あなたの星は胸にある。願いと祈りが胸にある。『花もて語れ』名言・名シーン・全21朗読作品まとめ前編

兎来 栄寿2015年02月26日 印刷向け表示
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花もて語れ 1 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)
作者:片山 ユキオ
出版社:小学館
発売日:2010-09-30
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すみません、今回の記事は初めて誰のためでもなく自分のために書きます。

去年は様々な名作・大作が完結を迎えましたが、その中でも私の中で比類なき輝きを放つのが、『花もて語れ』です。もう完全に、オールタイム・ベストの一作に数えます。

クライマックスに差し掛かっていた一年前にもレビューしましたが、その時はあまり具体的なシーンに踏み込んで語ることはしませんでした。しかし、今回は容赦なく踏み込んだネタバレ記事となります。従って、もし『花もて語れ』を未読でネタバレを気にする方はここから先は読まずにまず上記のレビューを読んで頂くか、もしくは何も言わずに『花もて語れ』を読んで欲しいです。

『花もて語れ』は世界初の朗読をテーマにしたマンガであり、実在の作品が数多く登場します。今回は、その全21作品を登場順に挙げつつ朗読を総括していきます。そして、折々に出て来る何度も読み返したい名シーンや、諳んじておきたい名ゼリフを、備忘録的に記していきます。

私がこのマンガを好きな理由は、朗読という珍しいテーマを解りやすくしっかりと描き上げているということ、数々の斬新なマンガ表現を巧みに使いこなしていること、大好きな宮沢賢治を再三取り上げてくれていることなども勿論あります。

しかし、何よりもこの作品の中に満ちて溢れ出て来る、キャラクターたちの熱い言葉と想い。それが何にも増して素晴らしいのです。名作たちの情景と重ねられる彼ら彼女らの想いの美しさ・切実さに震え、涙するのです。

基本的に『花もて語れ』の登場人物たちは、すんなりと生きていません。何かしらのコンプレックスを抱えていたり、大きな挫折や空白期間があったりします。そんな彼らが、それでも奮起して過酷が満ちた世界で生きていこうとする姿。そこに、無上の美しさがあります。そこで生じる言動は、人生において辛くなった時や心が荒んだ時、あるいは勇気を振り絞りたい時に思い出したいもので一杯です。それらを、ここに刻んでおきたいと思います。

ブレーメンのおんがくたい

ブレーメンのおんがくたい (世界傑作絵本シリーズ―スイスの絵本)
作者:グリム
出版社:福音館書店
発売日:2000-12-01
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両親を幼くして亡くし、湘南から伯母のいる山形の田舎に引っ越してきた主人公の佐倉ハナ。慣れない環境で内向的になり、学校でも一人ぼっちで浮いていた彼女は、後の朗読の一人者である教育実習生・折口柊二に出会います。彼は、ハナに朗読を教え、こんな風に言います。

赤ちゃんの泣き声はどうしてみんなによく届くか、わかるかい?それはなぜかというと…

伝えたい気持ちが強いからだよ

強く伝えたいと願えば、想いは伝わる。それは、この作品全体を通底する一つの大きなテーマです。そして朗読とは、自分の想いではなく作者や登場人物の想いを聞き手に伝えるもの。しかし、その想いは自分の中にまったくないものであれば伝えられるはずもありません。そこでハナは捨てられたロバや犬の孤独感を両親を喪ってしまった自分自身に重ね合わせた上で、それでもみんなと力を合わせれば乗り越えて生きていくことができるという強い想いを込めます。そうして普段の姿からは想像できない聴衆を圧倒する朗読を披露します。

『花もて語れ』1巻 38P

この経験は、何の取り柄もない少女のただ一つの成功体験となり、この後の人生を大きく変えていきます。始まりの数ページで期待を抱かせてくれて、カタルシスと共に今後の面白さを予感させてくれる第一話。

