『阿知賀編』を愛し過ぎて吉野山で聖地就労し始め二ヶ月。『咲-Saki-』シリーズと聖地巡礼・舞台探訪の魅力を全力以上で語らせてもらいます!

兎来 栄寿2014年12月24日 印刷向け表示
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咲 Saki (1) (ヤングガンガンコミックス)
作者:小林 立
出版社:スクウェア・エニックス
発売日:2006-12-25
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諸君 私はクリスマスを 天国の様なクリスマスを望んでいる
諸君 今年も孤高を貫く大隊戦友諸君
君達は一体何を望んでいる?

安息のクリスマスを望むか?
情け深い天使の様な彼女と過ごすクリスマスを望むか?
鉄風雷火の限りを尽くし三千世界の鴉を殺してでも守りたい女神の様な伴侶を望むか?

よろしい ならば咲-Saki-だ。

諸君、私は松実宥さんが好きだ。
清水谷竜華さんが好きだ。
石戸霞さんが好きだ。
白築慕さんが好きだ。
野依理沙さんが好きだ。
神代小蒔さんが好きだ。
福路美穂子さんが好きだ。
天江衣ちゃんが好きだ。
エイスリン・ウィッシュアートさんが好きだ。
雀明華さんが好きだ。
松実玄さんが大好きだ。

諏訪で 飯田で
吉野で 千里山で
有楽町で 日比谷で
新道寺で 有珠山で
永水で 宮守で
姫松で 清澄白河で
松江で 浜名湖で
帝国ホテルで アベノハルカスで
屋久島で 悪石島で
万里の長城で ソフィア・アンティポリスで
ハロゲイトで サカルトヴェロで

この地上のありとあらゆる場所を舞台にする『咲-Saki-』が大好きだ

この暗い闇の底で半生もの間堪え続けてきた我々にただのクリスマスではもはや足りない!!

至高のクリスマスを!!

一心不乱の大クリスマスを!!

我らはわずかに一個の人間に過ぎない

だが諸君は『咲-Saki-』を読むことで一騎当千の古強者になると私は信仰している

ならば我らは諸君と私で総力96万と1人のリア充集団となる

一次元と三次元のはざまには奴らの哲学では思いもよらない事があることを思い出させてやる

二百人の美少女と美少年と美女と美青年と美中年と美老年の戦闘団で世界を萌やし尽くしてやる

征くぞ 諸君

卓上のメリークリスマス

あまりにテンションが昂ぶり過ぎて、脳内の少佐が意味不明な演説を始めてしまいましたが……言いたいことは唯一つ。

「クリスマスケーキを一緒に食べる彼女がいないなら、『咲-Saki-』を読めば良いじゃない」

いうことです!

『咲-Saki-』シリーズでは、実に200人以上の登場人物が描かれます。
そして、ただ単に数が多いだけではなく、その一人一人が、ほんの数セリフしか無いキャラでもカルト的な人気が出る程に魅力的に描かれている稀有な作品です。それ故、読めばきっと一人くらいは大好きになれるキャラがあなたにもきっといるでしょう。そうしたら、具現化系能力者の修行のように毎日その子のことだけを考えて過ごします。すると、最早その子と常に一緒いて、苦しい時には励ましてもらえ、楽しい時には一緒に笑い合ってくれていると感じられるようになります。さすればほら、毎年リア充だ!(満面の笑み) え、幻覚? うるさいそこ! 薬も救急車もノーセンキューです!
世間では、この時期になると「リア充爆発しろ」という怨嗟の声が満ち満ちます。私も、駅前で人目も憚らず抱き合いキスするカップルや、横浜ベイエリアで一つのマフラーでお互いを巻いて密着するカップルを仕事帰りに見た時など、ナッパのように指でクンッと辺り一帯ごと爆ぜさせられたなら……! と思いました。愚かでしたね
そんな私も松実玄さんと出逢った日から、全ての人を祝福する側に回りました。世界中の人に笑顔と幸あれ、と。それはもう、心安らかに。Merry Christmas

とこのような感じで、『咲-Saki-』シリーズと松実玄さんを好き過ぎてTwitterでそれを呟き続けた結果、私は大切なフォロワーを400人以上失い続けています。そして、今回これを書くことによってまた、今まで書いたレビュー、そして未来全て記事の説得力をも著しく落とすことになるでしょう。
それでも、書かねばならない、書かずにはいられないことがあるッッッ!
今こそ俺は『咲-Saki-』について書くぞジョジョーーッ!!

