『コンテンツの秘密 ぼくがジブリで考えたこと』 本質にいたる思考

村上 浩2015年04月22日 印刷向け表示
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コンテンツの秘密―ぼくがジブリで考えたこと (NHK出版新書458)
作者:川上 量生
出版社:NHK出版
発売日:2015-04-10
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 コンテンツとはそもそも何なのか、クリエイターはどのようにコンテンツを生み出しているのか、1億総クリエイター時代にコンテンツはいかにして差別化されるのか、そして天才クリエイターは通常のクリエイターと何が違うのか。スタジオジブリで「プロデューサー見習い」として過ごした著者が、「コンテンツとは何か」と問い続けた体験をもとに、これらの疑問に答えを出していく。

ジブリでの体験やアニメーター達との対話が本書のベースになってはいるが、著者の提示するコンテンツの本質はアニメに限定されない普遍的なものであり、いわゆるクリエイターだけでなく、情報を取り扱うどのような人にも多くの示唆を与えてくれる。コンテンツの本質を理解することは、ビジネスメールの書き方や映画の観かたなど、あなたの仕事や普段の生活まで変える可能性を持っている。

この本には、本質へ迫るための、著者の思考過程が丁寧に描写されている。そのためコンテンツに対する深い理解を与えてくれるだけでなく、曖昧でとらえどころのない対象を整理・分析して本質へとたどり着く著者の思考法も堪能することができる。数多く引用されるアリストテレス、宮﨑駿、高畑勲、庵野秀明、鈴木敏夫など、歴史に名を残すクリエイターたちの言葉やエピソードだけでなく、著者がそれらの言葉の真意を丁寧に解きほぐしていくことで思考の深度を深めていくプロセスも、本書の読みどころとなっている。

コンテンツを、その原義にさかのぼり「メディアに載っかって伝えられる情報の中身」と言い換えただけでは、本質にはたどり着けない。考えを広げようとしても、コンテンツとメディアの境目はどこにあるのか(DVDパッケージのデザインはコンテンツだろうか?)、コンテンツの二次利用によって生み出されたコンテンツはオリジナルとどのように異なるのか(映画『もののけ姫』を利用したフィルムコミックはオリジナルの映画と何が違うのか?)など、次々と疑問が沸き起こってくるだけだ。どうすれば、コンテンツの全体像に迫ることができるのか。

2000年以上も前に、アリストテレスが道すじを示していたと著者はいう。なぜ、アニメや映画はおろか印刷技術すら存在しない、コンテンツに乏しい時代の哲学者の言葉が役に立つのだろう。それは、現代を生きる我々があまりにも多くのコンテンツに囲まれ、コンテンツが当たり前になりすぎているからだ。著者は、「コンテンツが生活のなかでは珍しい貴重なものであった時代の人のほうが、コンテンツとはなにかという本質について、きちんと考えていたのではないか」と説く。

アリストテレスは、『詩学』においてコンテンツはすべて現実世界の再現(模倣)であると喝破する。そして、現実の再現たるコンテンツは、(1)メディア(2)対象(3)方法の3つの点で分類されるという。例えば、コンテンツを載せるメディアや再現の対象が同じでも、再現方法が異なれば別のコンテンツであるということは、何度もリメイク映画が作成される『レ・ミゼラブル』などを考えても明らかだろう。詳細に検証すればするほど、アリストテレスのコンテンツの定義がいかに正確であるかが明らかになってくる。これをベースに著者は、以下のような定義を提案する。

コンテンツとは現実の模倣=シミュレーションである

コンテンツが現実の模倣だとすると、コンテンツの進化とは現実のより忠実な再現、つまり情報量の増加と考えてよいのだろうか?現実世界をそのまま映しだす実写映画の方が、アニメ映画よりも優れたコンテンツなのか?「情報量」という言葉はいかにもアートの世界からは遠い、理系的な概念と思われる。ところが、スタジオジブリでは「このカットは情報量が足りない」といった具合に情報量をめぐる会話が頻繁に行われているように、コンテンツの本質に迫るための重要なキーワードなのだ。

アニメプロデューサー石井朋彦さんは、アニメ業界ではジブリ作品の成功は「情報量の多さ」に因るものだと分析されたため、現代アニメの多くはジブリのように線の多いものになっているという。情報量の多いコンテンツは一度では消化しきれず、触れる度に新たな発見があるので、何度でも楽しむことができるのだ。さらに石井さんは、そもそも「アニメを子どもが好きなのは情報量が少なくて分かりやすいから」であり、ジブリを追いかけて情報量を増やした「いまのアニメは難しすぎて理解できなくなってきた」という矛盾が生じているとも指摘する。情報量が多すぎれば理解されないし、少なすぎれば飽きられてしまうというのなら、コンテンツは情報量をどのように制御すべきなのか。

ここで著者は情報量を、人間の脳が認識可能な「主観的情報量」とコンピュータなどで定量可能な「客観的情報量」に分解する。現代アニメの豊富な「客観的情報量」は小さな子どもには認識できない部分が多く、結果として「主観的情報量」の少ない退屈なコンテンツになっているのかもしれない。無限大の情報量を持つ現実世界を理解するためには、脳が理解しやすいかたちに変換する必要があるのだ。この議論を経て、コンテンツの定義はより精緻となる。

小さな客観的情報量によって大きな主観的情報量を表現したもの

この定義にいたっても、まだ本書の議論は1/3程度を消化したに過ぎない。まだまだコンテンツの定義は洗練されていく。その過程にも、脳神経による情報処理とディーブ・ラーニングの類似性、多様性をもたらすと考えられていたUGCがコンテンツの多様性を減らしてしまう理由、天才を必要としないクリエイティブ方法など、読み逃せないトピックが満載である。コンテンツに囲まれた現代を、より豊かに見る視点を与えてくれる一冊だ。

ピクサー流 創造するちから―小さな可能性から、大きな価値を生み出す方法
作者:エド・キャットムル 著 翻訳:石原薫 訳
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2014-10-03
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 世界を魅了するコンテンツを創造し続けるピクサーは、どのように誕生し、経営されているのか。1人の天才に頼ることなく、圧倒的なコンテンツを出し続けるために、ピクサーの経営にはあらゆる仕組みが盛り込まれている。レビューはこちら 

詩学 (岩波文庫)
作者:アリストテレース 翻訳:岡 道男
出版社:岩波書店
発売日:1997-01-16
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『コンテンツの秘密』でコンテンツの本質に辿り着くために、重要な考え方を示したアリストテレスの古典。文庫サイズで100ページ強の中に、現代でもハッとするような表現が満載である。

風に吹かれて
作者:鈴木 敏夫
出版社:中央公論新社
発売日:2013-08-10
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スタジオジブリプロデューサーである鈴木敏夫さんへのインタビュー集。高村和久に因るレビュー

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