『空也上人がいた』マンガHONZ超新作大賞2014 受賞記念対談 新井英樹×堀江貴文 後編

山中 羽衣2015年03月14日 印刷向け表示
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2014年のマンガHONZ超新作大賞に選ばれた『空也上人がいた』。大賞選出を記念して新井英樹さんをお招きしての対談を行いました。同賞は、最も世の中に広めたい作品を選出するもので、今回は2013年12月~2014年11月の間に第1巻が発売・発表されたマンガが対象にマンガHONZのレビュア―による投票のもと、決定。今回の記事は後編となっております。前編はコチラをご覧ください。

空也上人がいた (IKKI COMIX)
作者:新井 英樹
出版社:小学館
発売日:2014-09-30
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◆ 「歳取るのもいいぞ!」

新井ただ、これも山田さんが言ってたんだけど、例えば70歳を過ぎたりしたらもういい加減「キレイな人によく思われたい」とかっていう、性的な思いに自分が振り回されるような感じから開放されるもんだと思ってたのに、そんなことなかったって。どっかでキレイな子にも好かれたいし、あわよくばっていうのも、自分の身体が利かなくても、ちょっと思う部分がある。だからそういう意味で、例えば50歳の感じっていうのは50歳になってみないと何もわからないから、そのときは50代の初心者だと。60歳になっても60代の初心者だし、70歳になっても初心者で、っていうのがずっと、実際にあるんだって。

堀江初心者ですか。

新井あのー、『道』って映画なんかで有名なフェデリコ・フェリーニ監督の作品で、最高傑作だって言われる『8 1/2(はっか にぶんのいち)』っていう映画があるんだけど、30年くらい前にそれを観たときはよくわからなくて。でも最近になって誰かのレビューを読んでみて、「あれっ? これ今なら面白いと思えるのかも」と思ったんで観てみたら、もうびっくりするくらい、わかる。「こんなにわかりやすい話だったんだ」って。

堀江どういう話なんですか?

新井フェリーニ自身を描いてる話なんだけど、主人公の映画監督は周囲の期待とは裏腹に新作の構想がまったくまとまらなくて、心身ともに疲弊したどん底の状態にあると。一向に進まないから温泉地に行って療養をとるんだけど、そこでも愛人や奥さんとか、仕事の知人とかの幻想から逃げこむことができなくて、それでだんだん空想の逃避に入っていくようになる。奥さんも愛人も、自分がその日見たイイ女も、みんな仲良くしてくれるようになって、全部俺のハーレムの中にその人たちが住んでくれたらいいのに、っていう夢や幻想と、それから今現実に抱えてる問題とが、もう全部渾然一体となって。混乱が混乱のままに描かれてて。

堀江うーん。

新井それがラストシーンでは、今ある混乱も、それも含めて、すべてを受け入れようって思うようになって。今周りにいる人、それから奥さんたちに対しても「共に生きよう」ってことで、それまでの登場人物全員が出てきて「人生は祭りだ」って言ってセットの前に並んでサーカスみたいに踊って……ってふうに終わっていくんだけど、ちょっとその感じにホント感動しちゃって。セリフも全部カッコいいし。

堀江それが、若い頃はわからなかった?

新井わからなかった。「え、何が?」って思ってたのが、今観ると、その監督の悩みだとか、その監督の落ち着きどころとしてこんな答えを出しましたっていうのも、むちゃくちゃわかる。そう感じた途端に、「これは歳取るのもいいぞ!」って思っちゃって。

堀江今はおいくつですか?

新井51歳です。

堀江51歳だと、50代の初心者ですね。

新井初心者ですね。だから、40歳を超えたときは「間違って80歳まで生きちゃうかもしれない」なんてふうに思ってたんだけど、50歳超えた今は、「100歳までは絶対生きられないだろうし、それだったらこれは何かやろう」って思って。もう人生変えてやろうって思って、今年の頭くらいから、女装を始めたんですよ(笑)。

堀江え? マジですか(笑)。


◆ 漫画家・新井英樹(51)、「女装を始めました。」

新井女になりたいとかいうわけでもないんですけど、「生涯やろうと思わなかったことは全部やろう」って決めたので、じゃあ女装やってみるか、と(笑) 取材で会った女子大生とかにとりあえず協力してもらって、「あのー、今年からちょっとおっさん、女装したいと思ってるんで、買い物付き合ってくれ」って言って。それで買い物付き合ってもらって、全部揃えてもらって。

堀江超振りきってますねえ……人生。

新井昼間にデイユースでホテル借りて、そこで習った化粧をやって。それから一人で銀座とか有楽町を歩くっていうのをやるんですけど、最初のドキドキはホントにすごくて……「俺、気が狂ってるかもしれない」と思いながら(笑)。

堀江いやあ、でも昔のルックスだとかなり厳しかったかもしれないですね。だいぶ痩せられましたよね?