枕草子、初恋、静夜思

枕草子 (岩波文庫)
作者:清少納言
出版社:岩波書店
発売日:1962-10-16
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初恋―島崎藤村詩集 (集英社文庫)
作者:島崎 藤村
出版社:集英社
発売日:1991-01
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李白詩選 (岩波文庫)
作者:
出版社:岩波書店
発売日:1997-01-16
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東京の企業に何とか就職を決めて上京したものの、新入早々何もかも上手く行かず公園のベンチで呆けていたハナ。そんなハナの耳に聞こえて来る、麗しい朗読の声。その声の主こそが、ハナが入門する朗読教室の藤色きなり先生その人でした。

『花もて語れ』1巻P69

藤色先生は、朗読というものの本質を説きます。言葉は元々声から生まれたもの。お話・物語も同じであるのは、読んで字の如く。古来より人はお話が大好きで、伝説や神話、昔話などもまた声による伝承。

「声」で伝えられる「お話」では、作者の思いが語り手の「声」でよみがえる。そこには思いを「声」にする悦びと、読み手と聴き手で感動を共有する至福があります。

大正時代までは汽車の中で本を読む時でさえ、音読が主流。黙読には早く読めて知識を詰め込みやすい利点があるものの、知識のために読むのではないお話は声に出して読む方がより楽しく、そしてそれを分かち合える。

又、声に出して読む朗読では、その文章やセリフを芯まで理解していなければ読むことができない。誰の声なのか。どんな声なのか。どんな気持ちで言っているのか。一文一文を深く読み込むことで理解を深め、イメージを確立させる。

朗読はイメージに始まり、イメージに終わる。

そのようにして丹念に作り上げられた朗読は、聴き手にも黙読以上に鮮烈なイメージ想いを伝える。だからこそ、朗読はお話を最も楽しむ読み方であり、想いを伝えるコミュニケーションの一つでもある……

私はハナと同じように目から鱗がぼろぼろ零れ落ちました。朗読って、ただ声に出して読むだけじゃないんだ、こんなに深いものなんだ、と。唯一、ハナの中で誇れる記憶であった朗読。しかし、そういった技術的なことはずぶの素人。十数年ぶりの朗読は失敗に終わってしまいます。それでもハナは作品世界の中に入って読む読み方を本能的に行い、その才能の片鱗を見せ付けます。そうして、彼女は朗読の世界の深淵に立ち入って行きます。

『花もて語れ』1巻P82

それにしても、藤色先生は初登場時から麗しいですしかわいいですね。藤色先生や教室の仲間たちも含め心優しい人物が多く登場するので、老若男女問わず安心して朗らかな気持ちで読めるのも『花もて語れ』の長所です。私がもし自分に子どもができたら読ませたいマンガを選ぶとしたら、ベスト3には入ります。

やまなし

宮沢賢治童話大全 (スーパー文庫)
作者:宮沢 賢治
出版社:講談社
発売日:1988-09-06
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ハナの勤める会社の重要な取引先の社長の娘・満里子。一つ違いの妹を亡くし就職に失敗して引き篭もっている満里子に向けて、宮沢賢治の「やまなし」をハナは朗読します。しかし、満里子は読書家で、とりわけ大好きで幾度と無く繰り返し読んでいるのが宮沢賢治。他人の解釈による朗読など、イメージの押し付けで自分のイメージをぶち壊されるだけではないのか、と満里子は最初ハナを拒絶します。

『花もて語れ』1巻P160

それでも、自らの練り上げた朗読を披露し、少しずつ満里子の固く閉ざした心の扉を開き始めるハナ。ここで解説される、一文一文の見方やクラムボンの正体にもまた驚かされました。昔触れたあのお話を、こういう読み方もできるのか! という純粋な驚きと感動。それが、同時に満里子への共感にも繋がり、物語への没入感を深めます。

