いまだから話せる『監督不行届』と『トイボ』の深い関係

小沢 高広2014年11月24日 印刷向け表示
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監督不行届 (Feelコミックス)
作者:安野 モヨコ
出版社:祥伝社
発売日:2005-02-08
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いまだから話せる話。
ウチの『東京トイボックス』は、実は『監督不行届』に、ある点でたいへんに影響を受けている。もしかすると『監督不行届』がなかったら、続編『大東京トイボックス』はなかったかもしれない。

『監督不行届』の初版は2005年。
『東京トイボックス』の連載開始も2005年。
だから当時の『オタク文化』の世間での描かれ方というのは、よく覚えている。
メイドカフェで客を出迎えるときに「いらっしゃいませ」ではなく、「おかえりなさいませ」ということ自体がまだネタになる時代だった。『萌え』という言葉が、流行語大賞を取ったのもこの年だ。

『東京トイボックス』を描くにあたって、取り扱いに悩んだのが、この『オタク文化』だった。
当時、大学のオタク系サークルの日常を描いた『げんしけん』が大ヒットしていた。そのなかで多用されていたのが、日常会話にアニメやマンガなどの名ゼリフを引用するという手法。作中の世界が、自分たちがいま生きてる世界と地続きな印象を与える効果的な演出だった。これはぜひ『トイボ』でも取り入れたいと思い、チャンスを伺った。しかしうまくいかない。やってみるも、なんかスベる。あ、あれ? ヤマトで産湯につかり、ガンダムで育って、エヴァの洗礼を受けてきたはずなのに…。
同時期に連載されていたマンガで、その手法を使ったおもしろいシーンを次々に目にする。マネをしてみるけれど、ダメだー。なにかのスピードを3倍にしてみたところで、漫画がおもしろくなるわけじゃない。あせる。
そんなときに読んだのが、この『監督不行届』だった。

『監督不行届』は、妻・ロンパースこと漫画家・安野モヨコ氏と、夫・カントクくんこと庵野秀明氏の生活を描いたエッセイ漫画だ。
「20代の血と汗と…ナミダと…欲望の結晶の城」こと、厳選された隙のないインテリアの中で、整理整頓された暮らしをしたいロンパース。しかしオタク四天王のひとり、カントクくんは、アニメ・特撮のDVDにフィギュア、変身ベルトに食玩などなどを大量に持ち込み、完璧なコーディネイトを無惨にも侵食していく。BGMはアニソンばかり。もちろんアニメ・マンガのセリフの引用なんて日常茶飯事。マジか、こんなハイレベルな世界があったのか…。何かの参考になれば、と思った読み始めたけれど、パクることすらできなかった。要するに、たかだかちょっと野球が上手な高校球児が、うっかりメジャーリーグのトップクラスの世界をのぞいちゃったようなもんである。いま思えば、敗北感を感じることすら図々しい、お前は素振りでもしてろ、という話ではあるが、当時、この本を読んで、ばっさり斬られたような気分になった。
そして、こう言われたような気がした。

「おまえはまだオタクじゃない」

『東京トイボックス』は、その後『大東京トイボックス』と名前を変え、さいわい自分の代表作と呼べる作品になった。しかし『東京トイボックス』に比べ、『大東京トイボックス』では、いわゆる『オタク文化』が描かれる機会は減っていく。これはこのころ『監督不行届』を読んだからである。もしあのとき斬られていなかったら、描けもしないものを、見よう見まねだけで、ずるずると描いていた気がする。その結果は、推して知るべしだろう。その点で、この作品は、自分にとってたいへんな恩人だ。

あれから約10年がたった。
このレビュを描くにあたり、漫画だけでなく『監督不行届』のアニメをみた。
だけどやはりこんな濃密な会話は、いっこうに描ける気がしない。あのころよりは多少は漫画を描けるようにはなったと思うんだけど。
そんな感慨に浸りつつ、相方の妹尾に
「やー、やっぱりオタクじゃないんだなあ、自分は…」としみじみ言ったら、
「いやいや、アンタもたいへんだったよ、付き合いたてのころ。とりあえずこれだけは最低限の教養だから見とけって、ガンダムとZと逆襲のシャアのDVD渡されてさー。昼間っから部屋でひとり『アタシなにやってんだろ』とか思いながら、ザクだのグフだの見てた。だから『監督不行届』を読んだときは、あーモヨコさんもそうなら、まいっか、って吹っ切れてさー」
あれ? え、そうだっけ? そんなことすっかり忘れてた。

げんしけん 二代目の伍(14) (アフタヌーンKC)
作者:木尾 士目
出版社:講談社
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東京トイボックス(1) (バーズコミックス)
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大東京トイボックス(1) (バーズコミックス)
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発売日:2007-03-24
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