『ホワット・イフ? 野球のボールを光速で投げたらどうなるか』 訳者あとがき&内容の一部紹介

早川書房2015年06月23日 印刷向け表示
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質問. 光速の90パーセントの速さで投げられた野球のボールを打とうとしたら、どんなことが起こりますか?

──エレン・マクマニス

どうやってそんなスピードの球を投げるかという問題はわきに置いておくことにしよう。ピッチャーは普通にボールを投げるとし、ピッチャーの手から離れた瞬間、ボールは何か摩訶不思議な手段で0.9c(cは光速度)まで加速するものとしよう。それ以降は、すべては普通の物理学にしたがって進む。

.結論からすると、「いろいろなこと」が起こるというのが答だ。そして、すべては極めて短時間に起こり、バッターには(そしてピッチャーにも)気の毒な結果になる。この質問に取り組むに当たり私は、物理の本数冊、名投手ノーラン・ライアンのアクションフィギュア1体、核実験の動画多数を準備し、すべてを明らかにしようとがんばった。ここに、1ナノ秒ごとに何が起こるかを検討して、私が推測しえた最も確かな結果をご紹介する。

ボールが極めて高速なので、それ以外のものは事実上静止していると見なせるだろう。空気中の分子さえもがじっとしているはずだ。空気の分子は時速数千キロの速さで振動しているだろうが、ボールは時速約10億キロで飛んでいる。したがって、ボールにとっては、空気分子など停止しているのと同じだろう。

ここでは空気力学の考え方はまったく使えない。空気中を何かが運動している場合、空気はその物体を避けるようにして、その周囲をぐるりと回って流れるのが普通だ。しかし、このボールの前にある空気分子には、わきへよける時間がない。ボールは分子に激突し、空気分子はボールの表面の分子と核融合するだろう。衝突のたびに大量のガンマ線が放射され、核融合によって生じた粒子が周囲に散乱されるだろう。(※)

ガンマ線も核融合生成物の破片も、ピッチャー・マウンドを中心に、球形に広がっていく。巨大な泡のように。ガンマ線と核融合生成物は、空気中の分子の原子核から電子を奪い去り、空気分子をずたずたに破壊しはじめる。球場内の空気は高温のプラズマと化し、膨張する。この「ガンマ線+核生成物」の球の表面は、ボールそのものよりもほんの少しだけ先に、光速に近いスピードでバッターに近づく。

ボールの前で核融合が起こりつづけるので、ボールは押し戻され、スピードが落ちる。まるで、エンジンを稼働させた状態で逆向きに飛んでいるロケットだ。だが残念ながら、ボールの速度があまりに大きいため、この熱核融合でものすごい力が生じても、ボールはたいして減速しない。とはいえ、やがてボールの表面はむしばまれはじめ、ボールの超微小片が四方八方に吹き飛ばされる。この超微小片は超高速で飛び散っているので、空気分子とぶつかると、あらたに核融合のプロセスが2つ3つ引き起こされる。

約70ナノ秒後、ボールはホームベースに到着する。このときバッターには、ピッチャーがボールから手を離すところすらまだ見えていない。なぜなら、この情報を運んでいる光は、ボールとほぼ同時に到着するはずだからだ。空気との衝突で、ボールはほとんどあとかたもなくなっているだろうし、先ほどまで泡状だった膨張するプラズマの雲(主に炭素、酸素、水素、窒素からなる)は、先端が尖った細長い弾丸形になって空気中を突進し、進みながらどんどん核融合を引き起こしているだろう。一番外側のX線の層が最初にバッターにぶつかり、続いて数ナノ秒後、核生成物微粒子の雲がぶつかるだろう。

ホームベースに到達するころ、プラズマ雲の中心は依然として光速にかなり近い速度で運動している。最初にバットにぶつかり、続いて、バッター、ベース、キャッチャーが巻き込まれ、それらはすべて崩壊して微粒子となって、バックネットをすり抜けてグラウンドの外へ飛び去る。最外殻のX線層と超高温のプラズマは外側へ、かつ上側へと膨張し、バックネット、両チーム、観客席、そして近隣を飲み込んでいく。ここまでが最初の1マイクロ秒に起こる。

あなたは町はずれの丘の上から様子を見ているとしよう。最初に見えるのは、太陽よりはるかに明るい、目もくらむような光だ。この光は2、3秒で弱まり、次に火の玉が膨張したかと思うと、やがてキノコ雲になって空高く伸びていく。そして、轟音とともに爆発が起こり、木々はずたずたに引き裂かれ、家屋は粉々に破壊される。

球場の1.5キロ以内にあるものはすべて潰え去り、周辺の市街地全体が猛火に包まれる。球場のダイヤモンドだった場所はいまや、かつてバックネットがあったところより数十メートルから100メートルほど外の地点を中心とする、巨大なクレーターとなっている。

メジャーリーグ・ベースボール規則6.08(b)によれば、この状況では、バッターは「死球」を受けたと判断され、1塁に進むことができるはずだ。

(※) この文章を最初に公表したあと、MITの物理学者であるハンス・リンダークネヒトが、 自分のラボでこのシナリオをシミュレーションしてみたと言ってきた。 彼によれば、 投球直後は空気分子の速度が速くてボールをよけていってしまうために核融合が起こるには至らず、 上で書かれているよりも時間をかけて、均一に温度上昇が起こる。

ホワット・イフ?:野球のボールを光速で投げたらどうなるか
作者:ランドール・ マンロー 翻訳:吉田 三知世
出版社:早川書房
発売日:2015-06-24
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