たとえば一番好きな食べ物を「何でそれが好きなの?」と問われたとして、それを頑張って説明してみても結局は感覚・感性の違いなので本質的な魅力を100%伝えることはできません。しかし、それでもその食べ物がどんな色でどんな形でどんな食感や風味が自分にとって心地良いのか、ということについて言葉を凝らすことはできます。
私が感じている『咲-Saki-』シリーズの魅力というものを、これを読んでいる方に1%も伝えることはできないと思っています。それでも、その一旦でも感じて頂いて、万が一興味を持って貰えたとしたらそんなにすばらな事はありません。

じゃあ行こうか(ザッと眼鏡を装着)。

『咲-Saki-』と3つのスピンオフ。読む順番は?

咲-Saki-(13) (ヤングガンガンコミックス)
作者:小林 立
出版社:スクウェア・エニックス
発売日:2014-09-25
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  『咲-Saki-』は、2006年に始まった作品で、最新巻は13巻。現在も絶賛連載中です。

作品内容は、一言で言えば「麻雀スポ根群像劇」。麻雀が世界的な人気競技となっており競技人口数億人を数える世界の中で、高校生の大会であるインターハイで頂点を目指す主人公の宮永咲たちを描いた物語となっています。

そのスピンオフである『咲日和』と『咲-Saki-阿知賀編 episode of Side-A』(以下『阿知賀編』)が、2011年より開始。

咲日和 (1) (ビッグガンガンコミックス)
作者:木吉 紗
出版社:スクウェア・エニックス
発売日:2012-03-24
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『咲日和』は、本編では描かれない幕間の出来事をコメディとして描いた四コマ漫画。

咲 Saki 阿知賀編 episode of side-A (1) (ガンガンコミックス)
作者:五十嵐 あぐり
出版社:スクウェア・エニックス
発売日:2012-03-24
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そして、『咲-Saki-』本編では長野県代表清澄高校の視点から全国大会のトーナメントBブロックの戦いが描かれていますが、その逆サイドであるAブロックの戦いを奈良県代表阿知賀女子学院の視点から描いた物語が『阿知賀編』となっています。ちなみに、こちらの作画は、『バンブーブレード』の五十嵐あぐり先生が担当。画風は多少違いますが表情の描き方が素晴らしく、このコラボを考案した方には国民栄誉賞を送りたいです。

マンガのスピンオフとしてはかなり珍しいのですが、同じ時系列の話が二つの視点からクロスオーバーするように描かれております。

2013年に『阿知賀編』は終了しましたが、更なるスピンオフとして『阿知賀編』と同じ小林立先生&五十嵐あぐり先生コンビにより『シノハユ the dawn of age』(以下『シノハユ』)が開始。

シノハユ (1) (ビッグガンガンコミックススーパー)
作者:小林 立
出版社:スクウェア・エニックス
発売日:2013-12-25
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こちらは、本編では大人として描かれる日本のトッププロ達の子供~高校生時代の話が語られます。


読む順番としては、まず『咲-Saki-』を9~10巻まで読み、その後で『阿知賀編』全巻を読み、その後に本編の残りを読むのがお薦めです。

『シノハユ』0話(http://www.jp.square-enix.com/magazine/biggangan/introduction/shinohayu/)は『阿知賀編』最終話と繋がる形になっていますので、読まずに単体で楽しむこともできますができれば本編と阿知賀編を最後まで読み終わった後がお薦めです。

