『メモリアル病院の5日間』カトリーナの被害がもたらした教訓

峰尾 健一2015年05月17日 印刷向け表示
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メモリアル病院の5日間 生か死か―ハリケーンで破壊された病院に隠された真実
作者:シェリ・フィンク 翻訳:匝瑳 玲子
出版社:KADOKAWA/角川マガジンズ
発売日:2015-04-24
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2005年8月末、巨大ハリケーンのカトリーナがアメリカ南東部を襲い、1800名以上の命が失われた。中でも被害の大きかったルイジアナ州最大の都市ニューオーリンズは、堤防の決壊により市中の8割が水没する壊滅的打撃を受け、死者の大半を出している。

そのニューオーリンズにあるメモリアル病院で、安楽死の疑いがある患者の大量死が発覚し、医師と看護師3人が殺人罪で逮捕された。カトリーナが起こした洪水被害によって設備のほとんどが機能しなくなった病院で、助かる見込みのない患者の避難を断念し、モルヒネなどの薬物で死に至らしめたというのだ。

本書は、亡くなった患者を除く全員が病院から避難するまでの5日間とその後の安楽死裁判の顛末、さらに問題が起きた背景にまで深く踏み込んだ骨太なドキュメントである。医師、看護師、病院スタッフや幹部、患者、家族、政府の役人、倫理学者、弁護士、研究者など数百人を対象に行われたインタビューは合計500回を超す。原著の一部が省かれた抄訳だが、プロローグからエピローグまであわせて500ページ弱と分厚い。

著者は本書の元となった調査報道によって、2010年にピュリッツァー賞を受賞したジャーナリストだ。病棟での刻一刻と移り変わる緊迫した展開から、裁判へと動く弁護側と検察側の駆け引きに至るまでの場面の1つ1つが、まるでその場に居たのかのような細かさで描かれ、臨場感にあふれている。膨大な数の関係者たちがそれぞれどんな状況に置かれ、何を考え、行動したのかという描写も緻密だ。手に汗握る場面と、重く考えさせられる場面が次々と入れ替わり、読んでいて目が離せない。

前半部分では、メモリアル病院が被災した5日間の悲劇について書かれる。ハリケーンで負傷者が出た時に備え、市は病院を避難命令の対象外にしていた。だがニューオーリンズを守る堤防が決壊し洪水に襲われた病院は、2階の予備電源以外の電力系統の大半を失ってしまう。残り僅かとなった電力で200人を超す患者の命をつなぎながら、救助を待つことになったのである。

ハリケーンが過ぎ去った後、水没した町で患者を運ぶにはボートかヘリを使うしかない。一度に避難できる人数は限られている。また、病院内には長時間の搬送に耐えられる保証のない重症患者も少なくなかった。空調が止まり、嵐の後のうだるような蒸し暑さと悪臭、不衛生が蔓延する環境で、従来の医療ケアを受けられない彼らは弱り果てていく。既に死者も出始めていた。

病院は救助によって助かる可能性の極めて低い(と判断した)重症患者を後回しにして、それ以外の患者たちを先に避難させることを決めた。非常時に救助の優先順位をつける、トリアージが実行され、患者に付き添っていた家族や比較的症状の軽い患者から順に次々と病院を脱出していく。しかし避難が進むと同時に、死者もまた1人、また1人と増えていっていた。

電源を喪失し、救助要請もなかなか受け入れられず(病院側が対応できないこともあった)、不眠不休の看護でスタッフは憔悴していく。そして何よりも、患者が苦しみながら死んでいっている。そんな極限状態の果てに、一部の医師や看護師による個人的判断で行われたのが、多量に摂取すると死につながる鎮痛剤などの薬物の投与だった。逮捕された3人の行為はどこまで死に影響したのか? それは殺人なのか? 本書後半では、訴訟から陪審員による判決が下るまでの一部始終と、議論が全米に拡大していく様子が描かれる。

メディアの扇情的な報道や、法廷の内外での争いなど、その後の展開を読むにつれてわだかまりがどんどん膨らんでくる。それは、「もっと備えておくことができたのでは」と思わされる部分があまりにも多いからだ。

ニューオーリンズ市はカトリーナが来る1年前から仮想ハリケーンを想定して対応策の作成に動いていたが、具体的な避難方法を考えられていなかった。メモリアル病院の電気系統が洪水に弱いことは周知の事実だったが、費用がかさむという理由で病院を経営する親会社は改善を渋ってきた。

本書では組織的な怠慢から、個人の判断の誤りまで、疑問の残る部分が逐一指摘される。関係者それぞれに落ち度があり、備えられる余地があった。そして、本書が問う組織的、政治的、倫理的な問題は、いつ我が身に降りかかるか分からない、まったく普遍的なものである。自分ならどうするのか。どう備えておくべきか。読みながら考えずにはいられない。

ただし、あらゆることに万全の準備ができないのも事実。ならばせめて、自分の判断の仕方だけでも考えておくべきだと著者は言う。

結局、災害直後の生死を分けるものは、現場にいる個々人の備えであり、努力であり、意思決定なのだ。

重いプレッシャーのもとでは、どのように行動すればいいかわからなくなりやすい。それでも私たちは少なくとも、自分たちがどのような決断をしたいのか、前もって考えておくことはできるはずだ。
 

聞けばもっともだと感じるこれらのことを、日頃からいかに考えてこなかったか。それが緊急時にどれだけの混乱と被害をもたらすのか。ひどく重い事例を通して、本書は突きつけてくる。

医者は現場でどう考えるか
作者:ジェローム グループマン 翻訳:美沢 惠子
出版社:石風社
発売日:2011-10
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