『花もて語れ』1巻P190-191

薄墨を使った斬新なマンガ表現によって視覚化される「やまなし」は圧巻。前レビューでも触れた、「80枚の原稿用紙で描かれた38ページ」の部分です。既知であったはずなのに、見たこともない世界へ誘われて行きます。そして、それが満里子にとっては妹や父との思い出、過去の自分と徐々に重なっていきます。抽象的であり、様々な解釈が可能な「やまなし」。しかし、その芯となっているものは実はシンプル。

この世では「一、五月」のカワセミのような死や絶望も降り掛かってくる。でも、その一方で「二、十二月」の「やまなし」の実に象徴される、生きる喜びや幸運だって降ってくる。ここに書かれているのは、それを子に伝えようとする父の想いです。

そして奇しくも、生きる喜びや幸運を象徴する「やまなし」の実は、自分で追って行かなくては手に入らない………!!

サワガニの兄弟と父親は、満里子にとって正に自分と妹と父親。まさしく、物語が他人事ではなく我が事となった瞬間。その瞬間の感情の爆発が、力強くも優しい筆致で描かれます。小説家を目指し、もっと生きたいと願っていたのに夭逝してしまった妹の存在があればこそ、自分だけ前に進んで幸福を掴むことなどできないと考えていた満里子。その満里子に、ハナは両親を亡くした自分だけれど新しい環境に進むことで伯母の優しさに出会え、良き師や友にも巡り会えたという気持ちを込めて朗読します。酷い理不尽に晒されても、立ち止まらず前に進むことで掴める喜びを常に教えてくれていた父の存在を、目を背け続けていた満里子に強く感じさせます。

この朗読を切っ掛けに、満里子は再び父親に、そして自分の人生に向き合うようになりました。「やまなし」の最後に描かれる川底の景色の美しさが、絵の美しさ、満里子から奇跡的に生まれ出た想いの美しさと重なって深い感動をもたらし、読み終えた時には思わず涙を零していました。

宮沢賢治の作品にここまで高いレベルの解釈を付けながら、それを登場人物の心情に丁寧に重ね合わせ、一つの物語として、エンターテインメントとしてこんなにも面白く、胸も目頭も熱くさせる仕上がりで出してくる……凄い、凄いぞ『花もて語れ』! この時点で、私はもうこのお話に夢中でした。

春と修羅

宮沢賢治詩集 (岩波文庫)
作者:宮沢 賢治
出版社:岩波書店
発売日:1979-01
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満里子の命をも救ったハナの珠玉の「やまなし」の返礼として、満里子はその感想文と共にハナに同じ宮沢賢治の中でも自分が一番大好きな「春と修羅」の朗読を捧げます。

『花もて語れ』2巻P96

 一般的な解釈では、春のうららかな景色の中で賢治の心が修羅になっている、とされる『春と修羅』。しかし、満里子が何百回も読み込んで感じているのは、景色自体も激しい雷が鳴り響き、嵐が轟くような修羅なのではないか、ということ。「やまなし」の朗読の際に、満里子がハナに言った「朗読はイメージの押し付けではないか」という疑問への答が、満里子自身によってここで解き明かされます。物語の深奥にまで立ち入って真摯に作り上げた朗読は、譜面を読み込んで作り上げたクラシック音楽の演奏のようにそれ自体が一つの作品と呼べるまでに高められたものなのだ、と。

初めての朗読でありながら視点の切り替えを使いこなして、難語の連発でありながらもハナにしっかりと情景を感じさせる満里子もまた、その才気を見せます。そうして、二人は朗読を通じて深く繋がります。 

ハナの連絡先を教えて貰い、それを噛み締めるようにしてハナには涙を見せずに去る満里子。同じく、感極まって泣きながら駆け出すハナ。

『花もて語れ』2巻107P

私の人生であの時以外に、こんな熱い想いがこみ上げたことなんか、一度もない…………間違いない……私はもう……

朗読に夢中だ!

