1コマ目から一目惚れ!四十路男も美しさにため息吐息『乙嫁語り』

菊池 健2014年11月06日 印刷向け表示
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一目惚れ、最後にしたのはいつでした?
私はですね、先月しました。『乙嫁語り』の第1話1コマ目で、ですね。

乙嫁語り 1巻 (BEAM COMIX)
作者:森 薫
出版社:エンターブレイン
発売日:2009-10-15
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40歳を過ぎて、こんな鮮烈に一目惚れをするなんて、人生は捨てたものではないです。

ともかく、私はこの第1話1コマ目に、完全に心を奪われました。
普段、マンガのコマは割とパパッと読んでしまいますが、第1話1コマ目を、あんなに長い間見つめたことは初めてのことだったと思います。
多分、時間にして数分の事だったと思います。

[引用:『乙嫁語り』第1巻第1話1ページ目(BEAM COMIX)]

私は主人公アミルと、中央アジアの世界観に一目ぼれしてしまったように思うのですが、同時に作者の壮絶な覚悟に打たれ、色々なことに思い巡らすために、数分の時間を要しました。 


時代は19世紀後半、カスピ海沿岸の中央アジアのお話です。なかなか馴染みのない時代と地域ですが、作者の描く圧倒的な描写により、独特の雰囲気に溺れるように引き込まれていきます。

このファーストシーンは、主人公アミル(20歳)が、実家から少し離れた集落に住む花婿さま、エイホン家のカルルク(12歳!)に嫁ぐにあたって初めて出会うシーンです。

いやそれはもう、初対面とは言え、こんなお嫁様が来たら惚れてしまいますよね、もう。


ただ、私がこのコマに目を奪われたのは、アミルが別嬪だったからと言うだけでもありません。
その圧倒的な描きこみ量に、作者の壮絶な覚悟を感じたのだと思います。

一つの作品のファーストシーンから、主人公の衣装がここまで描きこまれるという滑り出しは、私はあまり記憶にないです。

描き込まれているのは、背景など大きなものではなく、民族衣装なわけですね。人と衣装を描くことで伝わる、圧倒的世界観が発明だと思います。

これはつまり、森薫さんが画力を如何なく発揮しつつも、これだけの描きこみ量をこれからも維持し、尚且つこのとんでもない衣装を着た人間を動かすとコミットしたわけです。「以降、このレベルで描きますよ。」と一番最初のページで、基準を示してしまったわけですね。

森薫さん、一部からは「描きこみ魔」と呼ばれていることも納得で、ある種の狂気を感じ、そのコミットに戦慄しました。この人はともかく本気だ!と。


以降、作者のコミット通り、物語のシーンは高い精度で緻密に描き続けられ、アミルや他の登場人物は、描き手に容赦なく良く動きます。コマの大小に関わらず描き込まれる描線は、丁寧で、そしてまた美しい。まさに、神は細部に宿る。

 [引用:『乙嫁語り』第1巻27~28ページ(BEAM COMIX)]

弓が得意で、嫁入り道具で弓矢を持ってきたアミルは、家族に兎汁を振る舞う為に、裏庭でキノコでも採ってくるような気軽さで、兎狩りに出かけます。

中央アジアでは、馬上から矢を放つのですね。日本の「流鏑馬」でも、馬上弓の的は、せいぜい数メートル先と言うものですが、こちらは動く兎が標的です。そしてとにかくこのシーンが美しく描かれています。

流麗に描かれる効果線とコマ割りなのですが、ここを見ると森薫さんは絵が上手いだけではなく、動きの表現にも卓越したセンスがあることが判ります。

最近、動きのある絵をマンガにいかに描くかと言う論争がありましたが、この見開きは一つの類型を示すという意味でも良い例になると思います。

この調子で読み進めていると、坊主頭の四十路男が、ときたま吐息を漏らしてしまうんですね。ザクとは違うのです、ザクとはね。


他誌編集部も注目する『ハルタ』の画力

『乙嫁語り』は、雑誌『ハルタ』の連載作品です。マンガHONZにも転載している「編集長の部屋」コーナーでは、ライバルの中でもライバルであろうアフタヌーンの宍倉編集長が『ハルタ』に言及しています。


『ハルタ』さんは、絵を頑張っていると思います。巷では背景白いマンガが増えたり、デジタルのテンプレ背景だったりする場合もありますが、『ハルタ』は本当に絵が好きな人が描いていると感じます。凄い手数で。夢があって良いと思うし、その中でヒットを出していて素晴らしいです。   -「編集長の部屋」アフタヌーン宍倉立哉編集長

宍倉編集長のこの話は、この乙嫁を指しているような気がしてなりません。プロに言わせると、この描き込みは「夢」なんですね。

作家、森薫さんとは

多くページを割かれている、巻末の作者ページも面白いです。

[引用:『乙嫁語り』第1巻189~190ページ(BEAM COMIX)]

この精緻な描きこみと、中央アジアと言う風俗から歴史から日本には馴染の薄い作品ですから、それはもう考証にはかなりの調査をされたと思います。

エンターテイメントのプロですから、この作品を作る大変さを面白おかしく描いても良いわけですが、苦労したという描写ひとつありません。
もはや、マゾい。。いや、この姿勢は、描く事が好きで、特に自分が好きなものを描く事に耽溺とも言える情熱を注ぎ込むことが出来る、ある種天才的な才能を持たれているのだと思います。

困苦とも言えそうな作画を、大好きでしょうがないという様子があふれ出ています。ここまで前のめりに描かれていると、森さんが描く事を本当に愛していることが伝わってきます。これからの新人作家や、あらゆることでプロを目指す方には、その狂気のごときプロ意識のシャワーを作品から浴びて欲しいなと思います。少なくとも私は、読んでいて自分を顧みてしまいました。いや、勿論楽しくですよ。

エマ 1巻 ビームコミックス(ハルタ)
作者:森 薫
出版社:KADOKAWA / エンターブレイン
発売日:
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森薫さんと言えば、メイドです。アニメにもなった『エマ』に続く、新作『シャーリー』の世界を味わうことが出来る場所が池袋にあります。

知る人ぞ知る本格メイドカフェ「WONDER PERLOUR CAFE」は『シャーリー』同様「イギリス・ヴィクトリア朝の使用人文化」を忠実に再現。萌えでの勝負ではなく、とても落ち着いた雰囲気で、本物の接客・給仕を受けることが出来ます。

ここには、萌え萌えジャンケンとかないです(笑)特に現在は、一部『シャーリー』スタイルの研修メイドさんもいるとのこと。店長も一過性のメイドカフェではなく、ヴィクトリア朝の使用人文化を再現したいという、森さん同様アツい方です。

『エマ』『シャーリー』と、森さんの世界に引き込まれた人は、聖地巡礼に赴くがごとく、池袋にもおとなわれてはと思います。 

シャーリー 1巻 ビームコミックス(ハルタ)
作者:森 薫
出版社:KADOKAWA / エンターブレイン
発売日:
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森さんのイラストは、中央アジアと日本の「対話」外交10周年にあたっての、イメージキャラクターにもなっています。かわぇぇ、なんかみんな顔一緒だけど(きっと大人の事情)

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