誰も出られず誰も出られない。セイメイハンノウのあるユウキタイにより滅びることが約束された小さな町の話『花井沢町公民館便り』

工藤 啓2015年05月12日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
花井沢町公民館便り(1) (アフタヌーンKC)
作者:ヤマシタ トモコ
出版社:講談社
発売日:2015-03-23
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂
  • HonyzClub

   
セイメイハンノウのあるユウキタイにより孤立した町


「セイメイハンノウのあるユウキタイ」を通さない見えない膜は、シェルターや刑務所に使われる技術だった。2055年5月15日、開発中の事故により、花井沢市花井沢町の一丁目から二丁目あたりが孤立する。

見えない膜は、生き物を通さないため、「中の人間」は「外の人間」と同じ場所、同じ時間を共有するものの、物理的に接触することはできない。誰も出られず、誰も入れない小さな町は、200年ほどで滅びることが約束されている。

給付金や慰謝料で生活する「中の人間」

子どもたちの通う学校の授業は主にインターネットを通じて行われ、仕事も在宅が大半。そのような生活のなか、勉強する理由を見いだせない子どもたちは話す。

「勉強したってさ。どうせうちらずっと中じゃん。大学は通信だし、仕事もほとんど在宅じゃん。てゆーか、給付金とか慰謝料で生活できちゃうじゃん。・・・意味とかあんのかな。勉強したって。うちら」

ニュースでは、しばらくすると給付金が減額される噂がある。ある父親は「この町が全部死ぬまでほとぼりなんかさめないのに」と言う。事故が起こる「前世代」と「後世代」では持っている情報が異なり、現状における世代間の考え方は同じではない。

「勇気」とかあげてないのに、勝手にもらわないでほしい


ある日、人気グループが花井沢町へ慰問コンサートに訪れる。興奮する女の子たちの目と鼻の先でコンサートは行われる。隔てているのは膜一枚。届きそうで届かない。最後の曲の前、グループのひとりがこう語る。

「皆さんのつらいこと、悲しことに負けない姿勢。すばらしいなって、僕らの方が勇気もらっちゃうなって。」

コンサートの帰り道、興奮が沈黙に変わった女の子たち。

「なんか冷めたよね」

「『勇気』とかあげてないのに、勝手にもらわないでほしい」

「あはははは」

と笑いながら涙を流す。

先のない閉ざされたコミュニティに起こることは漫画の世界だけに留まらない


人口が減り、閉ざされたコミュニティ内の人間関係。誰が何をしているかがわかってしまう狭い世界のなかでも人間関係は希薄化していく。多発する泥棒 を捕まえるために町民が力を合わせ、犯人を捕らえる。そして許す。小さな町だからと。しかし、その男の自宅には誹謗中傷の落書きや張り紙、破壊活動が行わ れる。女の子同士の恋愛、ストーキング、「中の人間」であることがバレてしまったネットの人気者、散歩デートで膜と膜の間を往復する男女。

ネットを通じて勉強も買い物もできる。「外の人間」とのコミュニケーションも可能だ。しかし、そこには薄い膜がコミュニティを物理的に分断する。ひ との出入りがないままに人口が減り、使われなくなった家屋が朽ち果てていく。修繕する人間がいなくなっていく。大人と子どもたちの価値観がズレていき、閉 ざされたコミュニティのなかで孤立していく個人。

私たちの世界にセイメイハンノウのあるユウキタイが隔てる物理的な膜はないが、何か膜のようなものに覆われ、膜のようなものが広がっている現実があるかもしれない。

記事へのコメント コメントする »

会員登録いただくと、記事へのコメントを投稿できます。
Twitter、Facebookにも同時に投稿できます。

※ 2014年3月26日以前にHONZ会員へご登録いただいた方も、パスワード登録などがお済みでない方は会員登録(再登録)をお願いします。

コメントの投稿

コメントの書き込みは、会員登録ログインをされてからご利用ください。

» ユーザー名を途中で変更された方へ
 変更後のユーザー名を反映させたい場合は、再度、ログインをお願いします。

HONZ会員登録はこちら

人気記事