「殺人マシーン」と「淫売」のロミオとジュリエット 『狂四郎2030』~歴史に残る感動巨編~

山田 義久2015年01月26日 印刷向け表示
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狂四郎20301 (集英社文庫―コミック版)
作者:徳弘 正也
出版社:集英社
発売日:2010-11-18
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 もともと、「バーチャルセックスで愛を育むカップルがでてくる」という噂を聞き、『ルサンチマン』のようにVR(仮想現実)関連かな・・・ということで気軽に読み始めた。そしたら、あまりにもおもしろくて没頭してしまい、その時たまたまいた京都のブックオフを駆けずりまわって全巻そろえ、脇目もふらず読み耽った。一大感動巨編、久々に目頭が熱くなった。確実に漫画史に残る傑作だ。現時点で電子版がないのが残念でしょうがない。

本作のあおり文句は、「近未来SF冒険SEXYバイオレンスラブロマンスせんずりコメディちんこ漫画」らしい。本作を一言で言いえて妙だ。
ストーリー自体はシンプルで、主人公の狂四郎が、バーチャルな世界で出会い、結婚した妻ユリカを助けに行く話。しかし、二人はそれぞれ壮絶な生い立ちがあり、出会ってからも過酷な境遇が襲いかかる。そして、二人の物理的な距離が近づけば近づくほど、生き抜くために血と泥にまみれてきた過去が「自分は相手にふさわしくないんじゃないか」という葛藤を引き起こす。そのようなさまざまな障害にもめげず、二人が純愛を貫ぬこうとする姿に、心を鷲掴みにされる作品だ。もちろん、シリアスな場面にも散りばめられる徳弘流のエロを交えたギャグも健在だ。

舞台は2050年の荒廃した日本。21世紀初頭以来、地球は人口飽和し、深刻な食糧危機がおこった。そして、わずかに残った緑地を巡り紛争が勃発、それが第3次世界大戦を引き起こす。壮絶な報復合戦に地球の80%の人間が死に、アメリカも中国も消滅する。日本は早期に同盟を離脱し、防衛に徹したので消滅は免れたが、国土は荒廃した。

(出所:第1巻  戦争で富士山もボコボコに)

そんな荒廃した国土で、狂四郎は治安警察に従事していた。実は、彼は先の大戦で英雄的な活躍をしたヒーローなのだが、「M型遺伝子」と呼ばれる遺伝子に異常を持つ彼は、「国家反逆者になる可能性があるもの」として差別されている。
日本は、二条憲政が率いるゲノム党の独裁政権であり、遺伝子による差別が公然とまかり通っているのだ。「M型遺伝子理論」が科学的根拠に乏しくても、独裁政府の統治に役立つなら、それが真実になるのだ。

(出所:第7巻 ゲノム党党首で独裁者二条憲政)

(出所:第7巻 ゲノム党の挨拶。結構かわいいポージング)

そして、ゲノム党が国民の管理に使っているのが、バーチャマシン
戦後政府は軍部・官僚等、特権階級以外の国民に対して、男女隔離政策を行った。家族や恋人は引き裂かれ、オアシス農場と呼ばれる場所で別々に働かされている。そんな彼らの唯一の楽しみは、国から支給されるバーチャマシンを使ったバーチャルセックスだった。自分の理想のシチュエーションのセックスを実現できるこのマシンの快感により、国民は政府により骨抜きにされている。

狂四郎もバーチャマシンが生きがいなのだが、ある時バーチャルの世界で出会ったポリゴン、志乃に恋をした。それから両想いになった二人は愛をゆっくり育む。
ある日、狂四郎は天才科学者の脳を移植された犬、バベンスキーに出会う。

(出所:第1巻 天才科学者がスペア用に犬に人間の脳を移植)