『咲日和』は、阿知賀編を読み終えたタイミングで読み始めるのが良いでしょう。

これら本編とスピンオフは単体でも楽しめますが、総体として読み解くことで『咲-Saki-』の世界を奥深く味わうことができます。たとえば、本編ではあまり描写されなかったキャラクターが『阿知賀編』を読むことで解ったり、『シノハユ』で言及された内容が本編の最新話のセリフに掛かっていたり……。『咲日和』もギャグマンガではありますが、そこで描かれていることは作中で実際で起こったことであると明言されています。

無数に散りばめられた点と点が鮮やかに結ばれて線となり、像を形成していく快感は『咲-Saki-』シリーズの大きな魅力となっています。

『咲-Saki-』のすばらな点はムゲンデス。ちょー語るよ~

「『咲-Saki-』は一体、何がそこまで良いんですか?」と訊かれると、実は結構困ります。何故なら、美点がありすぎて何から語れば良いか困るからです。幸いにして今回の記事の文字数はムゲンに近いので、語れるだけ語って行きたいと思います。 

麻雀を知らなくても楽しめる

『咲-Saki-』は、麻雀マンガです。しかし、囲碁を解らなくても『ヒカルの碁』を楽しめるように、将棋を解らなくても『3月のライオン』を楽しめるように、麻雀を知らなくても『咲-Saki-』は楽しめるのです! ただ、勿論麻雀を知っていればより深く楽しむことができるのは間違いありません。ですから、逆に麻雀を知らない人も『咲-Saki-』を読んで興味を持ち、それから麻雀の世界に入るというのも大いにアリだと思います。

そして、麻雀マンガといえば裏社会のドロドロした世界が主流ですが、この世界ではまるで爽やかなスポーツのように麻雀というものが描かれ、登場する人物も基本的に人格者が多いので、実に気持ち良く読み進めることができます。 

派手な演出

何故、『咲-Saki-』は麻雀のルールを知らなくても楽しめるのか? その理由の一つが闘牌シーンの派手さです。ポンとかチーとかリーチとか嶺上開花とか、言ってる単語の意味は解らなくとも、その度に豪快な演出が入るので「とりあえず何か凄いことが起こったのは解る」「こっちの人がダメージを負ったのは解る」と直感的に理解できるからです。時には会場中の電気機器がショートしたり、弓で射抜かれたりしますが、しっかり麻雀です。

『阿知賀編』3巻 P94-95

何か凄いことになってますが、格闘マンガではありません。純然たる麻雀マンガなのです。相手を場外まで吹っ飛ばしたり、ブラックホールを生成してボールを止めたりするテニスマンガを楽しむような心持ちで楽しめば大丈夫です。

すばらなキャラクターたち

普通のマンガでなら一番好きだと言えるようなキャラが、『咲-Saki-』においては10人も20人もいます。それ程に、『咲-Saki-』におけるキャラ描写は秀逸です。外見や特徴的な喋り方などの表面的な魅力も勿論ありますが、一人一人がしっかりと掘り下げて語られることによって、『スラムダンク』でいえば三浦大付属の宮本くらいのポジションのキャラが、あまりにも立っているのが『咲-Saki-』なのです。それによって、その内面や精神性に惹かれるのです。
たとえば、このシーン。

『咲-Saki-』7巻P14

『咲-Saki-』7巻P15

1位のみが勝ち抜け・ダブル役満なしというルール下で、最後の親番も終わりトップに13万点以上もの圧倒的大差を付けられ圧倒的最下位でオーラスを迎えされてしまった風越女子の池田。野球で言えば9回裏ツーアウトランナー無しで0-15、サッカーで言えば後半ロスタイム残り1分で0-5くらいの、完全に絶望的な状況です。普通、麻雀だったらオーラスに倍満ツモでも届かない差があったら、諦めてしまいがちです。この状況は、倍満ツモどころか役満直撃でも無理。ところが、彼女は「テンパイを30回位繰り返し、その後役満を和了すれば逆転」と、最後の最後まで勝利を諦めません。それ故、四暗刻単騎をツモしても「またあとでな! あたしは勝ちをあきらめない……ッ!」と、それを清々しく蹴ります。最高にカッコいいじゃあないですか! この、最後まで諦めない姿勢というものを主人公以外のキャラも貫いて来る熱さ。それは読む側にも伝播してきます。私は、真に『咲-Saki-』を愛する者ならばどんな窮地に陥っても絶対に諦めない、諦めるわけがないと想っています。諦めない心は『咲-Saki-』から学びました。 

