『ツタンカーメン 死後の奇妙な物語』 - 真実以外の何かを求めて

内藤 順2014年10月03日 印刷向け表示
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ツタンカーメン 死後の奇妙な物語
作者:ジョー マーチャント
出版社:文藝春秋
発売日:2014-09-16
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2010年2月、アメリカの専門誌・JAMA(アメリカ医師会ジャーナル)に掲載されたツタンカーメンの記事は世界を震撼させるに足るものであった。

それはツタンカーメンが近親相姦によって生まれた子であり、生来の虚弱体質に悩まされ、さらに死因がマラリアという衝撃的な内容である。その事実は、すぐさま『マスクを脱いだツタンカーメン』というドキュメンタリー番組でも放映され、世界中の人々に知られるところとなった。

しかしその後、外部の専門家から調査結果の信憑性について異議があがる。古代DNAの大半が、現在抽出できるレベルで残存していなかったのではないかという指摘を受けたのである。それは同じ雑誌の小さな投稿欄に掲載された記事に過ぎなかったのだが、実力ある科学ジャーナリストが見逃すわけもなかった。それが本書の著者、ジョー・マーチャントである。

報道と真実の間には、はたして何があったのか?かくして世界で最も有名な古代ファラオの素顔を巡る、著者の長い旅路が始まるのだ。

地球上の生きとし生けるものの中で、ツタンカーメンほどロマンを感じる対象として語り継がれた人物は存在しない。イエス・キリストであったという説や、その近親者がモーゼであったという説、はたまたツタンカーメン自身がユダヤ人であったという説から、古代エジプトのファラオはアフリカ系黒人だと主張する人まで現れた。

だが、過去3000年以上にも及び形成されてきたツタンカーメンの神話や伝説も、直近90年にかけて幾度となく転機を迎えてきた。その足跡は、本書の前半部に詳しい。

1922年にハワード・カーターがツタンカーメンのミイラを発見。その後、古代の神秘に検死解剖、X線などなど様々な科学のメスが入り、古代と現代、そして神話と科学は不思議な邂逅を果たすことになる。その度に黄金の仮面の下の素顔は、塗り替えられることとなった。結核を患った悲劇の少年、殺人事件の被害者、無謀な戦車競走のレーサー...

2005年には、エジプト考古局ザヒ・ハワスを中心とするメンバーによって、CTスキャンによる解析も行われている。約1時間半の撮影で入手できた断層写真1700枚以上にも及ぶという。その結果はドキュメンタリー番組の中でも報道され、死因は足の骨折にともなう合併症であったものとされた。

だがその事実をさらに覆し、最もセンセーショナルな話題を呼んだのが、冒頭でも紹介したディスカバリーチャンネルの番組『マスクを脱いだツタンカーメン』である。DNA鑑定という最新技術によって、ツタンカーメンの家系や家族、死因に関する新発見を追った内容は、本書の内容を知った後に見ても、十分に面白いものであった。莫大な費用をかけ、最先端の装置を使い、世界的な権威に指示をあおいだ入念な調査は、なぜこれほどまでに外部の専門家たちから反発を受けたのか?

そこにはDNA鑑定の曖昧さという事実が存在した。古代のDNAはサンプルが少ないため、技術的に増幅されなければならない。その際に汚染されるリスクが非常に高く、現代に入ってからのDNAを古代のものと取り違える可能性も高いのだという。この争点をめぐっては、古代DNAに関する盲信派と懐疑派という二つの陣営が反目しあっている真っ只中であり、そこに引き金を引いた恰好となったのである。

このディスカバリーチャンネルの番組製作におけるDNA鑑定の実体を知るにつけ、これは昨今ブランド・ジャーナリズムやコンテンツ・マーケティングと呼ばれるものの先駆け的な事例と捉えることで、様々な示唆が得られるのではないかと感じた。

たとえば専門性の高い内容を報じる際に、「コミュニケーションの上手い専門家」と「専門の内容に詳しい報道のプロ」、どちらがイニシアティブを取るのがベターかという悩ましき問題がある。要は主観と客観の違いとでも言ったら良いだろうか。

真の意味での客観性や中立性というものの存在自体に疑問符が付き、「専門の内容に詳しい報道のプロ」の存在感が低下しつつある一方で、情報流通に関する技術の向上により、「コミュニケーションの上手い専門家」へと軸足が移りつつあるのが、昨今の趨勢と言えるだろう。

このディスカバリーチャンネルの場合、本来は専門家とメディアのプロによる理想的な組み合わせであったものの、ザヒ・ハワスという専門家が非常に癖のある人物であったということ、さらにはディスカバリーチャンネル自体が資金面でのスポンサードをしていたという要素が、偶然にも現在のブランド・ジャーナリズムにつながる特異な状況を生みだしたものと考えられる。

両者の力が拮抗していた場合、その思惑は両者が共に満足する方向ーーすなわち前回とは違ったセンセーショナルな結果が出ることーーを望んだと考える方が自然だろう。たしかに意外な新事実の発見は、ハワス側には圧倒的なエジプト学の宣伝効果、TV局側には高視聴率というビジネス上のメリットをもたらす。

問題は科学者たちが、双方向からの猛烈なプレッシャーに晒されていたという点である。著者も指摘する通り、そのような環境下では科学者たちがランダムノイズにパターンや意味を読み取ろうとしても決して不思議ではなかったのである。

まさにこのケースというのは、主観的な報道、共感による拡散、そういったものだけが蔓延していった時の未来を暗示しているようでもあり興味深いのだ。その中における明確な課題を描き出すとともに、第三者のジャーナリストがどのようにあるべきかを身を以て示したという点で、著者のスタンスは洗練されていると言える。

世の中は「真実」が重層的に重なり合って出来ている。科学、メディア、そして宗教や民族にもそれぞれの論理がある。ツタンカーメンという偶像は、そんな各々の主観から見た「真実」を反映させてきた。だから「真実」の反対は必ずしも「虚構」ではなく、そこにはまた別の「真実」があったということなのかもしれない。

たとえ大衆の熱狂に水を差すような行為であったとしても、マジョリティではない小さな声を拾い上げ、徹底的に検証していく著者のスタンスからは、ジャーナリストの客観性、そのあるべき姿が垣間見える。そしてまた主観と客観が拮抗する状況が確立されるためには、情報の受け手にもまた同様の姿勢が求められることを、私たちは知るべきであろう。

※本稿はクロスレビュー、村上浩のレビューはこちら

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