糖尿病性ケトアシドーシス、肺炎、敗血症、急性腎不全、脳浮腫、白質脳症etc… 壊れた脳が視せる異世界と、奇跡の再生。過労死する前に読みたい『死んで生き返りましたれぽ』

兎来 栄寿2014年12月08日 印刷向け表示
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死んで生き返りましたれぽ
作者:村上 竹尾
出版社:双葉社
発売日:2014-11-12
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 「仕事・人間関係で毎日疲れているんですが、その疲れを癒してくれるようなマンガはないですか?」

マンガソムリエ活動を行っている時に、特に多いのはこんなオーダーです。ある意味で、そういった方に最もお薦めしたいのが今回紹介する『死んで生き返りましたレポ』。但し、それは癒やしなどという生易しいものではなく、痛みを伴った「救済」とでも言うべきものですが……。

英語でもドイツ語でもフランス語でもスペイン語でもポルトガル語でも、「過労死」は「karoshi」で通じてしまう現代日本の労働環境。特に今は師走に入り、「こんな忙しい時にマンガなんて読んでる暇あるか!」という方も多いかと思います。かく言う無類のマンガ好きである私自身も、先月の労働時間は400時間を超えマンガを読む時間を確保するのが至難でした。しかし、そんな忙殺(これも凄い熟語ですよね)されている人にこそ、あえて一時息を入れて手に取って頂きたいと強く願います。仕事について、人生について、周りの人との関わり合い方について、今一度見つめ直す機会を与えてくれる極めて上質な実録エッセイマンガです。


2014年最大級の衝撃作

村上竹尾『死んで生き返りましたれぽ』P8

何たる異端。

何たる奇跡。

何たる衝撃。

pixivに掲載されていたこのマンガを初めて読んだのは、全16話の内の丁度半分までが公開された時期でした。子供の落書きや「エヴァ」の心象スケッチを想起させる描線が生々しい迫力で襲い掛かって来て、その重い内容と共に「ちょっと、これは凄すぎる……」と唸ってしまいました。私が触れたWebマンガの中では2014年中で比肩する物はなく、あらゆるマンガを含めてすら傑出しています。

今作は、オーバーワークと不節制により糖尿病、糖尿病性ケトアシドーシス、肺炎、敗血症、横紋筋融解症、急性腎不全、脳浮腫、高アンモニア血症、鉄欠乏性貧血、可逆性白質脳症などなど重篤という言葉でも到底足りないほどの、致命的な合併症を起こしてしまった筆者の実体験をマンガ化したものです。一時は心肺停止にまで陥ってしまったものの、このマンガを描いているという事実からも察せられる通り、今では見事に回復されたそうです。担当医の方々からは「奇跡の人」と呼ばれているとか。助かったのが不思議な位の症状や精神状態を克明に描いた闘病記録は、壮絶極まりないものです。

P36

P60

盲目化、幼児退行、精神崩壊などを起こした時の「れぽ」。何を尋ねられても同じ単語でしか返せない。人間の顔に線が入って見える。顔のパーツが逃げる。自分の腹の上に無数の足がある。色や形が判別できず四角い物体がどれも同じに感じられる。『火の鳥 復活編』を思い出させるような、脳の変化により生じた認識の変化がリアルに視覚的に描写されます。

書物や物語の意義として、自身の一回だけの人生では味わえない様々な事柄を疑似体験するというものがあります。それによって、私たちは思い描くのが難しい他の世界への想像力を獲得し、涵養されて行きます。その意味では、この体験レポートマンガというのは大変貴重な存在です。こういった経験談を言葉で伝え聞く機会は幾度となくありましたが、患者目線で視覚的にダイレクトに伝わるこのような形で見事に表現してみせた例はほとんど見たことがありませんでした。たまたま絵を描くことが好きで、それを生業にしていた筆者だったからこそ描き表すことができた奇跡の作品と言っても過言ではないでしょう。

歪んだ夢と、生きる許しと、支えてくれる人と

『死んで生き返りましたれぽ』では、筆者が倒れるに至る過程を描く部分にこんなモノローグが登場します。

自分が望んだ生活なのに苦しいのはなぜだろう

仕事をするのがつらく、しかし、自分でやりたくてやってることなのであきらめたくはありませんでした。

仕事にしがみついていたわたしがこれ以上なにも描けないと自分から言うのは恐怖でした。

最初は自分が望んで選び取った道だったはずなのに、いざ歩んでみると途轍もなく苦しい。それでも、もしもそれを捨ててしまったなら他に自分には何もない。だから捨てられず、もがき苦しみながらもしがみつく……。それによって遂には体や心を壊してしまう、というのは非常に悲しいことです。

