新進の宗教学者が解き明かすパワースポットの作り方『聖地巡礼 世界遺産からアニメの舞台まで』

永田 希2015年03月05日 印刷向け表示
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聖地巡礼 - 世界遺産からアニメの舞台まで (中公新書)
作者:岡本 亮輔
出版社:中央公論新社
発売日:2015-02-24
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今回ご紹介するのは、新進の宗教学者による「聖地巡礼」についての新書です。聖地巡礼と言われて、読者の皆さんは何を想像されるでしょうか。本書で扱っているのは、ある種の自分探しやパワースポット巡り、そしてサブタイトルにも触れられているアニメ作品に触発された「聖地巡礼」ムーブメントなどを含む、とても広い範囲の現象です。

著者は本書の中で、「宗教が変質してきている」と語っています。宗教がもともと人々の生活に密着していたものだったことを考えれば、現代のいわゆる伝統的な宗教から人々の生活が乖離しつつある状況は、そのまま「宗教の変質」を物語るものでしょう。逆を考えれば、本書のように具体的にその「変質」の例をいくつも吟味しているうちに、人々の暮らしがどのように変わってきているのかを学ぶことができるともいえます。 

いくつもある具体例

本書では、先に触れたとおり現代みられる様々な「聖地巡礼」の具体例が挙げられています。たとえば、おそらく現代の世界でもっとも有名で大規模な「聖地巡礼」であるサンティアゴ巡礼。あるいは近年世界遺産に登録されて話題になった富士山にまつわるその宗教的な戦略。伝統的もしくは正統的な「宗教」の観点からは真正性を疑わざるを得ない「キリスト湧説」。今ではかなり一般層に浸透したパワースポットの諸類型などなど。

サンディエゴ巡礼は、21世紀に入ってから急速に巡礼者数を伸ばしている、世界でもっとも活気のある聖地巡礼のひとつ。普段は教会へ行かない人、非キリスト教圏の人々が多く参加しているこの「聖地巡礼」です。私ごとで恐縮ですが、日本人である僕の友人も何人か参加しており、観光の在り方として定着してきているのをリアルに感じさせる一例でした。

サンティアゴ・デ・コンポステラ巡礼というこの巡礼は、中世に始まった聖遺物(仏教で言う仏舎利みたいなもの)を目指すものなのですが、その「ゴール」よりも、現代の巡礼者たちは「プロセス」を重視していると著者は指摘します。ゴールからプロセスへ。ゴールである聖遺物の前で祈りをささげることよりも、巡礼の過程(プロセス)で得られる経験の方を重視する、ちょっと特別な観光として人々は巡礼に参加していると言えるでしょう。

このサンティアゴ巡礼の参加者数は、1990年代半ばに顕著に増大しました。彼らにとっての「バイブル」は、ベストセラー作家パウロ・コエーリョの作品『星の巡礼』、そして2000年に書かれたハリウッド女優シャーリー・マクレーン『カミーノ』です。 

星の巡礼 (角川文庫)
作者:パウロ・コエーリョ
出版社:角川書店
発売日:1998-04
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カミーノ ― 魂の旅路
作者:シャーリー マクレーン
出版社:飛鳥新社
発売日:2001-06-22
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この2冊はどちらもカトリック信仰の観点から書かれてはおらず、とりわけマクレーンは東洋的な輪廻転生の思想に傾倒し、自分は一休さんの伴侶の生まれ変わりだと信じているニューエイジャーで、『カミーノ』の中でも自らの神秘体験について語っていたりします。

宗教や信仰との距離感という点では、最近日常的に話題になることが増えてきたパワースポットのブームも取り上げられ分析されています。

パワースポットは、スピリチュアルスポットやエネルギースポットなどと言われることもありますが、本書では江戸時代にすでにみられた「流行神(はやり神)」の紹介から、「新たな聖地が生まれる現象」を分析しています。なお流行神については『江戸のはやり神』が詳しいので、興味のある方はそちらもご参照ください。

江戸のはやり神 (ちくま学芸文庫)
作者:宮田 登
出版社:筑摩書房
発売日:1993-07
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伝統ある有名神社の神仏ではない、個人宅に祀られていただけの屋敷神や村の一部の人たちに祀っていた祠が突然に熱狂的な信仰を集めてしまう、この「流行神」の現象 を論じた『江戸のはやり神』の著者である宮田氏は、1980年代から1990年代に爆発的に流行した人面犬などの都市伝説にも触れています。これらの都市伝説には情報拡散が不可欠ですが、これを受けて『聖地巡礼』では、パワースポットのブームも聖地についての情報が広範囲に拡散されることによって生じていると論じられています。

情報化とパワースポットブームについて重要なのは、パワースポットとされるのは従来からの聖地や寺社ばかりであるという点です。以前と現代とで異なっているのは、現代は情報の拡散量が増大し、拡散方法もまた多様化しているという点だ、と本書では述べられています。

つまり「どこがパワースポットなのか」ではなく、「すでに知られた場所がどのように取り上げられているか」という演出が重要になります。本書では、この演出を誰が行うのかに注目しながら「再提示型」「強化型」「発見型」の3つに分類して論じています。

今回は、この3つの類型を詳しく論じる余裕がないので、本書でそれぞれの類型の具体例として挙げられているものを紹介するだけに留めて、結論を急ぎます。
再提示型:伊勢神宮
強化型:箱根神社
発見型:秋芳洞

現代における信仰、あるいは観光

本書はさまざまな「聖地巡礼」の事例を紹介しているという点でも興味深いのですが、現代社会生活に浸透することでかたちを変え新しい姿を見せるようになった宗教と観光が、全体を通してテーマになっているのが面白い。一例を挙げるなら、パワースポットを扱った章の後半では、パワースポットの代名詞と言われるまでになった明治神宮を取り上げ、そこにおける正統的な宗教観と、その観点からは批判的に言及されてしまうパワースポットブームによって増加した参拝客たちの「すれ違い」がフォーカスされます。

本書を読むうえで重要なのは、おそらく現代・近代・近代以前という三段階の歴史観でしょう。上掲のような明治神宮の「正統な主教観」というのは、近代になって統制されたもの。正統性を求めるがゆえの歪みが、現代になって「すれ違い」として現れてきているのだとしたら、現代的な宗教観はその正統性を相対化する本書のような試みからこそ捕まえ得るのかも知れません。

宗教と生活とが乖離してしまっている現代においては、宗教の変質は、一般人の生活には無関係なものだと思われがちかも知れません。しかしたとえばパワースポットがブームになったり、信仰のない人たちが「聖地」を目指すサンディエゴ巡礼に大挙して参加したり、正統な信仰ではない形態でなら、宗教は今でも活き活きと一般人の生活の中に登場してくるのです。この状況を冷静に分析することは、いわゆる正統な信仰を持つか否かにかかわらず、自分自身の生活を見つめ直すことでもあるでしょうし、また過剰な「正統な信仰」を目指す人々の歪みを指摘しうる思考を鍛えることにもつながるのではないかと思います。 

聖地巡礼 - 世界遺産からアニメの舞台まで (中公新書)
作者:岡本 亮輔
出版社:中央公論新社
発売日:2015-02-24
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