『四月は君の嘘』の原点はここにある! 逃げない心、『さよならフットボール』。

東海林 真之2015年02月03日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ひとりでは乗り越えることが難しい「壁」を、抱えてしまうときがある。
初めてそれを意識したのは、中学生の頃、15歳くらいだったかもしれない。そして今も、当時とは異なる「壁」に突きあたることがある。これらの「壁」を、僕らはどうやって乗り越えていけばいいのだろうか。

そんな悩みにいま突きあたっている人がいたら、僕はこのマンガを渡したい。全2巻で完結する短いマンガのなかに、この悩みに向き合うエッセンスが詰め込まれていると思うからだ。

そしてなにより、重くなりそうなテーマに反して、爽やかで瑞々しい青春マンガだというのがいい。純粋なエンタテインメントとしてワクワクやドキドキを感じながら読み進められる。あーおもしろかった!と読み終わったあとに、ふ、と悩みへの向き合い方が心に残っているのだ。

この作品は、『四月は君の嘘』の作者がひとつ前に描いた作品である。いま大注目の『四月は君の嘘』を知っているなら、なおのこと。『さよならフットボール』は、見逃せない。

新装版 さよならフットボール(1) (講談社コミックス月刊マガジン)
作者:新川 直司
出版社:講談社
発売日:2014-10-17
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂
  • HonyzClub
  • ebookjapan

『さよならフットボール』について語る前に、話題作の『四月は君の嘘』(以下、『君嘘』)を少し紹介しておこうと思う。その作品は充分に知ってるよ!という人は、数段落、読み飛ばしてしまっていい。

『君嘘』は、「月刊少年マガジン」に連載中のマンガであり、まもなく、今年の3月号で終わりを迎える作品だ。既刊が10巻なので、全11巻になるのだろうか。そしてまた、昨年末から今年の頭にかけての2クールで、アニメも絶賛放映中である。このアニメが毎回「神回!」と騒がれるほどの話題作になっていて、マンガと"同時"に結末を迎える3月に向けて、ドキドキが止まらない。そんな作品だ。

主人公は、中学生のピアニスト。数々のピアノコンクールで優勝する実力をもっていた少年だが、母の死をきっかけにして、自身の弾くピアノの音が聞こえなくなってしまう。そのトラウマから目を背けながら生きている主人公のもとに、あるとき、ヴァイオリニストの少女が現れる。少女にふりまわされながら自分を縛る呪縛に向き合いだす主人公。一方で明かされだすのは、元気にふるまいながらも抱えていた少女の秘密。主人公の変化によって動き出す、幼なじみやライバルなどまわりの人々の心の動きも、主人公たちに負けず劣らず気になって仕方がない。

こう書くと、主人公のトラウマを克服する青春ものという印象が強くて、少し重そうに見えるかもしれない。けれど、「青春」「恋愛」「音楽」という3つのテーマを同時に追っている、キラキラとした瑞々しさがはじける青春マンガである。必要最小限にそぎ落とされた、美しい詩のようなセリフ。登場人物の心情を無言で伝えてくれるカット。誌面から音が鳴るような臨場感を感じる演奏シーン。ときおり照れ隠しのように挟まれるギャグシーン。それらをひとつにまとめ紡がれるストーリー。これらがムリなく詰め込まれた『君嘘』は、エンタテインメント作品として間違いなく傑作だと思う。

四月は君の嘘(1) (講談社コミックス月刊マガジン)
作者:新川 直司
出版社:講談社
発売日:2011-09-16
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂
  • HonyzClub
  • ebookjapan

さて『君嘘』の内容と魅力をまとめてみたけれど、ここで僕は、『君嘘』の魅力を伝えたかったわけではない。(思わずアツく書きすぎてしまったかもしれないけれど。)ここでは、『君嘘』を作り出している作者「新川直司」のマンガ表現について紹介したかったのである。

『君嘘』では、音楽 × 青春マンガというエンタテインメント性で全体を覆いながらも、扱っているテーマは"トラウマ"や"存在する意味"という「心の壁」だ。登場人物たちは、それらの「壁」にうすうす気づいているが、直視せずに日々を送っていた。けれどまわりの人々と関わりだすうちに徐々に、「壁」に向き合い、乗り越え、自分が納得する答えを見いだしていく。