たとえ何があろうとも……朗読だけは譲れない!

ああ、この熱さは紛れもなく『うしおととら』的な何か……! 『うしとら』のチーフアシスタントであったジョーこと片山ユキヲ先生に、マンガのジャンルは違えども受け継がれたソウルを感じました。

何の取り柄もないハナが、『ブレーメンのおんがくたい』を朗読して以来、初めて自らの意志で選び取った行為によって誰かに大きな感動を与え、人生にまで大きく影響を与えられた瞬間。それと同時に、無二の友人を得た瞬間。生き甲斐を見付けた瞬間。それは、世界に自分の居場所ができたような感覚でしょう。二人の間に芽生えた友情に、存在意義の獲得に、自分を生かしてくれる朗読への熱い希求に、心が震えました。

ぼろぼろな駝鳥

高村光太郎詩集 (岩波文庫)
作者:高村 光太郎
出版社:岩波書店
発売日:1981-03
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多少の歳の差はあれど、そんなことは関係なく濃厚で強い絆で結ばれたハナと満里子。ハナがなけなしの勇気を振り絞って誘った温泉旅行に、満里子は予想以上の感激と共にOKを出します。そんなお誘いシーンから、楽しく観光地を巡る二人。彼女たちの辛い過去を見て来ているだけに、二人が一緒になって人並みの楽しみを享受する様子が何とも言えずまた胸を熱くさせます。

しかし、旅行先で待っていたのはナンパ。朗読やハナを馬鹿にする無粋な男たちに、ハナと満里子は次の『花咲き山』に先駆けたリレー朗読を行って撃退します。見開きを使った、最後の節のインパクトあるセリフでのハナの迫力が痛快です。

『花もて語れ』2巻P135

雨降って地固まる。このお話の最後のコマで手を強く握り合う二人の友情は、この後もどんどん深まって行きます。こういったことも通してどんどん強固になって行く二人の関係性に、自然と顔が綻びます。

「やまなし」で云われていたように、恐れも抱きながらも進むことを選びとったからこそ二人は出会うことができた。『ブレーメンのおんがくたい』で込めた想いのように、孤独な時を乗り越えた上で力を合わせることでこれからも生きて行くことができる。そんな二人の絶妙な間柄は3巻や6巻の表紙にも暗示されていて、胸を打ちます。

花咲き山

斎藤隆介童話集 (ハルキ文庫)
作者:斎藤 隆介
出版社:角川春樹事務所
発売日:2006-11
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『モチモチの木』で有名な斎藤隆介の「花咲き山」を、200人の観客の前でリレー朗読として披露することになったハナと満里子。二人で競うことを提案されながら、それを固辞します。朗読においてそれぞれの長所を持ち、競い合うライバルのような存在でありながら、何よりもかけがえの無い友達である二人。互いに互いを思いやる気持ちの強さが何度も描写され、その尊さに二人の関係性の永遠を願わずにはいられません。

この「花咲き山」では、セリフというものの本質と、それを踏まえた上での朗読と演劇の違いがひもとかれます。セリフをどのように解釈して、どのように言えばいいのか。それは、逆に言えば物語においてセリフや情景描写はどのように構築すればいいのか、ということでもあります。創作に携わる人であれば、確実に触れておいて損はない話でしょう。

『花もて語れ』3巻P146

 「花咲き山」は、ふもとの村の人間が何か優しいことをすると、山で一輪の花が咲くというお話。時には命をも抛つ優しさが、この花畑や山全体を作ってきた。このお話が示すものは、自己犠牲の尊さというよりも、辛い時の心の持ち方。

ハナの会社の先輩・天城は、両親に捨てられ逃げられた心の傷を負う姉弟。人よりも多くの辛さを経験し、様々な我慢をして来た天城の姉は、ハナのこの朗読に自らの境遇を重ねて涙します。自分が家庭を持って幸せになることが想像できず、彼氏からのプロポーズも断ってしまっていた姉が、家庭を持つこと肯定し前に進んで行こうとします。

そう………きっとあるわよね……たとえどんなに見捨てられても、たとえどんなにつらいことがあっても、そこに優しさがあれば…………

咲く力がきっと………!!