すばらな闘牌描写

上記の、池田たちによって成される長野県予選決勝戦オーラスの闘牌は、麻雀マンガ史上に残る最上級に美しい闘牌として語り継がれています。暴虐的支配の麻雀を見せる天江衣に対して主人公・咲が見せる優美巧妙なる対応も素晴らしいのですが、それ以外の二人が見せる最後まで勝利を諦めない姿勢もまた同等以上に美しく素晴らしいのです。あらゆる麻雀マンガの中でも、この局と『阿知賀編』における全国大会Aブロック準決勝先鋒戦後半戦オーラスは永遠に語り継がれるべき最高の闘牌です。四人それぞれの意志と、抱える想いとが一つになって紡がれ、生まれた奇跡の局だったと言えましょう。それはもう、筆舌に尽くしがたい絶佳です。 

捨て牌の秀逸さ

『咲-Saki-』を読む時に注視したいのが、捨て牌です。上記のような突出した名局以外においても、捨て牌からの思考の反射を利用した読みや、捨て牌により暗示される性格の違いが描かれています。

『咲-Saki-』8巻 P123

佐々野いちご選手の捨て牌の綺麗さに比べて、グチャグチャな上家の愛宕洋榎選手。捨て牌は性格を表します。しかし、そんな愛宕洋榎選手の打ち回しは……。このシーンは状況の一つ一つを細かく精査する程に面白いシーンなので、是非実際にご覧になって欲しいと思います。

『咲-Saki-』は明言されていなくとも、細かく読み込むことでキャラクターの闘牌に理由が見い出せるように綿密に作られています。流し読みでは気付けない所ですし、気付けなくとも問題ない部分ですが、そこまで読み込んでいくことで更なるキャラの魅力に気付きますし、『咲-Saki-』の面白さは更に立体化します。ちなみに、担当編集はあまり麻雀が解らず、これらの闘牌は監修なしで全て小林立先生が一人で考えているそうです。立先生、恐ろしい子……! 

少年マンガ的な熱さと少女マンガ的な繊細さの同居

努力と友情と勝利。そんな、ジャンプマンガ的なエッセンスも『咲-Saki-』には含まれています。やっていることが麻雀とはいえ、競技は競技。それぞれに秘める想い、抱える物がある。それを卓上でぶつけ合い、鎬を削る様には手に汗握ります。それは正にスポ根作品の持つ面白さです。その一方で、文学的かつ叙情的な台詞やモノローグで描かれる感情の機微の細やかさは少女マンガ的ですらあります。

『咲-Saki-』4巻P106

『咲-Saki-』P107

そうした台詞、あるいは台詞なしで描かれる表情が語る想いの情報量は凄まじい密度で、読んでいて堪らない気持ちにさせてくれます。 

巧く残された想像の余地

『咲-Saki-』では、一部を実に事細かに描きながらも、またぽっかりと空白も残します。人は空白を補完したがる性質があり、その空白が絶妙なのです。たとえば、こういう性格の二人がいるのだから、必然的にこの時はこうなるだろうな、といった想像をさせてくれます。それというのも、元々のキャラクターの描き方がすばらであるからに他ならないのですが。断定はされず、されど仄めかされる。その塩梅が丁度いいのです。だからこそ、様々なカップリングでの多様な妄想も捗ります。清澄の部長と風越のキャプテンが二人で一つの買い物袋を持っているシーンなど、なかなかのなかなかですね。 