この「壁」は、2010年代の現代だからこそ焦点があたったものだろう。自らのおかれた環境によって、自らが「壁」を作り出してしまうこと。その「壁」を直視することは困難で、ついつい見て見ぬふりをしてしまうこと。戦争や経済戦争など、分かりやすい「敵」がいなくなってしまった現代に生まれた若者は、自らの内面のなかに「敵」(=「壁」)をつくってしまう。だからこそ、この「敵」(=「壁」)を乗り越えるためには、作り出したのは自分だということに向き合い、納得した答えを出していくしかないのだろう。

第2巻 185ページ トラウマと向き合うことに悩む主人公

第2巻 187ページ 主人公をトラウマに向き合わせる少女

また、『君嘘』は、1990年に初版がでた『いちご同盟』をオマージュしているようだ。

『いちご同盟』の主人公も(トラウマは抱えていないが)ピアノを弾くし、病院で寝たきりの少女との出会いから、自身の悩みへの答えを見いだしていく。設定は似ている。けれど1990年初版の『いちご同盟』がすくい取る悩みは「なぜ生きていくのか」ということだ。生きることに必死だった戦後の時代を過ぎ、経済成長が頂点を迎えバブルが弾けつつある1990年。多感な15歳は「なぜ生きていくのか」という問いへの答えをさがしていた。

けれど現代は、1990年とは悩みが異なる。
先にも述べたように、自らが「敵」(=「壁」)を創りだす時代だからこそ、その「壁」とは、"トラウマ"だったり"存在証明"だったりと、より解き明かしづらい各自のものになっている。それならば、各自が向き合い、乗り越えるしかないのだが、そう言葉にしても、伝わるものではないし向き合えるものでもない。けれど誰しもが通過してきた15歳という多感な時期を切り取って、また、エンタテインメント作品という形で見せられるならば、僕らは自然に「壁」への向き合い方を見出せるのではないだろうか。

1990年を切り取った文芸作品が『いちご同盟』なら、2015年をすくい取った文芸作品が『君嘘』なのだと思う。

第8巻 193ページ 『いちご同盟』を目にする主人公。小説のセリフを引用する少女

そして、その表現をさらに端的に詰め込んでいた作品が、前作の『さよならフットボール』なのだ。『君嘘』の原点は、間違いなくここにある。

『君嘘』が音楽 × 青春マンガだとするならば、『さよならフットボール』はスポーツ × 青春マンガである。主人公は14歳のサッカー少女、恩田希。希は抜群のテクニックをもっているが、中学生になり、小学生の頃からサッカーを一緒にしてきた男子たちに置いていかれると感じるようになる。

ここで描かれるのは「性別と身体能力の壁」だ。このテーマ自体は新しいものではないけれど、新川さんが描くと、キラキラした瑞々しさに包まれながら、リアルな悩みとして感じ、もどかしく思う。

繰り返すが、14歳のサッカー少女が、性別と身体能力の壁に阻まれながらも、男子に混じって試合のピッチに立つ。煎じ詰めるとそれだけの話だし、たった1試合しか描かれていない作品だ。けれど、それだけに、「性別と身体能力の壁」に向き合う少女の心の機微と成長が、鮮明に心に残る。

またエンタテインメント作品としても、さまざまな障害や体格差を乗り越え、最後には敵さえ魅了してしまう少女の戦いぶりは、『君嘘』の演奏シーンにさえ匹敵するカタルシスを感じさせてくれる。

第1巻 18ページ 性別と身体能力の壁に悩む恩田希

第2巻 93ページ 壁を乗り越える恩田希


「性別と身体能力の壁」や「トラウマや存在証明などの心の壁」。他にもあるかもしれない僕たちが感じる「壁」は、おそらく僕たち自身がつくりだしたものだろう。

その「壁」との向き合い方を、瑞々しい青春マンガというかたちで心に残してくれる。新川直司というマンガ家の作品は、いまという時代に悩むすべての人に渡したいマンガだ。

新装版 さよならフットボール(1) (講談社コミックス月刊マガジン)
作者:新川 直司
出版社:講談社
発売日:2014-10-17
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂
  • HonyzClub
  • ebookjapan
記事へのコメント コメントする »

会員登録いただくと、記事へのコメントを投稿できます。
Twitter、Facebookにも同時に投稿できます。

※ 2014年3月26日以前にHONZ会員へご登録いただいた方も、パスワード登録などがお済みでない方は会員登録(再登録)をお願いします。

コメントの投稿

コメントの書き込みは、会員登録ログインをされてからご利用ください。

» ユーザー名を途中で変更された方へ
 変更後のユーザー名を反映させたい場合は、再度、ログインをお願いします。

HONZ会員登録はこちら

人気記事