P68


絵を描くスキルを唯一の武器としてこの世界で生きて来た筆者が、アンパンマンの顔すらもまともに描けなくなってしまっていた時。それは、翼を奪われた鳥のように、脚を奪われたサッカー選手のように、「命以外のすべてを失う」と表現された絶望感。そして、そんな絶望感すらも絶望として認識できない絶望的状況。

しかしながら、本当は世界は広く限りなく、道も無限にあるはずなんです。どこかで少し戻っても、止まっても、脇道に逸れても、全然構わないはずなんです。それまで費やして来たものが全て喪われたとしても、人はまたゼロから築き上げていくこともできる生き物です。でも、渦中にあっては、そんなことを気付く余裕がまずないですし、解らないのですよね。だからもし、死を意識するような時間を多く持たざるを得ない道を歩んでいるなら、無様でも良いし誰かを頼っても良いので、まず生命を存続させる道へ舵を切るべきです。生きている限り、いえ、一度死の淵に至ってもなお、人にはあらゆる可能性がある。そして、死に掛けた自分を助けようと真剣に動いてくれたり心配してくれる人は自分が思っている以上に世の中にいるのだと、生きていて良いのだと、その許しは些細で身近な所にあるのだと、そんなことをこの作品は切々と説いてくれます。

P122

私が今作で特に感動したシーンの一つが、まともに喋ることすらできなかった筆者が奇跡的な回復を見せて行き、遂にはリハビリで立てるようになったシーンの母親の反応でした。仮に自分が立ち上がることができない状態に陥った時、立ち上がれるようになっただけで涙を流して喜んでくれるような人は身の回りにいるでしょうか。もしいるとするならば、絶対にその人のことは大切にせねばならないでしょう。母親だけでなく、友人や病院の人々の言動がそのまま生きる力に繋がっていく姿は、心を熱く穿たれます。

巻末に書き下ろされた竹尾さん自身の後書きの言葉がまた素晴らしいもので、強く印象に残っています。

生きることがつらいときや、自分の意思とは関係なく立ち止まってしまったときに、自分の心を前に向けるには、善い言葉を使い、人に感謝をする、それだけでいいのかもしれません

善い言葉と感謝。自分を想ってくれる、気遣ってくれる人のことを、自分も想うこと。私も常に心掛けている所ですが、忘れそうになった時はこの本を再読したいです。そんなことを考えさせてくれるこの本は、誰かへの贈り物とするにもとても良い選択となる一冊だと思います。


「脳漫画」とWebマンガ


マンガHONZで『くも漫』レビューをした(世界には、見ておいた方が良いケツの穴もある「くも膜下出血マンガ」『くも漫。』 http://honz.jp/articles/-/40744)トキワ荘プロジェクトの菊地さんは「今年は脳漫画の年だ」という表現をしました。確かにその通りなのです。『くも漫。』は、くも膜下出血になった筆者の経験を漫画にした作品です。この作品でも、脳にダメージを負ってしまったが故に体験した普通では味わえない感覚を鮮烈に描いています。

又、同じくトーチ掲載の『みちくさ日記』(http://to-ti.in/product/?id=11)も、精神病院に入院した筆者の体験を赤裸々に描いた作品です。通常とは違った感性によってなされるその表現の数々は一読の価値があります。

これらの作品は全てWeb発。絵のクオリティ的や一回当たりのページ数という面では、メジャーな商業誌の作品と比べると大きく乖離しています。しかし、だからこそこれらの作品は素晴らしいとも言えます。誰もが枷も何もなく、パーソナルな体験をそのまま綴って世の中に送り出すことのできる時代が可能にした作品群。今までは表に出て来ることが難しかったタイプの作品が、今後はこのような形で更にどんどん出て来るようになるでしょう。

これらの作品が普通に生きていては知り得なかった世界を知る契機となり、今までよりも少しだけ人が人に優しくできる世界が生まれたなら、それはとても素敵なことです。

pixiv版と書籍版

ちなみに、『死んで生き返りましたれぽ』は現在でもpixiv(http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=40218865)にて全話閲覧可能です。

pixiv版二話P1

書籍版二話P1

ただ、書籍版は全編加筆修正されていて、全体的に読み易くなり、そして描き下ろしのパート、実際のカルテや主治医からのコメントも読むことができます。pixiv版の荒々しさも作品と合っていて個人的に好きですが、今ならKindle版もお求め易い価格で買えますので、書籍版を推薦します。

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