生きて行く時には、どんなに踏み付けられても、見捨てられても、自分の中に優しさがあれば咲くことができる。

そしてまた、このお話が美しいのは、ハナも満里子も決して天城の姉のために読んだわけではなく、むしろ存在すら認識していなかったことです。二人は、あくまでも二人に向けて読みました。しかし、それが聴いていた他の人の心をも確かに動かしたのです。何かを創ったり、表現したりする時には、不特定多数の存在を意識するよりも誰か一人だけを強く想って行うのがいいのだ、と。すると、それが逆説的に多くの人に響き渡るものになるのだと(なればこそ、私も自分のために書いているこの記事ですが、誰かに届くことがあれば嬉しいです)。

『花もて語れ』3巻179P

『花咲き山』を読み終え、抱き合って互いの朗読を讃え合うハナと満里子の姿は、あまりに気高く美しいものでした。『スラムダンク』のクライマックス山王戦のサイレント部分で、それまでいがみ合って来た花道と流川が最後にハイタッチしたシーンを思い出させる熱さと美しさ。そこに至るまでの表情やセリフ一つ一つが、極めて丁寧に積み重ねられた名朗読です。

トロッコ

蜘蛛の糸・杜子春・トロッコ 他十七篇 (岩波文庫)
作者:芥川 龍之介
出版社:岩波書店
発売日:1990-08-18
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『花咲き山』 の朗読は成功したものの、大きなイベントである「朗読の日」の読み手にばってきされた満里子と比べると未完成であり再び自信を喪失するハナ。練習に勤しむ満里子とは距離ができ、再び孤独を噛み締めて彷徨うハナ。その中で回想するのが、恩師である折口と再会して云われたこの言葉。

本当に聴いてほしかったら、舞台は他人に用意してもらうものじゃなく、自分自身でつかみとろうとするものなんだ。 

そして、同じく東京で再会した、山形の小学校で一緒に過ごしていた谷村。現在、バンドマンとして奮闘している谷村にも

どんな奴でも、本気さえ出したらなんだってできる

と云われます。

そして、自分にできることを模索しつつ、怯えてそれをやらない選択肢を取り続けるハナは、自分の情けなさを恥じます。

私は私がわかってないだけで、本当はできることがいっぱいあるかもしれないのに、自分で自分をダメだと決めつけて、いつまで経っても他人をあてにして、声すら出せなくて、私がひとりでもがんばれるようにと応援してくれた大切な大切な人たちを、ずっと裏切り続けている大バカ者だ

ハナが大好きだった両親。そんな、自分の存在の誕生を心から願い、祝福し、育ててくれた人に対してすらも、自分の矮小な心が故に恩を仇で返し続けている……。それ以外にも、自分が今生きているということは、数えきれないほど多くの人に支えられて来ているということなのに。それなのに自分の朗読を聞いてファンになってくれた人すらも、裏切り続けている……。

何であそこで頑張れなったんだろう。ほんの少し勇気を出して行動できなかったんだろう。あの時にしっかりすることができていれば、今とは違った結果を迎えられていたかもしれないのに……。生きていると、少なからずそんな後悔があります。どうにもできなかったことではなく、自分次第でどうにかできたことへの後悔が。でも、もう終わってしまったことは仕方がありません。むしろ、そうしたことを積み重ねてきたからこそ、二度とそんな想いをしたくないと強く思える部分もあるのです。

そして、ハナはまた立ち上がります。本来の自分の性格を考えれば、全く無理なように思える路上朗読に挑戦します。アドラー心理学では、人間には性格などなくただ行動によってそれは決まるといわれます。だからこそ、まずは何をおいても行動すること。ハナは見事にその第一歩を踏み出しました。何もかも一つずつ。そうして踏み出すことで、見えてくる新しいステージや、触れ合える人が出て来ます。

人の親切はありがたく受け取る!

