「奴隷を所有したい」というのは、人間が持つ最も暗く強い欲望の1つ…蜈蚣Melibe『この世界には有機人形がいる』

永田 希2014年11月25日 印刷向け表示
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この世界には有機人形がいる
作者:蜈蚣Melibe
出版社:太田出版
発売日:2014-11-20
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作品のタイトルにある「有機人形」とは、遺伝子操作によって生み出された「人間の姿をしているが人間ではない人工生命体」のこと。自分の所有者を愛情を込めて「ご主人様」と呼ぶように遺伝子に刻み込まれていて、どんなことをされても絶対的に服従する。様々な性的嗜好に合わせるために遺伝子が操作され、美しい相貌を与えられた彼ら彼女らは、主に愛玩・性処理用に売買される商品。他人を所有し支配したい、という人々の願望を満たすグロテスクなこのモチーフを主軸に据え、独特の悲哀を帯びた作品世界が展開されていく。

本作は、エログロを嫌う良識派を嘲弄するかのようなこの設定と、癖のある絵柄のせいで、いわゆる「読み手を選ぶ」と思われる作品かも知れません。その意味で本作の作者は、人体破壊の極北を描こうとする氏賀Y太や、生理的嫌悪の極北へ挑もうとする堀骨砕三の作品に比肩すると言っても言い過ぎではないでしょう。しかしこの作者とこのシリーズの魅力は、そういった極度のフェティッシュの追求にのみ求められるべきではありません。

氏賀や堀骨にも言えることではあるのですが、エロティシズムと身体破壊とが組み合わされる時、何故か「他人を愛すること」というきわめてセンチメンタルなテーマに触れてしまう場合があります。単に他を破壊するだけならば、破壊するのは他人の身体や精神である必要はありません。他人の身体や精神を破壊したいという願望には、原理的にその他者を愛したいという一見したところ矛盾しているとしか思えない欲求が組み込まれているのです。

だからこそ、単に滑稽なお遊びにしか見えないSMプレイがいつまでも一部で支持を受け、やめておけばいいのにドメスティックバイオレンスが根絶されないのだ、とすら言えるでしょう。悪趣味だったり反道徳的だったりする行為の奥底には、人倫の基本たる愛情があるのです。誰かと共にありたいと願い、誰かと分かり合いたいと思う人すべてが、その気持ちとは裏腹に、もしくはその気持ちゆえに、その誰かを心身ともに破壊し去るような行為に手を染めかねない。

破壊と愛情というのは、特殊な狂気でもなければ、愚かさが招く事故でもなく、何かの根底で分かちがたく融け合ってしまう。本作には、危険な魅力と言ってしまうにはあまりにも生々しいこの結合が描き出されているのです。

本作には、SM文学の金字塔『家畜人ヤプー』以後の世界観が、描き出されています。商品である有機人形たちに遺伝子レベルで「愛」が刻み込まれているという設定は、ヒューゴー賞・ネビュラ賞といったSF賞を総なめにした『ねじまき少女』にも通じる、人間の愛情を突き放しつつ凝視するような冷たい感覚に基づいているのです。

家畜人ヤプー〈第1巻〉 (幻冬舎アウトロー文庫)
作者:沼 正三
出版社:幻冬舎
発売日:1999-07
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ねじまき少女 上 (ハヤカワ文庫SF)
作者:パオロ・バチガルピ
出版社:早川書房
発売日:2011-05-20
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なお『ねじまき少女』の作者バチガルピの短編「フルーテッド・ガールズ」は、本作に収録されている「ドールフォンを吹く蛇」と設定がほぼ重複しています。どちらも、登場する少女型の人工生命体の身体が楽器にされています。生きながら芸術のための道具になること。楽器を人間の身体にたとえることは珍しくありませんが、じゃあ実際に人間の生きた身体で楽器を作ってしまおうという発想もまた、珍しくなくなりつつあるのかも知れません。ちなみにどちらも彼女たちが加工されるのは管楽器であり、人間の身体を単なる「管」あるいはせいぜい複数の管の集合体として見なしているのは明白です。

第六ポンプ (ハヤカワ文庫SF)
作者:パオロ バチガルピ
出版社:早川書房
発売日:2013-12-06
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『家畜人ヤプー』『ねじまき少女』のどちらにも言えることですが、有機人形シリーズにおいても、社会構造の描写が重要であることにも注目しておく必要があるでしょう。社会を構成するのが人間である以上、そこには愛情と溶け合った暴力衝動が染みわたっている。となれば、社会のいたるところに有機人形が配置されうる。本作には、年収400万円以下のOL(恋人なし)、子どもじみたネトウヨ、映画を極める大富豪といった様々な社会的階層に位置付けられる登場人物たちが有機人形と過ごす関係が描かれています。 

”「奴隷を所有したい」というのは、人間が持つ最も暗く強い欲望の1つ”。 

本作の中で登場人物が良識派に向けて放つひとことです。会社の経営者が労働者に対して抱く感情、ある人が恋人や親友に対して抱く感情、親が子に対して抱く感情、飼い主がペットに対して抱く感情、教師が教え子に対して抱く感情、そのいずれにもこの「相手を奴隷にしてしまいたい」という誘惑がある筈です。当り障りのないように綺麗にコーティングされた友愛を装ってみたところで、禁止や自粛の壁の向こうには、この「暗く強い欲望」がある。単にそれを否定することも、露悪的に肯定することもせず、それを想像の世界の中で暴走させる。想像の中で欲望が存分に暴走した結果、どのような極北の世界が描かれるのか。是非とも本書を手にとって目撃してみて欲しい。そして「有機人形がいる」この世界とは、どの世界なのか、考えてみてください。 

この世界には有機人形がいる
作者:蜈蚣Melibe
出版社:太田出版
発売日:2014-11-20
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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
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