新井ああ、そうかもしれない。前は今より30キロ以上体重あったんで。

堀江『空也上人がいた』の巻末の、山田太一さんとの対談に写真が載ってたじゃないですか。「あれえ?」と思って。以前『キーチVS』の巻末対談に僕出させてもらいましたけど、それでお会いしたときにはルックスに結構な迫力というか、圧がありましたよ(笑) “あの『キーチVS』を描いてる人”っていうのもあって。でも、痩せられたら、たしかに細面というか。

新井そうなんですよ。「50代のインテリ気取ったスナックのママ」を目指してる、っていうノリでやってるから(笑)。

堀江(笑) でも全然イケますよね。なるほど、たまにプライベート上でそうやって女装されている、と。

新井そうそう。今年からそういうことやって、行く先々のバーで「女装の知り合い」もできたりして。あと、すぎむらしんいちさんっていう漫画家、友達なんだけど、新宿でイベントやるからって誘われたときに、夜だし、人も全然来ないって言うからいいや、って女装姿で行ってみたんですよ。そしたら実際は超満員で、もう肩身の狭い思いしてて。しかも、気がついたら編集の人とかもそこら中に結構いるから、俺は女装姿でその人たち全員にはじめましてって言わなきゃならなくなって(笑)。

堀江はっはっはっ(笑)。

新井その日は『北斗の拳』原作者の武論尊さんまで来ていて、俺のことは知っててくれたみたいなんだけど、初めて会ったのは女装した格好でしょ。朝まで一緒にいたんだけど、その姿しか知らないせいで「お前だんだん女に見えてきたからこっち見るな」って言われて(笑)。


◆ 絶望を描きたくて、マンガを描いてたわけじゃない

堀江へえー……女装ですか……。ほかには何かやりましたか?

新井そうですね、今まではトークライブとかも絶対やるわけないって思ってたのに、今年は5回くらいやったかな。やってないこと何でもやろうってことで、もう誘われたらじゃあ引き受けようって感じで。

堀江どういう人とトークライブやったんですか?

新井なんかAV監督とかが結構多いんですよ。伝説のバクシーシ山下さんとやったりとか。あとは、人に会おうっていう流れで去年、高校の同窓会に出たら、AV監督の溜池ゴローが3年生のときのクラスメイトだったってことがわかって。それで彼ともこの間トークライブをやったんだけど、まあテキトーにべちゃくちゃとしゃべるようなノリで。あとは司会役のイケメンの子の下イジりをしたりっていうのを(笑)。

堀江溜池ゴローさんがクラスメイトで、一緒にトークライブですか。それはそれで、なかなか(笑) 新井さんがそこまで変えようってなったのは、『空也上人がいた』であったり映画作品であったりを通して、歳を取るってことへの価値観が変わったのが大きかったんですね。

新井ええ。ただその流れの前に、結構、嫌になってしまったのがあって。「絶望した」って『空也上人〜』のイントロダクションにも書いたんですけど、

堀江何に絶望したんですか?

