『10万人を超す命を救った沖縄県知事・島田叡』沖縄版、杉原千畝

久保 洋介2014年10月15日 印刷向け表示
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(039)10万人を超す命を救った沖縄県知事・島田叡 (ポプラ新書)
作者:TBSテレビ報道局『生きろ』取材班
出版社:ポプラ社
発売日:2014-08-01
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胸が熱くなる一冊だ。戦前最後の沖縄県知事、島田叡。戦況が悪化する最中に沖縄県知事に就任し、沖縄戦にて戦争被害を最小限に食い止めるべく県政の陣頭指揮にあたった人物である。これまで日の目を浴びることなく歴史に埋もれていたことが信じられないほど、偉大な人物だ。

当時だれも就きたがらない火中の栗である沖縄県知事の役割を彼が引き受けたのが1945年1月末。そう、アメリカ軍上陸による地上戦が開始されるほんの2ヵ月前である。知事在任期間はわずか5か月間であったが、その間に10万人以上もの沖縄住民を戦争被害から守り、沖縄県民からは「神」と慕われるほど厚い信頼を集めた。第二次世界大戦中に6千人ものユダヤ人を救った外交官・杉原千畝にも重なる活躍である。

当時の知事は選挙で選ばれる民間人ではなく、内務省から派遣される国家官僚。知事は軍支援を優先するのが常識だった時代に、彼は就任から一貫して住民保護を優先する姿勢を貫いた異色の知事だった。

着任後に彼がまず取り組んだのが、当時の県政の喫緊課題であった、住民の疎開と食料確保。知事自ら疎開対象地域に足を運び、当時停滞していた疎開を促進させ、最終的には10万人以上もの疎開を成功させたという。当時の知事は農民と同席すること自体がありえない時代に、時には農民と酒を酌み交わしながら疎開の必要性を直談判していたそうだ。

また、食糧確保の面でも知事自ら率先して行動した。制空権・制海権をアメリカに奪われている当時の状況下で、自ら軍用機に乗り込んで台湾へと渡り、台湾側との交渉の末、450トンのコメを入手して沖縄県に帰ってきた逸話も残っている。まるで映画に出てくるスーパーマンのような働きだ。

アメリカ軍の上陸が始まり戦況が悪化すると、毎日歩いて軍駐屯地まで赴き、最新の軍の戦略について自ら積極的に情報収集を行ったという。そして、その最新情報に基づき、的確に住民を安全な場所へと避難させていった。

彼の存在は今の世であれば相当にもてはやされて研究もされてもおかしくない。ただ、これまで島田叡の存在は沖縄県民の一部の人々に知られるのみで、歴史の日の目を浴びることはなかった。その理由の一つが、当時は認められなかった彼のヒューマニズムにある。彼は、戦況が悪化する中、住民に対して軍とともに玉砕するのではなく「生きろ」と言い続けたという。玉砕の声一色だった当時の時代背景を考えると知事として反逆罪と責められる発言である。今では称賛されるべき彼の発言であるが、当時の時代背景を知る住民にとっては、積極的に記録に留めにくい内容だったようだ。

そんな島田叡の勇姿は歴史に埋もれたままにしておくべきではないと独自に調査を始めたのが、本書の著者でもあるTBSテレビ取材班。彼らは関係者の証言を集め、初めて島田叡を報道ドラマというかたちで放映し、彼の存在を広く世に伝えることとした。その志を出版社が受け継いだことにより、今回書籍化に至っている。軍の支援よりも人命保護を第一に考えた彼のヒューマニズムと知事としてのリーダーシップは、戦後70年近く経とうとする今になって、やっと評価され始めたところである。

戦争体験の記録は時間との闘いだそうだ。証言者が年々少なくなっていく一方、長い年月を経て初めて語られる事実もある。本書で紹介される証言の多くは最近になってやっと判明されたものばかりであったという。多くの人々が亡くなった辛い過去について、他人に語る気にはなれなかった人たちも、戦後70年近く経とうとする今、やっと口を開き始めている。

島田叡には最大の謎が残されているという。彼は沖縄戦終結直後に忽然と姿を消し、いまだに消息不明だというのだ。彼が戦後どうなったのか、島田叡を慕う人々は情報を求めている。ぜひ本書を手に取って、一人でも多くの人たちに、命がけで沖縄県民を守りぬいた島田叡という存在を知ってもらいたい、そして彼の消息を知る人があらわれて欲しい、読後にそんな気分にさせる一冊である。
 

命のビザを繋いだ男―小辻節三とユダヤ難民
作者:山田 純大
出版社:NHK出版
発売日:2013-04-23
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杉原千畝が緊急避難させた人々を助けた小辻節三の評伝。深津晋一郎の書評はこちら 

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