これぞ、最良のリーダーシップの教科書!『センゴク』

朝倉 祐介2014年10月04日 印刷向け表示
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「講釈師見てきたような嘘をつき」と言う。400年前の出来事をあたかも見てきたかのように鮮やかに描き出すという点において、『センゴク』の作者である宮下英樹氏は当代一流の講釈師と言えるのではなかろうか。

本作は織田信長、豊臣秀吉、徳川家康といった天下人三君に仕えた戦国武将、仙石権兵衛秀久を主人公に据えた歴史物語である。戦国時代をモチーフにした小説やマンガ、映画やゲームといったエンターテイメント作品はいつの時代も人気のジャンルである。

斯く言う小生もマネジメントの基本はだいたいコーエー「信長の野望」シリーズから学んだ。「シムシティ」、「三国志」と並んで、「信長の野望」は日本全国の大学の経済学部、商学部で必修科目として採用されるべき教材であることは論を俟たない。

センゴク(1) (ヤンマガKCスペシャル)
作者:宮下 英樹
出版社:講談社
発売日:2004-11-05
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さて、数多ある戦国関連作品の中において、本作の特筆すべき点は、まるでルポタージュかと見まがうほどの、地道な検証作業に裏付けられた歴史考察であり、リアリティーの追求に対する真摯な姿勢である。

『信長公記』やルイス・フロイス『日本史』といった一次資料にまで遡る時代考証と綿密な現場取材により、旧説を覆す作者独自の真新しい歴史絵巻が紙上に展開される。勢い、作中においては「この通説には疑問が残る」といった語り口で、史実に対する作者の独自見解が頻出する。

こうした独自見解に基づく迫真に満ちた写実的描写に読者はグイグイと惹きこまれてしまうわけだが、こうしたリアリティーとエンターテイメント性が仲良く調和しているあたりが本作のなんとも憎いところである。そう遠くない未来、「司馬史観」と並んで「宮下史観」が好事家の論争の火種になることを小生は信じて疑わない。

しかしながら、本作の真骨頂は単にリアリティー溢れる時代描写に留まらない。戦国時代を舞台に繰り広げられる武将達の人間模様、人間の本質に迫るかのような内面描写こそが、本作最大の魅力である。『センゴク』に登場する武将は一人一人が苦悩に満ちている。そして、そうであるが故に魅力的なのだ。

例えば武田勝頼。勝頼と言えば戦国時代最強の猛将、武田信玄の跡継ぎとして知られているわけだが、長篠の合戦で信長率いる最新鋭の鉄砲部隊に対して騎馬隊で突撃し、大敗を喫した人物である。武田家を一代で滅亡に導いた、無謀な猪武者という印象が強い。

コーエー「信長の野望」シリーズ(小生の戦国武将に抱く印象の9割は「信長の野望」に依拠する)のどの作品においても、たいてい武力は高いものの、知力や政治力は今一つ。勝頼本人には悪いのだけど、なんか今一つパッとしないのだ。
ちなみに小生は家紋が同じ「轡十文字」というよしみで、いつも島津家で天下統一を目指している。やはり男は敵中突破。薩南から都に狙いを定めてチェストオォォォ!!なのである。ドンときやがれ長宗我部!へし折ってくれるわ毛利の三矢!

閑話休題。そんな勝頼なのだが、『センゴク』中に描かれる彼は悲哀と懊悩に満ちている。勝頼は武田信玄の嫡男ではない。信玄と側室との間に生まれた庶子であり、当初は母方の諏訪家の家督を継いでいる。そもそも信玄の遺言上はあくまで「陣代」(代理当主)であり、「風林火山」の旗を持つことすら許されていない。

信玄と正嫡である義信の反目により、思いがけずも武田家を継承することとなった人物なのだが、家臣団からは不世出の名将である父と比べられ、軽んじられる。出自からしてなんとも悲しみに満ちた人物ではないか。

そんな逆境下においても勝頼は挫けない。自分こそが武田家の正統継承者であることを証明するかのように他領に侵攻し続け、信長や家康の心胆を寒からしめると同時に、猛者揃いの家臣団を黙らせるのだ。

長篠での大敗後も短期間で版図を拡大し、軍役の強化、商工業支配の強化といった近代化を図る。こうした流れに露骨に不満を表す家臣団に対しては「わかってくれ。世が変わるとはこういうことなのだ」と低頭し、改革の必要性を諭すのである。

