ギロチンは人道的な殺人機械 イノベーティブな殺人者を描いた『イノサン』

苅田 明史2015年02月10日 印刷向け表示
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イノサン 1 (ヤングジャンプコミックス)
作者:坂本 眞一
出版社:集英社
発売日:2013-06-19
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イスラム国によって日本人2名が惨殺されて間もない今、私たちが恐怖しているのは、イスラム国の暴力そのものに加え、「なぜあんなに非人道的なことができるのか」という理解しがたい彼らの精神構造にあるのではないでしょうか。

首を切って殺害することがいかに非人道的かというと、例えば、1791年以前にフランスで行われていた死刑制度の一つに「剣による斬首刑」がありました。
(※死刑制度を例に挙げていますが、当然、私は亡くなられた日本人2名が裁きを受けるべき人物だったとは全く思っていません。)

歴史の教科書などでギロチンを使った死刑のシーンを見たことがあると思いますが、これは死刑囚が苦しむことなく、正確かつ瞬時に息の根を止めるために考え出された装置で、電気椅子や投薬に比べると残酷ではありますが、比較的人道的な手段と言えるのです。

ギロチンが発明される前までは、八つ裂きの刑や車裂きの刑、絞首刑など極めて残酷な手段によって死刑が執り行われていました。当時は「罪人は犯した罪の重さに応じて苦しんで死ぬべき」という観念が存在していたためです。

こうした残忍な死刑の一つに先ほどの「剣による斬首刑」があります。
よく言われるように西洋の剣は日本刀のように「撫で斬る」ものではなく、「叩き斬る」もの。どんなに狙いを定めても一撃で複雑な首の骨を両断するのは難しく、死刑囚にも死刑執行人にも、辛く大きな負担を与えるものでした。
斬首刑というのは現在より200年以上昔に廃止された手法なのです。

さらにいま、世界ではそもそもこの死刑制度が撤廃される国が増えています(フランスでは1981年に撤廃されました)。
日本では死刑制度自体は残っていて、先日も秋葉原無差別殺傷事件被告の死刑が確定しましたが、死刑判決の数自体は減少トレンドにあります。
すなわち人類は、たとえ罪人であっても、人道的な手段でその罪を裁くようになっているのです。
こうした情勢を踏まえると、今回のイスラム国が行ったことが如何に非人道的で、前世紀的だったかということが改めて認識できます。だからこそ、私たちはイスラム国を理解できず、困惑しているのではないでしょうか。

それでは、なぜフランスでギロチンが発明されたのか?
その背景にはムッシュー・ド・パリと呼ばれる死刑執行人の存在がありました。

美しすぎる死刑執行人、シャルル・サンソン

今回紹介する『イノサン』の主人公は、国王ルイ16世や王妃マリー・アントワネットなど、フランス革命の主要人物を次々と裁いた死刑執行人、シャルル-アンリ・サンソン。
死刑執行人は特定の家系が受け継ぐことになっており、シャルルはサンソン家で4代目となる死刑執行人でした。
生涯において3,000名もの人物を処刑したシャルルですが、実は彼のおかげで(当時としては)人道的な処刑方法であるギロチンが誕生することになるのです。

3,000人もの首を刎ねるなんて、どんなに残虐な人物かと思いきや・・・(出典:『イノサン 1』坂本 眞一、ヤングジャンプコミックス)

では、このシャルルとは一体どんな人物だったのか。
この作品ではフランス語で「純真」を示す「イノサン」というタイトルの通り、シャルルは幼い時から気弱で純粋な心の持ち主で、「なぜ死刑執行人が嫌われるのか」「どうして人を殺さなくてはならないのか」という悩みに苦しむ、という設定になっています。
自分の父から拷問を受け、祖母から厳しく躾けられるなかで“ムッシュー・ド・パリ”(死刑執行人)としての自覚が芽生えるシャルル。
本作は、苦しみながらも死刑を遂行し、弱かったシャルルが精神を鍛え上げていく成長ストーリーでもあります。

死刑執行人の家系に生まれながら、処刑に反対するシャルル。(出典:『イノサン 1』坂本 眞一、ヤングジャンプコミックス)
初の処刑を終え、シャルルは何の敵意もない友人を殺したことに苦しみ、涙――。出典:『イノサン 2』坂本 眞一、ヤングジャンプコミックス

思わず見とれる死刑シーン

このマンガの凄いところは、死刑執行や性行為など、一つ一つの行為を美しく、そして何重もの表現方法を用いて描いているところです。

シャルルが初めて斬首刑を手掛けたのは、お互い生まれた血筋の苦しみを分かち合い、男性同士ながら恋愛感情が芽生えていた友人。
シャルルが友人の首を切り落とすシーンでは、イチジク(聖書において再臨・終末を示す)や地球を支えるアトラスの巨人像(頭蓋骨を支える第一頸椎のたとえ)を使って、中身がどんなふうに弾けるのか、そして首が頭部をどんな風に支えているのかを描いています。

多彩な表現方法で描かれる「美しい」死刑シーン(出典:『イノサン 1・2』坂本 眞一、ヤングジャンプコミックス)

『イノサン』の死刑シーンはグロテスクなのではなく、作者が前作『孤高の人』でも見せている高い表現力に裏打ちされた、美しい表現を織り交ぜて構成されています。

なお、初めて殺した友人は、一撃では仕留めることができず、気が動転したシャルルは死骸がぐちゃぐちゃになるまで滅多打ちにしてしまいます。
このことを後悔したシャルルは、なるべく罪人を苦しませず、一瞬で殺すことを信条に、死刑執行のやり方を変えていき、それがその後のギロチン発明に繋がるのです。

なお、第一部ではシャルルのムッシュー・ド・パリとしての自覚が出るところまでを描いているのですが、現在進行形の第二部ではいよいよフランス革命の火種となるマリー・アントワネットが登場し、革命に繋る下地が出来上がってきました。
これからますます面白くなる予感がする『イノサン』、ぜひ手に取ってみてください。

公式ページはこちら⇒http://youngjump.jp/innocent/

イノサン 7 (ヤングジャンプコミックス)
作者:坂本 眞一
出版社:集英社
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死刑執行人サンソン ―国王ルイ十六世の首を刎ねた男 (集英社新書)
作者:安達 正勝
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