近代文壇の碩学の偉業を読み解くと、そこには激動の世界史が。『露伴の『運命』とその彼方』

永田 希2015年01月25日 印刷向け表示
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幸田露伴の名は、近代日本の文壇に燦然と輝いています。名前だけなら聴いたことがあるという人もたくさんいるでしょう。でもその作品を読んだことがあるという人は案外すくないと思います。尾崎紅葉、坪内逍遥、森鴎外らとともに往年の人気作家たちの名を冠して「紅露逍鴎時代」 なんて呼ばれた時代があったほど露伴の小説は読まれていたのですが、今回はそんな文学史的な関心ではなく、露伴が晩年に発表し、谷崎潤一郎らから絶賛された『運命』という作品を題材に、モンゴル史の専門家である杉山正明氏が北アフリカからスペイン、オスマントルコなどユーラシア大陸を文字通り横断する歴史的視野で語った1冊をご紹介します。 

露伴の『運命』とその彼方: ユーラシアの視点から (歴史屋のたわごと)
作者:杉山 正明
出版社:平凡社
発売日:2015-01-17
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露伴が『運命』を世に問うたのは1919年。第一次大戦がヴェルサイユ条約締結によって幕を閉じたこの年に刊行された『運命』は、14世紀に建国された明の第2代皇帝・建文帝とその叔父・燕王(のちの第3代皇帝・永楽帝)との争いを描いた叙事詩です。モンゴル史の専門家である著者が何故この作品を扱うのでしょうか。それは、建文帝の祖父であり燕王の父である明朝初代皇帝・洪武帝こと朱元璋が戦って中国の支配権を奪い取ったのがモンゴルだったからです。 

本書は、建文帝と燕王の争い(靖難の変)を描いた『運命』を扱うと見せかけながら、あっという間に15世紀に活躍したスペイン王エンリケ3世の話題へとシフトします。わずか11歳で即位し、若くして中央集権へと舵を切り始めたこの少年王は、当時急速に勢いを増して西欧諸国に脅威をもたらしていたティムールに対して使節団を送り、交流を試みました。なお本書によると露伴はこのエンリケ3世の使節団の旅行記を知っていたそうです。

本書では露伴がまさに碩学で「スーパーマン学者」だったと絶賛しています。それは事実そうなのでしょう。しかし露伴がどうであったか、彼がいかに凄かったかというのは、とりあえず大して重要なことではありません。それより、本書によって読者は15世紀の世界をいわば「横」に見渡すことができる、という点が大事です。高校などで習う世界史が往々にして各国史であるのに対し、本書のように複数の言語や地域を跨いで同時代を俯瞰するのは、現代の国際情勢を考えるにあたっても有用な態度を教えてくれると思います。

当たり前といえば当たり前ですが、本書では(歴史家の自由な文章にありがちな脱線や放言こそ多いものの)、依拠した文献が明らかにされ、出典の怪しいものについては都度その旨が断られるという、文献を通して同時代の世界が開けていく様子をリアルに追体験することができる楽しみがあります。

単に「同時代の世界が開けていく」と言っても、15世紀の世界は、諸地域ごとに現代からは想像が難しいほどに断絶していました。断絶しつつも、モンゴルのような世界帝国や、ティムールの軍勢による大遠征のような戦争、互いに交わされた書翰や使節団による諸国間の交流によって局所的には繋がっていました。本書はそのような断絶と繋がりを紹介しつつ、地域ごとに、時には街ごとに、その歴史を紐解いて解説してくれるので、まさに縦横に出来事が織り合わされていくのを目にする感じがします。

本書は、タイトルと冒頭でこそ露伴の『運命』に触れられていますが、そこからスペインに話題が移り、北アフリカと中東のイスラム世界、そして百年戦争まっただなかのフランスにまで言及しつつ、本書の主役となっているのはほとんどティムールその人だと言ってもいいでしょう。

ティムールのような怪物的な人物とその時代、その影響を広く被った諸地域とその歴史を概観し、諸地域の歴史が絡まり合った織物のようなものとして世界を見ることで、更なる世界の拡がり、深まりを味わうことができるようになるのです。

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