『テンプリズム』曽田正人が生み出す「情」と「念」の摩擦係数

版元の編集者の皆様2014年11月28日 印刷向け表示
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テンプリズム 5 (ビッグコミックス)
作者:曽田 正人
出版社:小学館
発売日:2015-07-30
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革新と王道の幻想戦記(ファンタジー)。 

これは『テンプリズム』の連載開始当初に考えられていた、作品のキャッチフレーズである。

曽田正人が初めて挑むファンタジー。それが革新的なものになるのは間違いない。しかし、物語や世界観の設定そのものは、あくまでも王道でいこう。小手先の変化球ではなく、王道ど真ん中の直球で勝負しながら、革新的な作品にしていこう。そんな決意が込められたキャッチフレーズだった。

しかし、この第2集が発売されるタイミングで、『テンプリズム』は新たなキャッチフレーズを冠することになる。

情念(パトス)の幻想戦記(ファンタジー)。

そう、曽田正人とは情念の作家であり、今回発売される『テンプリズム』第2集は、キャラクターたちの情念が動き出す、重要なターニングポイントなのだ。

ここで簡単に、曽田正人という作家のキャリアを振り返っておきたい。

〝坂バカ〟こと、野々村輝の熱すぎるロードレースを描き、いまなおロードレーサーたちの間でバイブル的存在となっている自転車漫画『シャカリキ!』。

炎の消防士・朝比奈大吾が、数々の危険な現場を経験しながら、特別救助隊員(レスキュー隊員)として成長していく姿を描いた『め組の大吾』。

双子の弟を失った少女・宮本すばるが、バレエに目覚め、その才能を開花させていく中で自らの生きる場所を見出す『昴』。

天才ダンサー宮本すばるが、人生で初のパートナーと出逢い、人生で初のライバルと出逢う中で、人間的な成長を果たしていく続編の『MOON』。

カートに魅せられた平勝平太が、カートからF3日本選手権、そしてマカオグランプリの舞台で大活躍する姿を描き、モータースポーツ漫画の世界に新たな地平を切り拓いた『capeta』。

いずれの主人公も、圧倒的な才能に恵まれた天才であり、いつしか曽田正人は「天才を描く天才」と呼ばれるようになった。しかし、それは表層的な評価に過ぎない。曽田作品の真骨頂は、圧倒的な天才たちが活躍する、限定的な舞台設定にあるのだ。

たとえば、『シャカリキ!』の野々村輝。彼は、ツール・ド・フランスで活躍する世界的な選手ではない。ひとりの高校生であり、物語のクライマックスとなるレースは、ツール・ド・おきなわである。『め組の大吾』の朝比奈大吾も、千国市という地方自治体で、主に「めだかヶ浜出張所」の管内を舞台に活躍する消防士だ。『昴』の宮本すばるが所属するのも、パリ・オペラ座というわけではない。日本では場末のキャバレーで踊り、アメリカでも独立系の弱小バレエ団に所属していたりする。あるいは『capeta』の勝平太も同様だ。彼はF1レーサーではなく、カートからF3へと昇格していく若手レーサーのひとりに過ぎない。 いずれも、「天才」が活躍するには小さすぎ、現実的すぎる舞台だ。

しかし、圧倒的な「天才」を小さな舞台に閉じ込めるからこそ、軋轢が生まれ、摩擦係数が高まり、物語が燃え上がる。曽田作品に通底する、触れたら火傷するような熱さは、天才の内部で燃え上がる熱ではなく、天才が現実とぶつかり合ったときの摩擦熱なのだ。だからこそ曽田正人は、過去の連載において周到な取材を重ね、主人公を取り囲む現実を丁寧すぎるほど丁寧に描いてきた。作品の摩擦係数は、周辺情報のリアリティによって支えられていたからだ。

ここまで説明すると、曽田正人にとっての『テンプリズム』がどれほど大きな挑戦だったか理解できるだろう。設定上の制約をいっさい受けないファンタジー。主人公を閉じ込めるべき「現実」はもはや存在せず、摩擦も軋轢も生じない。では、どうやって主人公の感情を描き、作品の「熱」を生みだすのか?

これは、単なる新ジャンルへの挑戦ではなく、まったく新しい主人公像を描き、まったく新しい物語世界を構築する試みでもある。曽田正人という作家は、このキャリアにして、かくも大きな挑戦状を自分に突きつけたのだ。

テンプリズム(1)オールカラーを読む

その意味でいうと、『テンプリズム』第1集に戸惑った曽田ファンは多かっただろう。過去の曽田作品で活躍してきた天才たちとは違う、一筋縄ではいかない主人公、ツナシ。骨の国打倒の旅に出た彼は、感情をほとんど表に出さず、読者に歩み寄ろうとしない。「熱」どころか、氷のような冷たさすら感じさせるキャラクターだった。

しかし、今回発売される第2集では、ツナシにたしかな「熱」が宿っている。もちろん、熱の発生源となっているのは、現実との軋轢ではない。彼を取り囲む、仲間たちの存在である。

もともとファンタジー漫画には、仲間の存在が欠かせないものだ。たったひとりで冒険の旅に出た主人公に、いつしか仲間ができていく。明るく元気な主人公に魅せられ、たくさんの個性的な仲間が集まり、巨大な敵に立ち向かっていく。これはファンタジー漫画の「王道」ともいえる構図だ。

一方、『テンプリズム』のツナシには、周囲を惹きつけるような天性の明るさはない。もともと読書を愛し、本の世界に生きることを喜びとする内向的なキャラクターである。そんな主人公がどうやって心を開き、仲間を獲得していくのか?

ネタバレにならない範囲で明かすなら、第2集に登場する敵と仲間たちは、それぞれ異なるバックボーンを持ち、異なる動機と目的を持って、ツナシの元へと集まってくる。希望、感謝、私怨、そして謀略。さまざまな「情」と「念」が渦巻きはじめる。興味深いことに、同じ動機と志を共有した仲間はひとりもいない。

それでも彼らがツナシの元に集まる理由は、この第2集で明らかにされる、ツナシのまったく新しい主人公像によるものだ。

現実との摩擦係数が存在しないファンタジーの世界で、『テンプリズム』は「情」と「念」が織りなす摩擦熱によって、その作品温度を急激にヒートアップさせている。現在、連載の原稿は第4集の途中まで進んでいるが、熱は高まる一方だ。

連載開始時に「革新と王道の幻想戦記」と名付けたわれわれ編集サイドの判断は間違っていた。曽田正人の『テンプリズム』は、革新的かつ王道でありながら、やはり「情念の幻想戦記」なのである。くれぐれも火傷にご注意を。

テンプリズム 5 (ビッグコミックス)
作者:曽田 正人
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