月々の掛け金不要!人生の“保険本” 『人生には「まさか」の坂がある』

2015年1月29日 印刷向け表示
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人生には「まさか」の坂がある

作者:安里 賢次
出版社:二見書房
発売日:2014-12-11
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本書は、多くの人を勇気づける、まっすぐな力をもった生き方エッセイだ。堀江貴文氏の推薦文にあるように、私も本書を読んで元気になった。若いころ喧嘩に明け暮れアウトローだった著者が実体験をもとにまとめた迫力に富んだ言葉が、読む人の心を動かすのだろう。そもそも生き方エッセイは、自分と同じような人生を歩んでいる人のものを読んでも大抵つまらない。本書のように、破天荒な人生から学ぶべきものが大きいものだ。

沖縄から千葉に出稼ぎに来ていじめられ、人を殺しそうになったこと。叔父さんから空手を学び喧嘩で負け知らずになったこと。偶然入った飲み屋で、生涯を貫く三線の師匠に出会ったこと。そんな波瀾万丈の人生シーンの数々を切り取って、私たちに活き活きとみせてくれる。人は自分が経験できなかったものから何かを学ぶために、本を読むのかもしれない。本書は、そんな読書の意義のひとつを完璧に満たしてくれる一冊である。

現在、著者は、沖縄県で太鼓ライブの店「まさかやぁー」を経営。三線の演奏だけでなく軽妙な説法で人を惹きつけ、人気を博しているそうだ。この店名にも書名にもあるのだから、「まさか」という言葉は、学歴や会社に頼らず、いわば素手で生きてきた著者にとって非常に重いキーワードだ。著者はこの「まさか」について、「信用はあくまで勝手な期待」だと前置きしたうえでこう説明する。

勝手に期待しておいて、あとで「裏切られた」とがっかりする。そのうえ相手を憎んだりする。そのほうがよほど身勝手な話じゃないか?(中略)「まさか」のときに他人を安易に信用していたら、自分を見失ってしまう。

40年以上生きてきた私に、この言葉は胸にささった。あまりの清々しさに、心が自由になる思いがした。どんなに良い人だって絶体絶命のピンチに陥ったときにどうなるかなんて、誰にもわからない。若い人の中には、この言葉の真意が分からない人も多いだろう。しかし私は、そういう人にこそ本書を手元に置いてもらいたい。人生ではじめての「まさか」に遭遇したときに、この言葉は役に立つからだ。意味合いとしては、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』のような、あるいは人生の「保険」のような本である。

著者の体験から本書が生まれたように、この“保険本”という表現は私の実体験から生まれた。昨年秋、私は激しい頭痛に襲われ、1か月以上本が読めなかった。10年以上にわたって本を紹介することを仕事にしてきた私には、「まさか」の事態だった。ずっと頼ってきた「本」に裏切られたようにすら感じた。私はこれまでの人生を、誰かを頼るでもなく、特定の思想信条を信じるでもなく、全てを受け入れている本屋さんという宇宙を頼りにして生きてきたのだから。

そんな時期に私は本書を読んだことで、最終的に頼るべきは自分自身なのだということがはじめて腑に落ちたように思う。人はいくつになっても、道を見失うことがある。そのとき本書をひらけば、元気をもらえる。困ったときに支えになる「保険」のような本だと私は感じたのである。しかも、月々の掛け金は不要なのだ。

この「まさか」以外にも、本書には胸に迫る名言があふれている。「見返す気持ちは未来へ向かう」「人間になりたての初心者は、物欲に走ってしまう」「悩みとは、あなたがつかんで離さない枝だ」・・・次から次に、付箋をつけながら読み進めた。いま手元にある本は、辞書引き学習の辞書のようになっている。そのなかでも、多くの人の背中を押してくれそうな一節をご紹介したい。

いまの人は行動する前に「こうすればいいはずだ」などと、まず頭で考えるんだ。そのうえ、「でも、うまくいかないかもしれないしな」と結論づけて、いつまで経っても体は動かさなかったりする。そんなふうに空回りしているから、精神的に疲れる。当たり前の話だ。

これは、「仕事」や「子育て」や「ダイエット」など様々な場面に適用できる含蓄に富んだ言葉だと思う。例えばいまの時代、病気治療の際には、医師のアドバイスだけでなく、ネットで検索すれば多くの情報に触れることができる。しかし、結果としてそれがアダとなり、空回りして疲れることも多いのではなかろうか。「とにかく動いてみることだ」本書で著者は、繰り返しそう言っている。

医師の指導で10の症状が2くらいまで改善したら、あとは「体を動かす」ことが大事なのかもしれない。私も一旦、頭痛治療をやめて、普通の生活に戻すことに決めた。その日からバスをやめ、歩くことにした。そしたら、みるみる健康状態がよくなった。もしあのまま体を動かさずに、あれこれ考える生活を送っていたら、どうなっていただろう。この本は、私にとって恩人ならぬ“恩本”になった。

いじめ、喧嘩、病気・・・壮絶な人生を乗り越え、現在多くの人生相談に応じている著者。「今生での自分の役回りは人助け。命はそのためにある」「俺の話を聞いて、救われたという人がいる。そういう人に自分が救われている」本書は、そう語る著者の骨肉から搾り出された名言集。沖縄から日本全国に発信された、貴重なメッセージ集である。

沖縄に行ってナマの言葉や三線の音色に触れたいのはヤマヤマだが、まずは本書をひらいて、心がこもった温かい言葉のシャワーに身を委ねてみてはどうだろう。そうすることで救われる人は、きっと多いはずだ。深刻に考えることをやめ、自らの脚で再び歩き始めることで、いちど見失った道があらたに目の前に現れてくる。

吉村博光 トーハン勤務
夢はダービー馬の馬主。海外事業部勤務後、13年間オンライン書店e-honの業務を担当。現在は本屋さんに仕掛け販売の提案をする「ほんをうえるプロジェクト」に従事。ほんをうえるプロジェクト TEL:03-3266-9582
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