もちろん、がんばってねえ奴にその資格はねえけど、がんばってる奴にはその資格がある。親切にされた時は、感謝して、甘えりゃいいんだよ。

頑張り始めたハナが谷村に云われた言葉。

路上に出て私は知った。人の温かさは、こんなにもありがたいものなんだって………そしてそれは、自分が努力して、初めてわかるものなんだって……

そして、谷村以外からも色々な人に助けられ、ハナが感じたこと。何故こんな自分にそこまでしてくれるのか、と思うハナへの満里子さんの言葉、「友達でしょ!」にジーンと来ます。ああ、情って、素晴らしい……。

路上朗読に少しずつ慣れ始めたハナは、新たなレパートリーとして、あまり本を読まない自身が好きだった数少ない本『トロッコ』を加え、読み始めます。このトロッコの朗読から、本格的に「視点の転換」が描写されていきます。

『花もて語れ』4巻P87

大まかに分類したこれら地の文の6つの視点。この視点ごとにフォントを変えて朗読シーンを描いて行く、という斬新で面白い試みがこの作品では行われます。又、セリフに関しても老若男女どんな人物か、そして読み手は誰なのかによってもフォントが変えられます。これらを意識して朗読シーンを読むと、より一層の面白さが立ち現れてきます。

泣きたかったら走ればいい。たとえ居場所が無くなっても……走って行けば、走った場所が自分の道になっていく。別れの来ない出会いはない……………自分の不安に立ち向かえるのは自分しかいない………だから私はもう走り切る。暗い藪や坂があっても走り切る!

これが私の『トロッコ』!

凄まじい疾走感で駆け抜けていく、『トロッコ』朗読のクライマックス。自己肯定できないことや、大切な人を失う不安、それらを振り切って前へ進もうとするハナ。傍から見れば苦難にまみれたように見えても、本人にとってはそれは抗いであり、戦いなのだ、と。小さき者の勇気が胸を打つこのエピソードは、月刊連載で描かれていた第一部を締め括るに相応しいマスターピースです。 

ごんぎつね

ごんぎつね (日本の童話名作選)
作者:新美 南吉
出版社:偕成社
発売日:1986-10-01
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ハナは、伯母のいる山形に初めての里帰り。そこで、自分の記憶には無かった「″ごん狐″事件」を伯母から聞きます。毎日朗読を聞かされていたという伯母に、幼い日の自分を再現した『ごん狐』の朗読を披露して貰います。

そうして、ハナは聞いている内に思い出します。このお話を幼い頃のハナが愛したのは、まさに「想いは伝わる」を体現した物語であったため。人間には言葉で伝えることができないキツネのごんは、そのために命を落としてしまうことにはなります。しかし、最後の最後でごんの想いは兵十に伝わります。

『花もて語れ』5巻P37

最後の最後に最高の笑顔で、伯母さんへハナが伝えたかった想いを伝えるシーンも、また美しいものです。身近にいる人でも想いが伝わっていないこともあれば、驚くほど簡単な言葉で伝わる想いもあります。様々な複雑さがあろうとも、想いを伝える手間を惜しんではいけないなと思わされます。

「朗読」は人から見たら、ただの趣味なんだろうけど、私にとってはとても大切なもの……

伯母の朗読を受けて、自分にとっての朗読の大切さを再確認するハナ。人から見たら大したように思えないものでも、自分の中では核を為しているといってもいいようなもの。そんな風に感じたものがあるならそれは極力大事にしたいですし、また他者のそういったものは尊重したいとも思います。

麦藁編む子の唄

金子みすゞ名詩集
作者:金子みすゞ
出版社:彩図社
発売日:2011-06-17
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折口の下で働き始めた満里子と久々に会ったハナ。そこで、ハナが満里子に読むのが、金子みすゞ の「麦藁編む子の唄」。