それでも信玄時代の武断政治から脱することができない守旧派達を中心に、徐々に人心は離れていく。調略、裏切りは戦国の世の倣い、父の代から仕えるかつての忠臣達からも謀反人が続出する。裏切りに次ぐ裏切り、自らの城を焼き払いながらの逃避行の果てに、勝頼は天目山で凄惨な最期を迎えるのである。もうね、メッタメタのボッロボロ。

バブル期にイケイケで多角化したカリスマワンマン社長の跡を婿養子として継いでみたら、急激な景気後退の煽りを受けて負の遺産を抱え込み、必死で業態転換を試みるものの、追随できない古参の幹部社員達と揉めている内に破綻してしまった名門企業の若社長。なんかそんな感じ。

業績が苦しくなると、中間管理職から不満が噴出するのは現代も変わらない。やれ「俺達の事業部のおかげでお荷物部門を食わせてやってるのに、なんで同じ扱いなんじゃい!もっと給与よこしやがれ!もっとポストよこしやがれ!」。あるよね。あるある。「当主の臆病っぷりが悪い」といった具合でわかりやすい犯人探しが始まるのもまた同じ。停滞した空気感を打ち破るには、こうした不平不満をモグラ叩きで潰しても仕方がない。結局は戦に勝ち、版図を広げるしかないのだ。なんだか『島耕作』を読んでいるかのようじゃないか。とても400年以上前の出来事とは思えない身につまされる描写である。

生まれながらの悲将の心象描写を見るに、よくぞここまで勝頼の実像に迫れたものだと驚嘆を禁じ得ない。(別に小生も見たわけじゃないから実像かどうかはわからんのだけどさ)
とりあえずコーエーさんには、次回作でもう少し勝頼の知力と政治力を上げるようにお願いしたいところである。

もう一人、作者によってその内面を鋭くえぐり取られた人物を挙げよう。皆さまお馴染みの織田信長である。言わずと知れた戦国時代の寵児、不世出の傑物である信長だが、作中の人物像は一般的なイメージから大きく外れるものではない。戦、政治に天性の才能を発揮する英雄であると同時に、敵味方に対して圧倒的な恐怖政治を敷く恐ろしい人物としての側面がより色濃く描かれている。

そんな信長の描写の中で小生が特に感銘を受けた場面は、これもまた長篠の戦いのエピソードである。

合戦の最中、迫り来る武田騎馬隊を前にして信長が出奔するのである。戦況を伝えに駆け付けた堀秀正の眼前に佇むのは、主に投げ捨てられた甲冑一式。

兜を脱ぎ捨て本陣を離れた信長は、遠くに銃声、近くに蝉の声が聞こえる中、自身の前髪を削ぎ落とす。この時、信長が己の前髪と共に捨て去ったのは何なのか。静謐感漂う風景描写の中に、魔王と恐れられた男の弱さと底知れぬ深い孤独が雄弁に描かれている。信長といえども一人の人間なのである。怖気づきもするし、逃げたくもなるのだ。

こうも見てきたかのように、信長の心象風景を鮮やかに描き出し、その実像に迫った作品がかつてあっただろうか。(くどいようだが、小生も見たわけじゃないから実像かどうかは知らんのだけどさ)

乱世を駆け抜けたリーダーの内面に潜り込み、彼らの心の機微を映し出す。冒頭で宮下氏は当代一流の講釈師であると申し上げた所以はここにある。時代性を超越して、どうしてここまで見てきたかのようにリーダーの孤独を描き出すことができるのか。

極限状態の中で右へ行くか、左へ行くか、決めるのは自分自身だし、どちらが正解かは誰にもわからない。最も踏ん張るべき時に家臣団からは不満が噴出し、動揺が走る。何かを背負う、リーダーシップを発揮するとは、こうしたあらゆる不条理や人間の弱さと慢性病のように付き合い続けることなのだろう。

『センゴク』はリアリティーを追求した歴史マンガの態を装いつつも、その実は一時代を駆け抜けたリーダー達の矜持や苦悩といった内面に迫る群像劇であり、 非日常下におけるリーダーシップを追体験する最良のケーススタディと言えるのではなかろうか。作中では勝頼、信長は言うに及ばず、有名無名も含めて様々な人物の生き様が描かれている。

古今東西、様々な書物でリーダーシップが論じられているが、もしも読者諸賢が現代の志士たらんと欲するのであれば、ドラッカーや『ビジョナリーカンパニー』はひとまず書架にしまい込んでみてはいかがだろう?我々は『センゴク』に、先人達の足跡を辿ることができる時代の恩恵に浴しているのだから。
 

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