話題に乗り遅れたいなら読まないでいいんじゃないの?九井諒子『ダンジョン飯』

永田 希2015年01月16日 印刷向け表示
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九井諒子のことを知らなくても別に恥ずかしがらないでいいんですが、面白いマンガを読みたいなら覚えておいた方がいい名前であることも確かです。こんな書き方でオススメされても反発を覚えるかもしれませんけど、でも「いつか読んでみるか」という程度に記憶の隅っこに留めておいても損はないかなと。

もちろん、当然知ってるよ。っていう人もいらっしゃるでしょう。当たり前です。話題の作家さんですからね。話題の作家さんだから、1月に新刊『ダンジョン飯』の第1巻が刊行されて、かつこれが九井諒子の初の長編であることをももちろんご存じだと思います。だから別にこの記事を読む必要なんてない…そう思われても仕方ないでしょう。

ダンジョン飯 1巻 (ビームコミックス(ハルタ))
作者:九井 諒子
出版社:KADOKAWA / エンターブレイン
発売日:
  • Amazon Kindle

でもね、こんな面白い作品を読んでしまったら(ほんとはちょっと嫌だけど)誰かにこの面白さを紹介したくなるっていう気持ちはありませんか。かといって、この絶妙な面白さをどう言葉にしていいものやらちょっと悩む。そんな人のために、僕はいまこの記事を書き始めています。

さて、前置きが長くなってしまいました。では九井諒子さんの、とりわけ『ダンジョン飯』の何が面白いのか。端的に言うと次のいくつかの理由が挙げられると僕は思います。

・話題性
・絵のクオリティ、可愛らしさ
・短編的な小ネタの詰め込み
・博物誌的薀蓄とその組み換え
・初の長編

話題性

マンガを読むというのは、他の読書と同じく、単なる個人的な楽しみという側面があります。しかしそれだけではなく、他に読んだことのある誰かとの意見交換、意見の共有など、社会的に楽しむ側面もある…このことを否定できる人はあまりいませんよね。だから「話題の本」が売れるわけです。 

冒頭から再三書いているとおり、九井諒子は「話題の作家」です。少しマイナーなマンガが好きな人たちというニッチな集団の中の話ではありますが、九井諒子の名前を知らないなんてもったいない、というのは彼らのなかでは共通の認識だと思います。話題の作家だから読んでみよう、と考えることはいかにも浅はかに思われるかもしれませんが、でも間違いのない人気作家の作品をチェックしておきたい気持ちなのだと言いかえれば、抵抗が少なくなったりしませんか。

余談ですが、僕はちなみにこういう↑「話題の作家」というふうに言われると天邪鬼な気持ちがムクムクと沸き起こり、そんなら僕が読まないでもいいかと思って敬遠してしまいます。 

絵のクオリティ、可愛さ

九井諒子がなぜ話題の作家なのかと言えば、既刊の短編集『ひきだしにテラリウム』『竜の学校は山の上』『竜のかわいい七つの子』といった作品がひとつひとつクオリティが高いと絶賛されているからです。短編に求められることはさまざまありますが、九井作品においては、少ないページ数で異世界を体感できる、短い時間でちょっとした人生の味わいを堪能できる、絵にクセがなくあっさりと楽しめる、マンガならではの面白さが表現されている、などなど、一粒で何度でも楽しめるというメリットがあります。

ひきだしにテラリウム
作者:九井諒子
出版社:イースト・プレス
発売日:2013-03-27
  • Amazon Kindle
竜の学校は山の上
作者:九井諒子
出版社:イースト・プレス
発売日:2011-03-30
  • Amazon Kindle
九井諒子作品集 竜のかわいい七つの子 (ビームコミックス(ハルタ))
作者:九井 諒子
出版社:KADOKAWA / エンターブレイン
発売日:
  • Amazon Kindle

絵のクオリティや可愛さといったものは、それだけで評価することももちろんできるのですが、こういった抽象的な評価を素朴に楽しむために有効に機能します。描き込みがすごいとか、ディフォルメの効率が良いとか、トレンドのテイストをうまく取り込んでいるとか、いくらでもポイントを挙げることができますが、煎じて言えば「絵のクオリティ、可愛さ」に尽きると思います。…まあ、絵が趣味じゃないという人もいるでしょうけど、それは何についても言えることですので、深追いしません。でもアクは少ない方だと思いますよ。 

短編的な小ネタの詰め込み

九井諒子は先述の通り、短編の名手として知られています。面白い短編の条件にはいろいろありますが、とりわけ九井諒子は「小ネタの詰め込み」がうまい人だと思います。もちろん他にもたくさん良いところがあるんですが、今回はこのポイントに注目して紹介したいと思います。

小ネタの詰め込みってどんなことかと言いますと、たとえば今回の『ダンジョン飯』で言えば、これまた最近流行の「リアル路線のファンタジー」「DIY」「異端グルメ」といった路線を詰め込んでいます。もとともこの作家さんは、長編にできるくらいのネタを詰め込んだ短編を多発する芸風の人だったので『ダンジョン飯』ではとうとう長編に展開するネタを決めたか!という感じなので、『ダンジョン飯』が長編であることは、この作品に短編的な良さがあることは何の不思議もないでしょう。