知性溢れるボキャブラリーや設定

ここで突然テストです。以下の熟語の読み方と意味を答えて下さい。

「夢寐」「闕望」「幽邃」「昏鐘鳴」「根堅州国」「黒甜郷裡」

解らなかったら、辞書を引くか『咲-Saki-』を読めば解るようになります!
こういった語彙の豊富さに加え、キャラクターの設定も古来から伝わる神話や民話に基づいたものが数多く存在します。『咲-Saki-』を考察するために日本神話や聖書、遠野物語、民間伝承に当たる人も多いです。きっと、小林立先生はかなり国語の成績が良い読書家だったであろうと推察されます。又、キャラクターの名前も基本的に出身地に特に多い名字を与えられていることが多いです。見た目とは裏腹にしっかりとした考証で微に入り細に入り考え抜かれ、知的好奇心を刺激してくれる内容もまた、大きな魅力です。

能力バトルモノとしての面白さ

『咲-Saki-』は、能力バトルモノとしての熱さもあります。一部のキャラクターは「東場だと滅法強い」「全てのドラを集める」といった特殊能力を持っています。そんな能力者同士の戦い、あるいは能力者に対して特殊能力を持たない者が行う戦いがまた滾るのです。「作中で直接戦うことはなかった能力者Aと能力者Bがもし戦った時、どちらが勝つか?」という話が楽しくて仕方ないのは、少年マンガファンなら解って頂けるでしょう。

そして、その能力自体がまた麻雀マンガ史をひもといても斬新で面白いものが数多くあります。「ハーベストタイム」や「リザベーション」などは、その最たる例でしょう。全局天和クラスに対応不可能ではないものの、かなり強力で、そういう意味でバランスの取れた能力。その能力があったら自分ならどうするか? 最も効果的に活用するには? あの能力を相手にした時は? と考察を楽しませてくれます。

更に、その能力はそのキャラクターの生い立ちや環境、名前、出身地などに深く関わっています。それ故に、新しいキャラクターが登場した場合、そのキャラは麻雀においてどんな能力を持っているのか? という推理をする楽しみもあります。今現在も正に「あの子はどんな能力なんだろうな~!」と笑顔で頭を悩ませている最中です。誰か、真屋由暉子さんの能力が何なのか居酒屋で語り明かしましょう。

地元のチームや選手を応援する楽しさ

『咲-Saki-』では、全国47都道府県の全代表チームの名前が出て来ます。描写なく敗れ去ってしまったチームも残念ながらありますが、地元のチームが残っている方は地元を応援する、という楽しみ方も可能です。現在行われている団体戦が終われば個人戦が始まるものと思われるので、そこで改めて地元の選手を応援するのもアリですね。尚、私は東京生まれ東京育ちですが、魂の故郷である奈良県を全力で応援しています

対比や構成の秀逸さ

『咲-Saki-』シリーズは、大小様々な対比構造が描かれます。ページ間の些細なものから、大きな意味を持たせられているものまで色々ですが……私が最も美しい対比構造だと思うのは、『阿知賀編』一話と最終話における主要キャラクターの立ち位置とその変化です。それを示す見開き一枚絵の尊さ、そして本編と『阿知賀編』を繋ぐキャラクターである彼女の台詞は、涙が自然と溢れて来る程です。『阿知賀編』と本編のクロスオーバーポイントや、『シノハユ』内での複数視点による構成なども、物語構造として実に美しいものです。 

背景の美しさ

目に見えない構造も美しければ、目に見える映像も美しいのが『咲-Saki-』。とりわけ特徴的なのは、緻密な背景でしょう。特に、田舎の自然溢れる風景は印象的です。

『咲-Saki-』9巻表紙と、その背景となった宮守川橋梁(めがね橋)の風景

そして、それが次の項に密接に関わってきます。

舞台背景を推理、探訪する楽しさ

『咲-Saki-』に登場する背景は、その多くが小林立先生が実際に現地に足を運んで撮影取材を行って来たもののようです。つまり、それらは殆ど全て現実に存在する景色。
ただ通常の作品であれば、現実を舞台にするとはいってもほとんどは一つの地区に留まります。
しかしながら、『咲-Saki-』においては、北は北海道から南は吐噶喇列島まで、その範囲は実に広範にわたります。一枚絵の背景から、それがどこなのかを探し出し特定するというのは、現実という空間を舞台に行われる壮大なスケールのゲームのようです。

そこで、この画像をご覧下さい。

『シノハユ』0話P13

この画像は、『シノハユ』が始まる前の予告マンガである0話の1コマなのですが、どこだか解るでしょうか?

