イカれた仲間はだいたい詩人! 日本近代詩のファンタジア『月に吠えらんねえ』

ひらりさ2014年10月28日 印刷向け表示
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突然ですが、「近代日本で活躍した小説家の名前を挙げてください」と言われたら、あなたはなんと答えますか?

太宰治に夏目漱石、芥川龍之介、川端康成に三島由紀夫、宮沢賢治、森鴎外……、きっと一人は思いつくでしょうし、いくつかの人名を挙げられる方も結構いらっしゃると思います。

しかし、「では、近代日本で活躍した詩人の名前を挙げてください」と言われると、一人も思いつかない方も多いのではないでしょうか?

萩原朔太郎、北原白秋、室生犀星、中原中也、三好達治……『月に吠えらんねえ』はそんな、ある意味マイナーなジャンルである近代詩歌俳句を題材にしたマンガです。

月に吠えらんねえ(1) (アフタヌーンKC)
作者:清家 雪子
出版社:講談社
発売日:2014-04-23
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ヤバイ奴らもりだくさんの□(詩歌句)街

近代詩歌俳句を題材に……といっても、作品の舞台は近代日本ではありません。 物語が繰り広げられるのは―—架空の街・□(詩歌句)街。どこにあるのかいつからあるのか、というか今がいつなのかも定かではない謎の街ですが、とりあえず存在していて、そこには詩作・歌作をする者たちが住んでいます。

主人公は朔。萩原朔太郎の作品群をモチーフとして生まれている彼は、気分屋で妄想癖で社会不適合者で自己愛過剰。心中死体を家のなかに持ち込んで、蛆だらけになるのもかまわずにじっと見つめ続けて詩作のインスピレーションを得ようとするようなイカれたやつです。
(ちなみに『月に吠えらんねえ』は厳密に言うと、近代詩歌俳人の作品を「擬人化」したという設定で、先ほど挙げた詩歌俳人がそのまま出てくるわけではなく、朔も「萩原朔太郎」とは別の存在とされています)


死体をじっと見つめている朔
(第1話より)

つねに躁鬱で、日常生活ひとつとっても弟子のミヨシ(三好達治)に助けてもらっているような朔ですが、詩の才能は人一倍。あの「小さい秋みつけた」の作詞者にして「国家詩人」として引きもきらない人気を誇った北原白秋をモチーフにした白にも一目置かれており、親友の犀(室生犀星)と交流しつつ、のんべんだらりと暮らしております。


白さんにすがりついて泣き言を言う朔
(第1話より)

朔以外にもヤバイ奴もりだくさんながらもゆるやかに時間の流れていた□街ですが、自分の詩の才能に迷いを持った犀が街を出てから、なにかの歯車がずれたかのように、不穏な気配がただよいます。丘の上にあらわれた謎の首吊り死体、天才詩人・白の変調、どこからか聞こえてくる軍靴の音。マイペースに生きている朔にもそうした気配は忍び寄ってきて……。 

「おかしい!」と言いながら読み進めてしまう中毒性

と、それっぽくあらすじをまとめてみたのですが、レビュアーにあるまじきことを言えば「とにかく読んでくれ」と言わざるをえない作品です。

たしかにストーリーはあるのですが、『月に吠えらんねえ』の魅力は、登場人物たちの台詞のなかに散りばめられた詩歌作品の数々です。


白さんにうながされ「最後の奇蹟」を詠む朔
(第1話より)

いや、「散りばめられた」などという言葉は正しくないかもしれません。彼らの発言・モノローグに詰め込まれた詩歌たちは、彼らの言葉・内心であることは踏み越えて□街の現実を動かします。 むしろ□街の現実というのが、そもそも彼らの、というよりも朔の、狂気に満ちた心的世界の表出なのではないかと思われるような、詩と現実の融合が毎話毎話繰り広げられるのです。渾身の力で描かれた絵と文字の上には、ちょっと引いてしまいそうになるくらいの、作者の近代詩歌に対する情熱がほとばしっており、1話読むと、読んでいるこちらのエネルギーが持って行かれたような気分にすらなります。


朔が腕につけた傷口から流れでた血液がほとばしり、あたりをおおいつくす
(第2話より)

よく「映像化不可能!」という触れ込みの小説を見かけますが、逆に「文章化不可能!」なのが、この『月吠え』なのではないかと、私は思います。詩歌という「文字」の文学を、漫画という「絵」の文学に融合させつつ自由に遊ばせている。ディズニーの映像作品で『ファンタジア』という、クラシック音楽の名作の数々をモチーフにしたアニメー映画がありましたが、『月吠え』はいわば近代日本詩歌句の『ファンタジア』と言えるでしょう。

このBLがすごい!2014第一位(暫定)

……とか言いつつ、個人的に推していきたいのは、お互いの才能に嫉妬と愛憎を渦巻かせている詩人たちの意味深な言葉のやりとりの数々。

「責任とってね」
「あいつは泣かせると面白い詩を書くんだよな」
「君の悲しみは心地よいよ」
「この変態」
「その罪をおれのものにしたかった」
「僕はあなたが大っっっっっっ嫌いです」
「こんなにも僕らは隔絶している」
「君はいいよ ちゃんとした破滅があるんだもの」
「君、俺に何してるんだよ?」

……などなど、実際に絵といっしょにご覧いただくと鼻血をふかざるをえない会話がもりだくさんです。


犀が旅立つときの言葉すら何かえろい
(第1話より)

とくに興奮したのは、白の傑作「思ひ出」を読んだ朔が大いに刺激を受けて詩をたくさん生みだしたシーン。もう完全に妊娠をモチーフにした光景として描かれ、朔は「あなたのせいで子供が生まれたから責任をとれ」なんて白の家に押しかけるし、白は白で、朔が持ってきた作品を見て、「こいつとこいつは間引き」だなんて抜かすのです。

 
※いかがわしいシーンではありません
(第4話より)

しかし、1巻時点では、愛憎しつつも白が師匠で朔が弟子という体裁におさまっていた二人の関係は、□街の変調とともに変質していき、2巻ではきわめて不穏な雲行きとなっています。


最新2巻での、白さんが朔に本音を見せるシーン
(第5話より)

いったい□街はどうなるのか、そもそも□街とは何なのか、朔はその変調にどう影響しているのか、そして朔と白の関係はどうなっていくのか。

とにかく「?」づくしの『月吠え』、アフタヌーン誌面で「『おかしい』は褒め言葉!」という身もフタもないキャッチコピーが使われているほどの怪作ですので、2巻が発売したこのタイミングでぜひぜひ手にとってみてはいかがでしょうか。詩歌の奔流に飲み込まれないよう、くれぐれもご注意を。

月に吠えらんねえ(2) (アフタヌーンKC)
作者:清家 雪子
出版社:講談社
発売日:2014-10-23
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