私が今日死ぬからみんな優しくするの?…違います、って言えますか『5時間目の戦争』

永田 希2014年10月29日 印刷向け表示
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【電子版】五時間目の戦争(1) (角川コミックス・エース)
作者:優
出版社:KADOKAWA / 角川書店
発売日:2014-10-04
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 えっ、また「得体の知れない敵」と突然に少年少女が戦わされる系のマンガですか?!って思いますよね。僕もそう思いました。食傷気味というか完全に食傷してます、もうなんかそういう、「謎があってそれを解き明かしていく」みたいなのはやめてほしい、と密かに思っています。謎なんか放っておけばいい。

で、今回ご紹介する『五時間目の戦争』、あらすじは現在のところほぼ完全にコレです。四国の本島のそばに浮かぶ小さな離島にある高校を舞台にして、日本が「正体不明の敵」と戦争をしているという設定で、『バトルロワイヤル』ばりに「これからお前たちのなかから一人、戦争に行ってもらう」と言われる生徒たちの姿を描いています。

あらすじだけ読んで「あー、はいはい、もうそういうの結構です」と言っているアカウント、Twitterでもいくつか見かけました。違うんだよ!このマンガは「そういうの」じゃないんですよ!いや、違わないけど、確かに「そういう」側面はある。あらすじだけ読んだら本当に「そういう」作品です。でも違うんだよ!それだけじゃないんだよ!

読み始めるとすぐにわかると思うのですが、世界の描き方が美しいんですよ。美しいからいいというわけじゃないんですよ。現実世界に対する愛情を強く感じさせる絵柄です。瀬戸内のあたたかい訛りをいかしたセリフも、優しい絵柄によく合う思春期の主人公たちの少し上気した表情も、生きることを肯定しようとする、作者の性格を物語っているのだと僕は勝手に読み取ってしまいました。ここで肯定される「生きること」というのは、戦争に行って死ぬというドラマを引き立てるためのものでもないし、闇雲に「死んではダメ」と教条的に言い募るためのものでもありません。

思春期の少年少女にとってモラトリアムな学校から卒業させられるということは、理不尽な社会に直面し、死ぬような気持ち、いや殺されるような気持ちで生き抜いていかなければならないような体験になる場合があります。「そういうの」と今回呼んでいる、「謎の敵と少年少女が突然戦わされる系」のマンガが、そのようなモラトリアムからの放擲を描いていると指摘しても大して新鮮ではないでしょう。ありきたりな解釈です。

かつて太平洋戦争に敗北した日本に降り立ったマッカーサー元帥が「この国は12歳程度だ」と発言したことに関連付け、「少年少女が突然戦わされる系」の物語を、日本の国際社会における状況にたとえて読むこともできます。

実際に日本が戦争に突入したとしたら、情報は統制され、「敵」の姿はわからなくなり、「なぜ日本が戦っているのか」もまたわからないでしょう(厳密には、太平洋戦争を日本が引き起こした理由がいまだに確定できないのと同じように。あるいはそれ以上に、実際に戦時下の状況では、なぜその戦争が起きることになったのかを判断することはきわめて困難です)。「少年少女が突然戦わされる系」の物語には、少年少女が社会に直面する際に経験する恐怖や戸惑い、日本が国際社会に対して抱いている恐怖や戸惑い、そういったメタファー的な解釈よりも、これから戦争が起きるとしたら「その状況下で少年少女たちはどう考え、どう感じるのか」という普通の物語描写の側面もあるのです。

こういった、他の「そういう」作品に共通する側面を持ちながら、本作の主人公たちは「そういう」側面にまるで抗うかのように瑞々しく生き生きと描かれます。穿った読み方をされることこそが重要なのであれば、主人公たちの表情が生き生きとしている必要はないのです。主人公たちは、彼らの日常を生きたい。その気持ちは、彼らの平和で地味に満ち足りた生活を盗み見ている読者にとっても同様です。「謎の敵」なんかに、彼らの生活を破壊してもらいたくない。

でも大人の事情によって、本作は「そういう」側面を植え付けられてしまう。現実の少年少女を恐怖させる理不尽な社会の到来や、日本を脅かす国際社会や、今後戦争が本当に起こるかもしれないという恐怖、あるいは戦時下では現実に起きていることが把握できないという現実が、単なる素朴で優しい作品に、暴力的に襲いかかってくる。本作は、主人公たちが「謎の敵」と戦うのみならず、そういった暴力的に襲いかかってくる現実に対する作者の戦いでもあるのです。

「戦争」というキーワードで言うと、空襲を受けながらそれを花火のように美しいと思ってしまう背徳的な女を描いた坂口安吾の『戦争と一人の女』を思い浮かべます。安吾の「女」が、単に背徳的であるという以上に、性愛のような儚い快楽を肯定していたことを強調しておきます。戦争や人の生き死にのような「重くて大きな問題」ばかりに目を奪われることなく、どんな状況でも享楽的にあろうとすること。

戦争と一人の女
作者:坂口 安吾
出版社:青林工藝舎
発売日:2012-12-10
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『五時間目の戦争』では、淡い恋心やクラスメートのあいだのかりそめの友情(この友情が本物である必要はないと僕は思っています)が、とりわけ登場人物が口にする飲食物に象徴化されて描かれています。飲食物の味わいは、かりそめのものです。思春期の浅はかな恋愛や、容易に崩壊してしまうであろう友情を仮託するに飲食物は最適な素材だと言えるでしょう。どれほど幼く稚拙で愚かしく見えたとしても、その愛情や友情の「味わい」を登場人物たちが経験するということは、彼らが今後どのように理不尽で恐ろしい状況に陥るとしても、覆されることはないのです。

五時間目の戦争 (1) (カドカワコミックス・エース)
作者:優
出版社:KADOKAWA/角川書店
発売日:2014-10-03

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