『ベルセルク』の成功いらい、「ファンタジー」にリアル路線を掛け合わせるスタイルは大流行しています。現実世界の過酷さを、ファンタジーに持ち込むことで、ファンタジーに深みが出るし、単にリアルをリアルに描いただけでは表現できない寓意が醸し出されたりする、そんな「リアル路線のファンタジー」の側面が『ダンジョン飯』には認められます。 

次に『DIY』ですが、これも最近の流行だというのがすぐにわかるでしょう。燻製を自分でやってみたり、山暮らしを自分でやってみたり、電子工作を自分でやってみたり。『ダンジョン飯』はストーリーの展開上、仕方なく「戦闘で倒した魔物を自分で調理する」というDIYの側面が不可欠です。空想の中でのDIYであるとはいえ、これもまたさいきん流行の昆虫食など、通常の流通で手に入るものではない、現代人ならだいたい嫌がるものを必要に駆られて食べるという点を見事にファンタジーに応用した例だと思います。 

最後に、「異端グルメ」の側面。現代人ならだいたい嫌がるものを食べるというのは、『孤独のグルメ』に端を発し、『花のズボラ飯』などへと発展する路線です。『美味しんぼ』などが開拓した王道グルメが市民権を得たあと、手の届く範囲の食に対してちょっと違う角度でアプローチしようというものですね。ラーメンと美少女の組み合わせを売りにした『ラーメン大好き小泉さん』のような作品も登場しました。

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 博物誌的薀蓄とその組み換え

 「博物誌」とは、様々な自然観察から得られた事象を書き留めたものの総称です。たとえば気候の移り変わりや、生物の生態、鉱物の性質など、専門家や愛好家による分析がなければ人の知るところにならない諸々。そういった雑学・豆知識、あるいは専門知識のようなものを雑多に、あるいは独自の手法で整理したものが博物誌なのです。九井諒子作品には、そういった博物誌的なものの記述の仕方や分類の仕方、あるいは博物誌のうちの人間を対象にした研究の産物である民俗誌的な視点による観察がモデルになっていると思わしき描写が垣間見られます。

たとえば、日本の某地域には「竜」が生息しており、それを狩り料理し、地域住民で分け合う祭りがある、といったような描写は、民俗誌的な世界の捉え方を知らない人にはまず描き得ないものです。今回の『ダンジョン飯』にしても、通常の料理を料理店で得ることができないという状況で、人が狩猟生活をするならばどのような行動に出るのかという知見が、作品の描写の下敷きにあるということは間違いないでしょう。

単に博物誌的な薀蓄を開陳するだけならば、大して芸のないことです。雑学を得る楽しさはありますが、それだけです。九井諒子をはじめとする「博物誌的な薀蓄の組み換え」をする作者は、単なる薀蓄ではなくて、その薀蓄を虚構化し、別の世界の博物誌を作り上げているところが素晴らしいのです。

初の長編 

だいぶ長くなってきてしまいました。ここまで読んでくれている人はどれくらいいるのでしょうか。まあ、誰かが読んでくれていると信じて書き進めましょう。 

さて、今回の『ダンジョン飯』は、これもまたすでに述べたとおり作者の「初の長編」です。短編で力を十分に発揮し評価を得てから、万全を期しての長編デビューといったところでしょう。同様のパターンでは、『虫と歌』『25時のバカンス』といった短編で圧倒的な支持を集めた市川春子のことが思い出されます。 

虫と歌 市川春子作品集
作者:市川春子
出版社:講談社
発売日:2009-11-20
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25時のバカンス 市川春子作品集II
作者:市川春子
出版社:講談社
発売日:2011-09-23
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九井諒子と同様、博物誌的な薀蓄にファンタジーやSFの要素を詰め込み、独特の筆致で無数の小世界を編み上げた市川春子は長編『宝石の国』で長編デビューをしました。短編で見せたこれ以上ないくらいに洗練され、硬質さを感じさせるほどに磨き上げられたクオリティが、長編になって間延びしてしまった、と感じ嘆くファンが多数見受けられた『宝石の国』ですが、私見では最新巻となる第3巻では、むしろ長い助走から最初の跳躍を見せる展開がとうとう訪れ、長編ならではのじっくりとした読み心地、壮大な世界観を堪能できる良作になってきていると思いました。「読み続けてきてよかった」という感慨。

宝石の国(3)
作者:市川春子
出版社:講談社
発売日:2014-08-22
  • Amazon Kindle

つまり、『宝石の国』と同様、『ダンジョン飯』にも、短編では味わえない長編ならではの味わいが見出されるに違いないと言えるでしょう。登場人物への深い感情移入、時間やページを挟んだ伏線が回収される快感、ひとつの世界観が続いていくという没入感。 

まとめ

そんなわけで、長くなってはしまいましたが九井諒子『ダンジョン飯』、ぜひ手に取って読んでみてほしい逸品です。

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