オタクと結婚生活をうまくやる10の方法『監督不行届』

角野 信彦2014年11月25日 印刷向け表示
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『ウディ・アレンの浮気を終わらせる3つの方法』という戯曲集がある。浮気をしている夫に様々な事件が起こり、その結果浮気をやめるという3本の戯曲が収録されていて、とても楽しく浮気をやめさせる方法を知ることができる(学ぶことはできない)。そして、この『監督不行届』は『安野モヨコのオタクと結婚生活をうまくやる22の方法』といえる。オタクとはもちろん、「日本のオタク四天王」の一人、庵野秀明である。

「オタク」という言葉が一般に流通しだしたのは、1983年に中森明夫さんが『漫画ブリッコ』のなかで、コミケに集まる人たちを表現するのに使ったのが最初だといわれている。当時は被差別民族であったオタクの特徴を『監督不行届』の単行本のあとがきで、庵野秀明が語っている。

いわゆるオタクの内包的特徴をあげると、内向的でコミュニケーション不全、つまり他者との距離感が適切につかめないとか、自己の情報量や知識量がアイデンティティを支えているとか、執着心がすごいとか、独善的で自己保全のため排他的だとか、会話が一方的で自分の話しかできないとか、自意識過剰で自分の尺度しか物事をはかれないとか、ナルシスト好きだとか、肥大化した自己からなりきり好きであこがれの対象と同一化したがるとか、攻撃されると脆い等々、とにかくネガティブイメージの羅列になってしまう(後略)

庵野監督 カントクくんを語る『監督不行届』より

また、ドワンゴの川上会長がオタクの特徴についてこう話している。

オタクのコミュニケーション能力が低いというのは、コミュニケーションに使っている脳が狭いからなのです。おそらく、昔からこういう人たち はいたと思います。なにかにとびきり秀でた人たち、たとえば優れた学者はコミュニケーション能力用の脳を犠牲にして優れた能力を発揮した。コミュニケー ション能力のある、人付き合いのいい社交的な学者は、たいした業績も残していないはずだ、と僕は勝手に思っているんですよ。

ドワンゴ川上会長、「非リアは脳の問題です」 

「ネットが生んだ文化」とは何か
http://toyokeizai.net/articles/-/54010

この説明だけ読んでいると、オタクと結婚して上手くいくのは不可能に思えてくるのではないだろうか。そういう意味で、2002年より順調に夫婦としての歴史を重ねられているお二人に学ぶことは多い(はず)である。この本には、番外編も含めて22話が収録されているが、今回はとくに印象的な10のエピソードに絞って話を進めていきたい。全て「いかに良く意思疎通をするか」という視点でエピソード選んでみた。

●ともに楽しむ作品をもつ

このためには、常にお互いが今、何に関心をもっていて、どんな本を読んでいるかを知っている必要がある。そうした努力によって相手への理解も深まる。そして、『ハトのおよめさん』のような1話完結型のギャグマンガなどは、「ごっこ遊び」をするのに最適である。小学3年生のような童心にかえってともに同じ作品を楽しめば、パートナーの欠点もすべて笑い飛ばせる。

●ピグマリオンコン・プレックスを肯定する

Wikiによると、「ピグマリオンコンプレックスとは人形偏愛症を意味する用語。心のない対象である『人形』を愛するディスコミュニケーションの一種とされるが、より広義では女性を人形のように扱う性癖も意味する。」ということであるが、より広義には『プリティ・ウーマン』や『マイ・フェア・レディ』『あしながおじさん』などのように「女性を自分好みに育て上げたい」という願望のことである(もちろん女性の男性に対する願望もある)。

これらの作品がひろく受け入れられていることからみても、男性にとってはかなり一般的な願望の一つといえる。そのことを知った上で結婚生活をすることで、男性が「ピグマリオン・モード」に入っていることを認識できればイライラをかなり軽減できる。もちろん、男性的な女性にもピグマリオン・コンプレックスはある。パートナーの資質をしっかり観察してみよう。ただ、あまり心配する必要は無く、「ダメな生徒と教師プレイ」のようなもので、その場で話だけ聞いておけば、すぐに忘れてしまっても、問題ないことがほとんどである。

●まわりの人に協力してもらう

何かに没頭してる人は、何かをコントロールすることが苦手だ。川上量生さん風に言えば、その分の脳の領域を自分の興味・関心に使い切ってしまって、リソースがないのが普通の状態になっている。そのため、ダイエットや忘れ物の防止には、よき理解者・協力者が必要である。オタクとして何十年も生きてきた人間に自己管理を言うのは、関係性を悪くしたいのと同義である。

●言いにくいことは作品に託して伝える

なにか言いにくいことがあるときは、パートナーの好きな作品のことを良く知り、そこから引用しながら伝えよう。何かしらあなたの言いたいことを代弁してくれている場面が必ずある。『ドラえもん』『こち亀』『ドラゴンボール』『サラリーマン金太郎』など、使えるセリフが満載である。ただし、メシが不味いときに海原雄山や山岡士郎の言葉を使うと逆に激怒されることが多いので注意が必要である。