何と、訓練された『咲-Saki-』ファンはこの背景だけで「島根県松江市の玉造温泉が舞台」だと特定してしまうのです! 意味が解らないと思いますが、私も解りません。私が言うのもなんですが、はっきり言って変態的です。アンテナの向きであったり、マンホールの形状であったり、あるいはソーラーパネルの角度などから地域と座標を導き出す手腕は探偵顔負けです。 

ファンの熱さ

上記のような特定班はもとより、毎月ビッグガンガンの発売日には島根に飛びつつヤングガンガンの発売日に合わせて月に2回北海道に飛び且つ年に10回以上吉野に行く人や、単行本を100冊以上購入する人、作中に登場した背景を撮影するためだけに14万円するドローンを購入して空撮を行う人、数コマを再現するためだけに10万円の避難車を購入して北海道で走らせる人、有楽町の国際フォーラム内部の写真を撮影するために株主になり株主総会で堂々と入場する人、一つのカップリングで100冊近い同人誌を発行する人、日本に80台の希少車を咲-Saki-仕様の痛車にする人……

私も色々な作品を好きになり、色々なファンに会ってきましたが、これ程までに濃すぎるファン層を持つ作品というのはなかなか存在しないと思います。その人達が学生やニートならまだしも、一部上場企業で働く優秀なビジネスマンだったり、国家公務員するので恐いです。 

定期供給される燃料

巷でたまに批判されますが、『咲-Saki-』本編は休載も多いです。が、上記のスピンアウト作品を含めた作品群や、その映像化なども含めると、最低でも二週間~一月に一回程度は何かしらの形で真新しい「咲-Saki-分」が補給できます。月平均のページ数に換算すると、ほぼ週刊連載作品と変わらない分量が供給されているので、その炎もなかなか消えません。更に、小林立先生自身が様々なオファーを受けながらも「今は『咲-Saki-』以外を描く気はない」と自らの強い作品・キャラ愛を表明し、「団体戦の次の次くらいまでは構想がある」「『シノハユ』だけで100巻位のお話は考えている」とファンを狂喜させる発言をしているので、一ファンとしてはただただ応援しながら座して続きを待たせて頂く所存です。

・名言

名作に名言あり。この『咲-Saki-』にも、心に刻まれたすばらな名言が幾つもあります。幾つか挙げましょう。

たまにあり得ないくらい酷いことが起きるでしょう? その度に、怒ったり凹んでたら、きりがないと思うの。いつかきっといいこともあると信じて、明るく前を向いて、何事も、そうやって楽しんでいきたいわ。

もし神がいるのなら、前に向かう者を好きでいてくれるはず!

私には誰かから必要とされている力がある
それはエースになれる力じゃないけど
必要とされてる そんなすばらなことはない
捨てゴマまかされました!

どんな立場に置かれても、どんな逆境に陥っても、前向きに、諦めずに進む力に『咲-Saki-』は溢れている! こんなすばらなことはない!

