1968年に学生運動に参加していた若者たちが信じていたのは「共産主義」などという空理空論じゃないよね『漫画家残酷物語』

角野 信彦2015年06月01日 印刷向け表示
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漫画家残酷物語・完全版(1) (その他)
作者:永島慎二
出版社:ジャイブ
発売日:2010-10-30
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虫プロのCOMや青林堂のガロに『火の鳥』や『カムイ伝』が載っていた1968年は大学紛争・新左翼運動がもっとも盛んだった。この時代に、ぼくの好きな永島慎二や宮谷一彦は『青春裁判』や『青春相続人』という、タイトルに「青春」が入っている作品をいくつか描いている。工業化や核家族化が急激に進んでいた時代に、「青春と孤独」というテーマで描かれたマンガの名作は多い。永島慎二の虫プロ版の『青春裁判』(1968年4月刊)のあとがきにこんなことが書いてある。


むかしは、青春は青春そのものとして、共通したことばをもっていた。しかしいまはちがう。青春は個々にひきさかれ、共通の場をもたない。デモ参加の学生たちとフーテンのあいだには、ほとんど紙ひとえの差しかないのに、意識のうえでのちがいは無限にひらいているからだ。孤独というコトバが生まれるのは、そのような状況を意識したときであろう。
 

『青春裁判』というのは反語で、誰も若者の若さゆえの過ちを裁くことは出来ないという意味で使われているのだが、こういう、この時代の大学生によく読まれたマンガを読んでいて思ったのは、新左翼とか全共闘とかいう活動の理論的支柱になったといわれているマルクスの受け入れられ方が、大半の若者にとっては、経済学的な意味ではなかったのではないかということだ。

マルクスを読んでみるとわかるけれども、「近代というシステムによって疎外されていく人間」についての、ある種の癒やしになるような文章が並んでいる。これまたこの時代の学生によく読まれたといわれているサルトルも「人間は自由という刑に処せられている」と言っている。「青春と孤独」というマンガがあったとしたら、このサルトルの言葉は帯コピーにピッタリだ。

共産主義ではなく、疎外という概念に共感していたとしたら、4年生になったとたん運動から離れ、なんの心理的な抵抗もなく資本主義に染まって社会人になっていくことは不思議ではない。1968年に「青春は個々にひきさかれ、共通の場をもたない」と言われた若者たちの青春が、バブルを経て、長期の不況、ネット、スマホときて、砂粒のように極限まで引き裂かれ続けるということをだれも予想できなかった。誰もがなんらかのコミュニティに属し、だれかと「連帯」し、「疎外」から逃れようとしていた。

そんな社会というシステムに「疎外」されていく若者たちが抱いた原初的な当惑がストーリーの端々まで漂っている。そんな時代の気分をとらえた名作が『漫画家残酷物語』だ。このマンガを描いた永島慎二、そのアシスタントだった宮谷一彦の描いた『性蝕記』にも納得。ぼくもその時代にいきていたら、きっとこういうマンガをむさぼり読んだことだろう。

肉弾時代―併録「肉弾人生」嫁売ジャイアンツ篇 (QJマンガ選書 (13))
作者:宮谷 一彦
出版社:太田出版
発売日:1998-07
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宮谷一彦が三島由紀夫を徹底的に細密に書き込んだ、ド迫力の劇画。いしかわじゅんさんや夏目房之介さんの時代のマンガ夜話が取り上げていたこともある名作。

「ガロ」「COM」漫画名作選1 1964-1970
作者:白土 三平
出版社:講談社
発売日:2012-12-07
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「ガロ」「COM」漫画名作選2 1968-1971
作者:池上 遼一
出版社:講談社
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永島慎二や宮谷一彦だけでなく、ガロやCOMに掲載された名作のオムニバス。ちなみに”はっぴいえんど”のセカンドアルバムの見開き、東京オリンピックの前の東京、路面電車がいる風景を描いたのが宮谷一彦だ。”はっぴいえんど”は『漫画家残酷物語』の「お正月」という一話に影響を受けた楽曲も作っている。

赤色エレジー (小学館文庫)
作者:林 静一
出版社:小学館
発売日:2000-07
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タイトルの「赤色」とは、左翼をあらわす「アカ」の意味。このマンガも、「疎外」された若者を描いた名作だと思う。後にあがた森魚が影響を受け、同名の楽曲を発表し、オリコン7位のヒットをとばす。ちなみに”はっぴいえんど”のファーストアルバムの「ゆでめん」のイラストを描いたのは林静一である。きらたかし『赤灯えれじい』のタイトルは、このマンガへのオマージュ。こちらも名作。

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