新井もうホント、世の中のこと……『キーチ!!』みたいな話を描いてたから、余計に世の中のことがちょっと嫌になっちゃって。「何でこんな世の中になっているんだろう」と思って。

堀江ああ。それ3.11とかの影響ですかね。

新井もう、3.11以降は、特に。世の中がこんなふうになるとは思わなくて、ホントに落ち込んだ、っていうか嫌になった。だから「このまんまだと俺はもう嫌になったことしか描けない、ただ単に絶望を描くだけになる。でもそんなこと描きたくて、マンガ描いてたわけじゃないから変えよう」と思って。「人も楽しいし、人生も楽しい」っていうふうに変えないとヤバイ、と。

堀江これはマズイと思ったんですね。

新井『空也上人〜』は、3.11の2ヶ月後くらいに本買って読んで、これ、誰もやらないならいつかちょっと俺がマンガにしたいんだけど、って思って。リハビリ、って言ったら変だけど、これは新しいステップのためにちょっと描かせてほしい、っていうのがあって。だからなるべく原作に忠実に、変えないように、とにかく練習しようって描いたんです。たとえいろんな汚れとか傷があっても、結構人間たくましいし、楽しいこと描けるはずだって、思って。

堀江ええ。

新井そしたらその感覚を自分の身体に染み込ませなければいけないから、生活も人生も変えていかなきゃダメだと思って。人を描くためにはもっと人に会わなきゃいけないからって言って、それで、やたら表に出るようにして人に会って、今よりも「許せなかった人を許すようにしよう」って。

堀江「許せなかった人を許すようにしよう」、っていう方向性に変わっていったんですか。

新井そうそう。受け入れよう、っていうふうに。もう自分を変えようと思って。だからこの1、2年でいままでの、20年以上分くらいの人に会ったかな。ホントにずーっと閉じこもってマンガを描いてきて、家族とアシスタントと、あとは取材なんかの人以外はほぼ会わなかったから。その感じのままでいたら、頭の中で作った嫌な人間ばっかりを攻撃することになると思ったんです。

堀江ああーなるほど。その流れがあっての、女装だったりとにかく人と会ったりっていう変化なんですね。

新井そう、とにかく出歩いて。飲みに行くにもこの20年は年に一回、高校時代の友達3、4人と会うくらいだったんですよ。50歳過ぎてから、まさか自分が一人飲みするようになると思ってないから、じゃあ一人飲みもやろう、と。知らない店なんかに入っていって、そこにいる店員の人とか横に座った人に話しかけて、何分でその人の下ネタ聞けるかっていうのに挑戦したりして(笑)。

堀江あっはっは(笑)。


◆ 今なら「愛」という言葉も描ける

堀江それじゃあ、今後の作風は変わっていくんですかね?

新井うーん、変わるかどうかはわからないけど、ちょっと違う形で提示はしたい。描きたいことは変わらないけど、出し方は変えようと思って。

堀江違う形で、ですか。

新井そのためにはまず、自分騙さないと、と思って。

堀江ああー、希望を持っていく、みたいな感じなんですかね。

新井もう絶望は、絶対に描かないって。ただ、これも恥ずかしい話なんだけど、マンガの中で、愛とか、平和とか、真実とか、そういうのをあんまり描くのは嫌だっていうのもあって。言葉として。

堀江「愛」っていうワードを描けないってことですか。

新井うん、ワードがもう嫌で、恥ずかしくて。あのー俺が、この目で見たって証拠がないのに、見たこともないものを、描けるか?っていうのがあって。でも、50歳越えて今のこの流れになってからは、「これ今なら愛とか、言葉で描けるわ」って状態になってるんですよ。

堀江おお。

新井例えば、人に会って話を聞いて。この人はこんな人生を送ってきて、その中でこんなことがあって、そのうえでこの人が「愛」って言葉を使うのなら、あくまでもこの人を通してかもしれないけど、「これは(目に見えないその言葉も)信用することできるわ」って、「そう思えれば描ける」って思って。だから、たぶん次描くやつからは、今まで自分は使わない言葉も使えるかなって感じで。

堀江ポジティブな話をこれから描かれていくんですね。

新井その、一応とっかかりとして出したのは、ビッグコミックスペリオールのほうで1月に載っけてもらう50ページの読切なんですよ。三田のほうに、一人で10年間くらいずーっと建築物を建ててる男の人がいて、その人から手紙が来たんで、会いに行って。それで、その人のことをマンガにすることにして。

堀江建築家の人の話ですか。

新井そうですね。それが俺の次のマンガの、一応の宣言、マニフェストだっていうのがあったんで、それだったらついでにってことで、女装姿の写真も一緒に載っけちゃえって話になって(笑) 冒頭でちょっとそのことを描いてるので。

堀江じゃあ誌面で新井さんの女装が見られるんですね(笑) 新井さんの新境地を楽しみにしてます!

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