そして、バーチャマシンを調べたバベンスキーに衝撃的なことを言われる。
「志乃は実在するかもしれない」。
そう、実は志乃は、北海道の中央政府電子管理センターという政府中枢が集まる要塞に勤めるプログラマー、ユリカだった。彼女はプログラマーとして、バーチャル世界の設計に携わっている関係で、容易に潜入できたのだ。

志乃(=ユリカ)が実在する人間だったことに感激した狂四郎は、バーチャル世界で彼女に結婚を申し込む。しかしユリカは、今まで生きるためとはいえ好きでもない男達に凌辱され続けてきた過去を理由に戸惑いを見せる。

その時の狂四郎はこう答える。

(出所:第1巻 二人が会うバーチャル世界の設定は江戸)

(出所:第1巻 それからユリカと激しく愛し合う狂四郎。それを傍からみるバベンスキーは溺れることを注意する。。。)

そこから、狂四郎とバベンスキーは、ユリカを救出するため、北海道に向かう旅にでる。
しかし、それは管理社会からの脱藩であり、国から追われ続ける過酷な旅の始まりを意味していた。ここから、単行本で20巻分、人の優しさ、ずるさ、儚さ、残酷さ、強さ、弱さ等にまみれた様々な経験を経て、ロミオとジュリエットが会おうとするが、どうなるか、、、という話である。

それにしても、「隠れた名作を発掘する」というマンガHONZのミッションからすれば、本作ほどその趣旨に適うものはそうそうないなーと思う。VR、バイオ、遺伝子治療など実現しそうな技術もあるので近未来に興味がある人は必読ともいえるかもしれない。マンガHONZのメンバーもそれぞれ思い入れがあるシーンがあるようなので、今度ちょっと話あってみたい。

最後に、私が特に好きなシーンを紹介したい。

まず狂四郎だが、おちゃらけシーンではエロいことばっかり考えているが、そもそもM型遺伝子異常ということで子供の頃から隔離され、軍人のエリート教育を受けたこともあり、戦闘能力がめちゃめちゃ高い。

(出所:第7巻 主な武器は日本刀。ただの軍隊くらいなら歯が立たないくらい強い)

しかし、狂四郎としては何千人も殺し、手を血で汚してきたことが最大のトラウマであり、そんな自分がユリカに相応しい男なのか、苦しみ続ける。

(出所:第7巻 殺人に慣れ始めている友人を止める)

そんな中、道中で一瞬だけ二人が会うシーンがある。
狂四郎に命を助けられた政府の人間が、お礼として、ユリカを狂四郎のいるところまで派遣させたのだ。しかし、ユリカは「壊れたロボットの修理」という名目で呼ばれており、指名手配の狂四郎と直接会うわけにはいかない。
そこで、狂四郎は縁側の下に隠れてユリカを見るだけで満足しようとするが、ユリカはそこに狂四郎がいることに気づいてしまう。そして、二人は無言で会話を始める。

(出所:第11巻 縁の下に狂四郎がいることに気づく)

ユリカは故障したロボットを修理しながら、狂四郎にメッセージを送ろうとする。ばれればユリカも命はない。ギリギリの状況のなか、二人は想いを通わせようとする。その切ないやりとりは、本作の一番感動的な場面といっていいかもしれない。

(出所:第11巻 クールなバべも二人のやりとりに感極まる)

そしてそのかなり後だが、数分だけ、初めて二人が直接会える瞬間がくる。その時に交わす言葉が最高にクールだ。多くを語らずとも、この短いやりとりで、自分の過去も相手の過去もすべて受け入れて、二人で生きていこうという決意をしたことを感じさせる素晴らしい場面だ。

 

(出所:第18巻 二人が初めて出会うシーン)

本当に素晴らしい場面が多い。自分の漫画史上最高に美しく、心揺さぶられる場面が散りばめられており、多くの人から隠れた名作と呼ばれる理由がよくわかる。マンガHONZを通じて、さらに本作が広く知られることを願ってやまない(なんなら読んだ人はTwitterで好きな場面呟いてください。必ずリプしますw)。

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