他にも、非常に読み易く作られたネームの凄さとか、松実玄さんが可愛いとか、回想によるフラグが勝敗どちらに作用しているか解らず展開が読めない面白さとか、松実玄さんが可憐だとか、カバー裏オマケのクオリティとか、松実玄さんが神聖だとか、数限りなくすばらな点は挙げられますが、今回はこの位にしておきます。もしこれで、ほんの少しでも『咲-Saki-』に興味を持って頂けたら、天に地に希望が溢れている心地です。 

咲-Saki-でハマった舞台探訪・聖地巡礼から吉野山での聖地就労へ

ここからは余談的に、「舞台探訪」、「聖地巡礼」と云われる行為(ちなみに私は前者を文字通り舞台を特定・発見する捜索を含む行為、後者を既知のものとなった舞台・聖地に行く行為と使い分けています)について語ります。

要は、作中に登場した実在する土地に、実際に赴くことです。「ロケ地になった所に行ってみたい」「作中の人物と同じ行動をしてみたい」という欲望は、別段特殊なものではないと私は考えます。たとえば、『ローマの休日』を観たらベスパに乗ってローマを走ったり、スペイン広場でジェラートを食べたりしてみたい、と思うのは自然なことでしょう。ミラーリング・シンメトリー効果の一種であるとも考えられます。

私が初めて聖地巡礼を行ったのは『耳をすませば』を観て行った聖蹟桜ヶ丘でした。そこではまだ完全一致する程の景色は発見できず、それを記録していくツールもなく、寧ろ聖蹟桜ヶ丘の美しい風景全般を楽しんで帰った記憶があります。

一方、『咲-Saki-』の聖地巡礼では、あまりの背景の再現度の高さに驚きと共に感動を覚えました。本当に、その風景のキャラクターの居る場所に自分が立っている感覚を味わえたのです。物語世界に内在できる感覚、その興奮というのはなかなかに代え難い魅力があります

実地に立ち、その場の風景や空気の匂い、聞こえて来る音を五感全てを使って味わった時、二次元的な世界から得た情報が一気に立体化し、三次元化します。すると何が起こるか。そこに立っていた登場人物の視点で世界を捉えることによって、普通に作品に触れていただけでは湧かない想像力が働き、鮮烈な情報を基に溢れ出してくるのです。そこを歩くことで何が見えて、何を感じたのか。何を思ったのか。現実の体験として受容することで、作品が真に我がことと化して行きます。

私が強く推薦する朗読マンガ『花もて語れ』においても、主人公たちが宮沢賢治の作品の朗読を完成させるためにイーハトーヴのモチーフとなった賢治出生の地である岩手県を訪れるシーンがありました。そこで実際にイーハトーヴの自然を感じることで、賢治が何をどんな風に想って書いたのかということを察し、作品理解を深めていきました。『ガラスの仮面』の北島マヤや姫川亜弓の役作りなどにも共通性が見いだせるでしょうか。

聖地巡礼や舞台探訪というのは、作品の追体験をしながらより深くその作品世界に没入し、その髄まで物語を味わう行為。いわば、最高度に物語を楽しむ行為なのです。

事実、私は『阿知賀編』の巡礼・探訪で幾度も吉野を訪れ、それから改めて『阿知賀編』を読むことで、登場人物たちの深奥まで共感しシンクロした心地に至りました。その上で更に聖地を訪れ、そしてまた更に鑑賞を重ねるという繰り返しによって、どこまでもどこまでもその愛を深化させて行きました。たとえるなら瀕死になって仙豆を飲む、を20回くらい繰り返した悟空のような状態だと想像して貰えれば解りやすいでしょう。

吉野山に行った帰りに『阿知賀編』の1話や12話を観て、涙を流さないことはもう不可能です。人生でここまで深く愛する作品はないであろうと思います。

そこまで深く愛することになった結果、どうしたか。

『阿知賀編』の主要人物・松実姉妹の実家である旅館・松美館のモデルとなった、吉野山にある旅館さこやにて住み込みで働くようになりました

300年の歴史を持つ、吉野山最古の旅館さこや

著名な文人や歴代の総理、天皇陛下もお泊りになった格式高いお宿。ですが、昨年9月にはこちらで『咲-Saki-』のアニメスタッフや声優陣を招いての『阿知賀編』公式イベントも行われました。定員200人に対して7倍以上の応募があり、この日は吉野山全体が大盛況となっていました。

