『なぜ日本人は、一瞬でおつりの計算ができるのか』-本ができるまでのいきさつと、著者の優しさについて 編集者の自腹ワンコイン広告

版元の編集者の皆様2015年06月20日 印刷向け表示
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なぜ日本人は、一瞬でおつりの計算ができるのか
作者:川口マーン惠美
出版社:PHP研究所
発売日:2015-06-04
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本書はドイツ在住30年、『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』(講談社+α新書)などのベストセラーを持つ著者が日独の教育を比較した意欲作である。多作な著者だが、教育について語るのは2007年発刊の『母親に向かない人の子育て術』(文春新書)に次いで2冊目。

その当時10代だった娘さん方はみな成人し、親元を離れた。一区切りついた今、子育て経験を振り返りつつ日独の教育事情を比較する文化論をつづってほしい。そう依頼して出来上がったのが本書である。

川口さんに初めてお目にかかったのは、都内某所のルノアール。「普段はドイツ在住の川口さんが、ちょうど来週まで日本にいる」と聞いて、慌ててご連絡先を入手し、面会の約束を取り付けた。ところがあろうことか、その待ち合わせに私は30分遅刻してしまった。

初対面で、しかも依頼者側の人間が30分遅刻してくるなんて馬鹿な話を聞いたことがあるだろうか。私はない。大変な非礼を、川口さんは快く許してくださった。「企画の方向性には概ね賛成、とにかく書き始めてみます」と、何とか依頼を受けていただいた。即刻お礼と謝罪の手紙を投函した。すると驚いたことに、翌日川口さんからこんなメールをいただいた。

「ハガキありがとうございました。原稿、なんとか書いてみます」

正直なところ、お礼状に返答してくださる方は滅多にいないし、こちらもそのつもりで書いている。それが謝罪の手紙ならなおさらだが……なんと丁寧な方なのだろう! その二日後、川口さんは慌しくドイツへ帰っていかれた。

次にお目にかかったのは、日本料理店だった。年始を日本で過ごすために帰国されていた川口さんは、ドイツの可愛らしいクリスマス菓子をお土産にくださった。美味しい料理も食べ、すっかり気を緩めてしまった私は、つい夫の愚痴を漏らしていた。

「うちの夫は、いっつも引き戸をバーンッて音を立てて閉めるんです。ほんとアメリカ人って、ガサツでやんなっちゃいますよ」我が家も国際結婚。ドイツ人の旦那様と長く暮らしている川口さんなら共感してくださるのではないかと思って口にした言葉に、川口さんはちょっと考え込み、このように答えられた。

「ガサツというのは、違うんじゃないかしら。西洋にはそもそも引き戸がなかったから、音を立てずに閉めるという文化もないのでしょう。反対に日本では、開き戸のマナーがなっていない人が多いじゃない? 次に入る人のために開けて待っているという。でもそれは日本人がガサツなんじゃなくて、開き戸の文化がなかったからよね」その言葉に、目からうろこがぼろんぼろんとはがれ落ちる思いだった。

そう、川口さんはいつもこのように中立だ。『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』『住んでみたヨーロッパ 9勝1敗で日本の勝ち』がベストセラーになっただけに、「ドイツ批判の日本擁護者」と思われることが多くなったらしいが、その評は全くの筋違いである。川口さんほどバランスよく日本と諸外国を眺めている人はなかなかいない。今までの著作がそうだし、今回の本も同様である。

たとえば日独の大きな違いとして、「やり方を徹底的に教える日本と、やり方を考えさせるドイツ」というものを挙げている。日本では小学1年生のうちに100までの数字を習い、その後は九九や数式をたたき込む。一方ドイツの小学校1年生は20までしか習わないが、その代わりひとつひとつの素数について念入りに学習する。どちらがよいかは明言しない。ただ「違い」があることを教えてくれるのが川口さんの筆致である。

もう一つ本書の魅力としては、娘さんたちのエピソードが生き生きと語られていることだ。この三人娘さんたちが、三者三様でたまらなく面白い。たとえば次女のMさんは、まったく勉強をせずに退学を繰り返し、いわゆる問題児となっていた。ところがある日突然「南米に行きたい」と言い出す。

普通なら「そんなことより勉強しろ」とでも言いそうなものだが、川口さんご夫婦は違った。南米の中でも比較的安全だと思われるコスタリカを選んで、「行ってこい」と背中を押したのである。帰ってきたMさんは見違えるように生気に溢れていた。Mさんの南米紀行も必読だ。私はここで、涙がこぼれた。

2ヶ月ほど前、東大秋入学合格者の7割近くが、東大を蹴って外国の有力大に進学したというニュースが報じられた。日本の最難関大が“滑り止め”にされているという事実。「日本の教育はもう終わりだ」「これからは海外だ」と危機感を覚える人も多かったのではないか。

ただ、川口さんは少なくとも「日本の初等教育は世界一だ」と仰る。単なる“日本擁護”ではない。日本とドイツの間に立って中立に物事を見た結果、「日本の初等教育は優れている」と結論付けられたのである。では、具体的にどんな部分が世界一なのか?それはぜひ本書を読んでいただきたい。 

大井美紗子 PHP研究所 人生教養出版部
2010年新卒入社以来ずっと単行本の編集者。育児書、レシピ、語学書、グルメガイド、自己啓発書など多種多様なジャンルの本を制作。つい最近、担当書『勉強嫌いほどハマる勉強法』(宝槻泰伸)に2刷がかかって嬉しい限り。
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