●イマージョン・プログラム

これもWikiより引用。「イマージョン・プログラムとは、未修得の言語を身につける学習方法の一つ。没入法と言われることもある。目標とする言語の言葉だけを習うのではなく、『その言語環境で』他教科を学びその言葉に浸りきった状態(イマージョン)での言語獲得を目指す。」一定の期間、相手が提供するオタク環境に浸りきり、その状態を維持することで、自身のオタク化を目指すことでパートナーへの理解度を増やし、葛藤を劇的に減らすことが出来る。

●すぐに反省する

反省するには、まず「自身の過ちを自分で認識できる」ことが必要であるが、社会規範・常識などに沿って行動するという脳の領域が、オタクにはほとんど残っていない。つまり、反省するリソースが残っているほうが反省するしかないのだ。

●相手の基準と自分の基準を足して2で割る

少しずつオタクに近づいている、理解度を増しているつもりであっても、人間の行動はそう簡単にコントロールできないという研究がある。知らぬ間に限界を超えてオタクに近づき過ぎている危険がある。

東京大学の中村亨氏らは、人間の日常生活のなかでの安静状態(動きの穏やかな状態)がどれほど続くかを調べた。安静は、立ち上がったり、人に話しかけられたりすることによって途切れるわけであるが、安静から活動状態への遷移がいつ起きるかを加速度センサで計測した。
(中略)
安静状態が T 時間続くと、活動に転じる確率が 1/T になることがわかる。安静が2時間続いたときは1時間続いたときと比べて活動に転じる確率が 1/2 になるのである。

矢野和男著『データの見えざる手』

第三章「人間行動の方程式」を求めて より

これをオタク接触時間に当てはめて考えれば、T=(オタク要素へ接触していない時間=安静状態)とすると、Tが強烈に短くなれば、オタク的日常生活をすることになる時間は指数関数的に増大することになる。ミイラ取りがミイラになる前に、自分なりの基準を設定することが大切である。

●ステレオタイプな「男らしさ」「女らしさ」を求めない

東京大学で行われた宮沢章夫さんの講義で、もう一人のオタク四天王の一人、岡田斗司夫さんが語ってくれたエピソードが印象的だ。

(オタクのイベントに参加していた)黒人のすごい体がでかい男の人で、「アメリカの男というのは苦しいときがある。女を好きになったら絶対アタックしなくちゃいけない。アタックして、女の人が『いいわよ』と言ったらその男の勝ちになる。アメリカの男は男らしくあらねばならないし、チャレンジがあればそれを乗り越えなければならない。それに負けたらルーザー(負け犬)になってもう一回復活したらはじめて人が認めてくれるんだけれども、敗者であることを許してくれない。それがときどきすごくつらいときがある。そんなとき俺が出会ったのが、『きまぐれオレンジ★ロード』だ」

宮沢章夫著『東京大学 ノイズ文化論講義』対談1オタクの終わり(ゲスト岡田斗司夫)

オタクであるっていうことが、『きまぐれオレンジ★ロード』の主人公、恭介のように「まどか」と「ひかる」に言い寄られても、曖昧な態度でどっちつかずでいてもいい免罪符であることを語ったエピソードだ。ステレオタイプな「男らしさ」「女らしさ」を求めず、オタクの柔らかい人間性を愛するべきだ。

●共通のプロジェクトを持つ

最初の「ともに楽しむ作品をもつ」にも通じるが、一緒に物事を考える時間が長ければ長いほど、指数関数的に相手に対する理解が増してくる( 1/T の法則 )。「オタクの英才教育」のような長期プロジェクトは特に有効だろう。

●閉じ込める

そして、どうしてもここだけは許容できないと思ったときは、閉じ込めるという手も。

 

ここまで書いてきて思ったのは、案外オタクとの結婚だけでない真実がこのマンガのなかにあるのでないだろうか、ということだ。庵野監督が、このマンガのすごさについて語っているところがあとがきにある。

嫁さんのマンガのすごいところは、マンガを現実からの避難場所にしていないとこなんですよ。今のマンガは、読者を現実から逃避させて、そこで満足させちゃう装置でしかないものが大半なんです。マニアな人ほど、そっちに入り込み一体化してしまい、それ以外のものを認めなくなってしまう。嫁さんのマンガはマンガを読んで現実に還る時に、読者の中にエネルギーが残るようなマンガなんですね。

庵野監督 カントクくんを語る『監督不行届』より

今回は、この『監督不行届』が映像化され、11月22日(いい夫婦の日)に発売された。きっと夫婦生活に悩む人達への福音(Evangelion)となるはずである。マンガとともに楽しんで、「読者のなかにエネルギーがのこる」とはどういう物語なのか実感して欲しい。

監督不行届 (Feelコミックス)
作者:安野 モヨコ
出版社:祥伝社
発売日:2005-02-08
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東京大学「ノイズ文化論」講義
作者:宮沢章夫
出版社:白夜書房
発売日:2007-07-02
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岡田斗司夫さんの『きまぐれオレンジ★ロード』の話はこの本に収録 
 

 「1/Tの法則」についてもっと知りたい方はこちらをどうぞ

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