その際、監督に寄贈いただいたサインや、声優陣の寄せ書きサインなどは、今でもさこやロビーに設置された咲-Saki-コーナーに展示してあります。

それ以外にも、現在吉野では様々な場所に住民とファンの協力の下、新たな観光スポットが作られています。 

世界遺産吉水神社 咲-Saki-絵馬奉納所

食事処静亭 咲-Saki-コーナー

土産物店 天の川屋 宥姉コーナー

吉野駅 咲-Saki-阿知賀編コーナー

吉野が舞台となった『阿知賀編』が終わってからは一年半以上経ちますが、今でも吉野にはファンが定期的に、しかも国内だけでなく海外からも訪れています。それというのも、作品の魅力は勿論ですし、土地自体の魅力もあるからだと思います。

私自身、元々将来は田舎に住みたいという想いがあったこととは別に、吉野という土地の素晴らしさ、そしてそこにいる人の温かさが気に入ったことも、移住して働くまでになった理由として挙げられます。

『阿知賀編』の聖地であるということで訪れていた吉野山ですが、その世界遺産にも認定された四季折々の雄大なる美しさには途方もなく感銘を受けました。日本一の桜を見られる場所として有名で、次点で紅葉の美しさで知られる吉野。ですが深緑の山の美しさ、紫陽花の美しさ、夏の色とりどりの花々の美しさ、そして冬の雪景色など、あまり知られてはいませんが全ての季節に違った魅力が備わっているのです。今では、その美しさを日々味わいながら、忙しなくも楽しく働いています。毎日、この空気が吸いたかったのだ、この星空が見たかったのだ、と想いながら。最高に好きな作品の聖地かつ世界遺産に住む。これ以上の贅沢があるでしょうか。

ちなみに、周知の通りマンガ無しでは生きられない私ですので、アニメイトもとらのあなも紀伊國屋書店もジュンク堂も無い土地で生きられるのか……? と、不安はありました。しかし、某通販サイトのお急ぎ便を使うと何と発売日の午前中に、早ければそれらの書店の開店時間前にも届けてくれるので、ほとんど不都合はありませんでした。又、今の時代はインターネットさえ繋げれば電子書籍も購入できますし、Webマンガも無数にあります。充実したマンガライフを継続することは、現代では吉野山でも問題なく可能だったのです。こんな便利な時代に、それを作り支えて下さっている方々に、感謝です。

そんな訳で、聖地就労や聖地移住とまではいかなくとも、聖地巡礼に興味がある方には是非ともお薦めしたいです。

今年、個人的に最も興奮を覚えたノンフィクション書籍である『データの見えざる手』において、ビッグデータによる人間の解析という物が行われていました。そこでは、人間は活動的で移動距離が多いほどその幸福度が高い傾向にあるというデータが示されていました。考えてみれば自明のことではありますが、毎日一処に留まって同じ作業を続けているよりも、様々な場所に行くことで様々な人に逢い、様々な刺激を受けることが人生を豊かにするのは感覚的にも理解できる話です。そういった意味で遠くに出かけてみるということは、強制的に自分をより幸福度の高い状態に置く行為であるとも換言できるでしょう。

聖地巡礼は旅としての楽しさに上乗せする形で、物語を深く楽しみ尽くすという幸福感を味わえるのです。やらない手はないよね、と。

「興味はあるけど、時間やお金が……」と思う方もいることでしょう。しかし未体験の方には、あえて後で多少の苦労を抱えることになっても、万難を排して一度は行ってみることをお薦めします。聖地巡礼によって、あなたの人生も予想だにしない方向に変わるかもしれませんよ!

私は今後も暫く吉野山の松実館で松実姉妹との聖活を満喫しつつ、吉野を訪れる咲-Saki-ファンの方もそうでない方も篤くおもてなししつつ、できるだけ多くマンガを読んでそのすばらさを伝え、マンガ文化と咲-Saki-のますますの隆盛に少しでも貢献して行きたいと思っています。もし、さこやの宿泊や吉野の観光について要望や疑問があれば @toraieisu まで遠慮なくお問い合わせ下さいませ。

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
出版社:中央公論新社
発売日:2014-10-24
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