あえて戦う道を選ぶ姿は美しく、崇高だということ。勝ち目のない戦いに挑む精神は尊い。そこから扉が開かれて、新しい歴史や価値がつくられる。そしてもうひとつは、どんなに強くて大きい巨人にも、かならずどこかに致命的な弱点を持っているということだ。

それは、『のぼうの城』のような話ということだろうか?おもしろそうだ。いや、これはフィクションであった。でも、ノンフィクションであっても、思えば自分はスペインアフリカブラジルで挑戦をした人の本のレビューを書いてきた。好きなのだ、そういう物語が。というか、普通のことが普通に起きるなら、そもそも物語にならない。好きなのだ、「物語」が。

しかしそれは、そのようなことが滅多に起こらないということを意味する。普通は負けるのだ。レビューでナイーブなヒーロー願望を喚起し、「戦地」に駆り立てること程、罪なことはないのではないか?そもそも、自分だったら勝ち目もなく戦うだろうか?いや、ない。漢文のようになってしまった。というか何と戦うのか(HONZか?)。どちらかと言えば、飲み会ですら時に面倒、縁側でお茶でも飲んでいたいという平和キャラクターなのである。

本書が、もし「不幸!」とか「不運!」という題名であったとしたら、きっと中身が伝わらないし売れないだろう。しかし、私が読み終わって思ったのは、本書に書かれている物語の多くが、ある種の「不幸」を持つ人や組織が、そうであるが故の特性を発揮する話だ、ということである。それはたとえば、識字障害を持って生まれたり、親に先立たれたり、戦争に巻き込まれたり、貧乏だったり、マイノリティに生まれたりすることだ。もちろん、それだけではなくバスケが弱い学校や二流大学というような例も出てくるが、いずれにしても、そのような逆境において、本書の登場人物は、妙手を打つ。

妙手とは、例えば小児白血病患者へ薬剤を大量投与したり、冷戦の真最中に共産主義国のポーランドに工場を建てたり、犯罪履歴がある者にプレゼントを贈るといった、常識を超える手のことだ。この、既存の考え方やルールを破る" out of the box "な考え方や行動が、じつは本書の最も大きなテーマになっている。著者は、地域を問わず、抑圧を受けてきた文化の伝承や歌には必ず「トリックスター」が存在し、一見おとなしい動物か何かの姿をしたそのトリックスターが、巧みに悪知恵を働かせて自分より大きな敵をやっつけていると言う。「悪知恵」というところが重要だ。強者のほうから見たら、想定外の設定をされたことで負けそうになるのだから、ルール違反で悪だ。バスケの監督は相手に激怒され脅された。

後に重要になるサバイバル能力が、「不幸」な境遇下で醸成される。たとえば識字障害を持つゲイリー・コーンは小学校では出来が悪く、退学になりそうになった。親はハイスクールだけは卒業してほしいと願い、卒業した日に号泣した。「私の人生で、あんなに泣いた人を見たことがない」そこから大出世を遂げていく彼の物語はまさにトリックスターのそれであり、インタビューの終わりに笑いながら言ったという「いい本になるといいな、俺は読まないけど」というコメントも含めて良い話だ。

本書で著者が描くストーリーのそれぞれには社会科学的な研究と数字のサポートがされており、それがまた大きな魅力になっている。上記のゲイリー・コーンの物語では、「認知反射テスト」の研究が紹介されており、問題文が「読みにくく」、脳を使って考える時間が大きい程、課題の正答率は上がるという。他にも、戦時の空襲を生き延びた人が「怖がることを怖がらなくなり」勇気をもつようになるという研究や、生徒が積極的になるために理想的なクラスの人数に関する研究など、様々な場面で応用できるトピックが紹介される。

数字に関連してもう一つ。過去200年の間に起こった大国と小国の戦争(人口・兵力に10倍以上の差がある)において、じつは、大国は71.5%しか勝てていないそうだ。小国が常識はずれのゲリラ戦を展開した場合には、むしろ、小国の勝率が63.6%と上回るそうだ。結構な勝率である。平和キャラクターが何を言うかという話ではあるが、ついでに引用すれば、今までアメリカの大統領になった44人(オバマ大統領まで)のうち、12人が小さいころに死別・生別を問わず父親を失っているそうだ。というか、大統領を持ち出すまでもなく、みんな、なんらか不幸と不運を持って生きているのではないだろうか?そんな人が縁側でお茶をしたいかはわからないけれど、逆境から出てきたクレージーな挑戦があったら、私はそれを応援したいです。そうか、これが著者が言う「あえて戦う道を選ぶ姿は美しく、崇高だ」なのだ、きっと。
  

「弱くても勝てます」―開成高校野球部のセオリー
作者:高橋 秀実
出版社:新潮社
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トゥルー・カラーズ シンディ・ローパー自伝
作者:シンディ・ローパー
出版社:白夜書房
発売日:2013-03-11
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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
出版社:中央公論新社
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