私自身、満里子と同じ解釈で読んだのですが、最後の一文だけをゾクリとさせられる感性による解釈で読み、全く違った味にしてみせるハナ。たった一話の中の短い文章ですが、朗読の醍醐味が詰まった部分です。

そうしてハナが表現した麦藁編む子が抱いている感情にも似て、二人は互いに言い知れぬ不安を抱いています。それは、折口先生への憧れ。その感情が二人の間をいつか引き裂くことを予感させながらも、それでも二人ともにいつまでも友情を続けたいと強く願うのですが……

ちなみに、恐らくですがこの選書は震災直後に流れたCMの影響もあったのではないかと思います。あの大きなインパクトを与えた災害があったからこそ、『花もて語れ』の苦難があっても強く前向きに生きて行こうというメッセージが一際輝きます。

黄金風景

きりぎりす (新潮文庫)
作者:太宰 治
出版社:新潮社
発売日:1974-10-02
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ハナと同じ部署の唯一の女性社員である高梨は、天城の彼女。そんな高梨から、恋愛に悩む自分を朗読で元気付けて欲しいという依頼が。一方、本部長からは仕事を第一に考えて趣味は程々にしておけと窘められます。躊躇するハナですが、そこで高梨から一言。

相手にどう思われるかなんて考えていたらキリがない。何をどう受けとるかなんて、人それぞれ。結局自分の根っこは変えられないし、昆虫みたいに変身なんてできやしない。

思い切って社員旅行の宴会で朗読を披露することにしたハナが選んだのは、暗い話のイメージが強いものの意外とユーモラスな話が多い太宰治。その中でも、たった6ページで完結する「黄金風景」。女中をいじめるも何故か後に感謝されるという、一見ちんぷんかんぷんなお話の真意を、ハナは朗読で伝えていきます。この小説は奇しくも高梨の言う通り、「何をどう受け取るかは人それぞれ」ということが理解に重要となって来ます。

何をどう受け取るか。それはまさに朗読における文章の解釈のごとし。同じ事柄であっても人は喜びを覚えることもあれば、悲しみに暮れることもあります。そこで悩みに囚われてしまう人というのは、実はレベルが高いからこそ悩んでしまうのかもしれない、と説かれます。


たくさんの苦悩を抱えたのは、その苦悩を感じとれる、感性をもった人間だったからではないか。

思い悩むということは、その悩みを乗り越え始めている。
思い悩むということは、その悩みを乗り越えられる器がその人にある。

ハナの上司は高梨に、自分たち姉弟は両親が小さい頃に捨てられてしまったことをカミングアウトします。高梨は、そんな彼を自分は受け止めきれるのか思い悩んでいましたが、それは彼を心の底では愛していて、本心では受け止めたいからだと気付きます。そう、思い悩み始めた時点で、解決に向かっているのですから。

『花もて語れ』5巻P193

まさに黄金の風景を見ての『黄金風景』最後の一文が、この世で悩みを抱える全ての人へと光を差します。その後書かれる『東京八景』の中の「人間のプライドの窮極の立脚点は、あれにも、これにも死ぬほど苦しんだ事があります、と言い切れる自覚ではないか」という文章も受け、これから訪れるかもしれない大いなる悩みに対して正面から向き合うことを意志するハナの姿に、勇気を貰えます。

後編へ続きます。

花もて語れ 2 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)
作者:片山 ユキヲ
出版社:小学館
発売日:2011-03-30
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花もて語れ 3 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)
作者:片山 ユキヲ
出版社:小学館
発売日:2011-09-30
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花もて語れ 4 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)
作者:片山 ユキヲ
出版社:小学館
発売日:2012-03-30
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花もて語れ 5 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)
作者:片山 ユキヲ
出版社:小学館
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