「こじらせ女子」の究極形態。可愛くないヒロインは欲望のままに。『きみが心に棲みついた』

園田 菜々2015年06月30日 印刷向け表示
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きみが心に棲みついた(1) (KCデラックス Kiss)
作者:天堂 きりん
出版社:講談社
発売日:2012-01-13
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 可愛くないヒロインのもつ魔性の力とは

「愛されるよりも愛したい。マジで」

かつて某男性アイドルは言いました。
女性は(というか私は)半狂乱して、その言葉に酔いしれました。
容姿端麗な彼らに理屈抜きで愛される、なんて幸せなのだろう。
アイドルはドリーマー。夢を見させてくれる。美しい夢です。

美しい夢に心を虜にされた者は、時にその夢の美しさと、現実の理不尽さに、心を歪ませます。なんだか最近、世に「こじらせ女子」が増えました。
自分の女性としての魅力に自信がないために内向的になってしまう、もてない女子の代名詞のように使われ、自称他称含めて、ネットを開けば数多の「こじらせ女子」が現れます。
しかし、どこか違和感を感じてしまう。

生まれて24年ほどたちますが、未だに容姿のコンプレックスに苦しみ、そのくせイケメンが好きですから理想は高いまま。大してモテた記憶もなく、仕事がある平日の夜は、帰りに買った大量のマンガを読みそのまま寝るだけの生活が続く今日この頃。
私もそんな「モテ」とは程遠い生活を続けているからでしょうか。何だか厳しくなってしまうんですね、「こじらせ女子」を名乗る女性に対する視線が。
そして、ある日いつものように買った漫画を読みながらゴロゴロとしていたときにハッと気づかされたのです。

このヒロイン、可愛い。フツーに。

モテない地味なヒロインが主人公である少女漫画だと聞いて読んでいたはずなのに、気がつくとヒロインの一挙一動が可愛く見える。というか、どう見ても可愛い。顔も可愛い。反応も可愛い。考えていることもピュアで可愛い。

フツーに可愛い女の子が、見目麗しいイケメンに愛されるというストーリーにしか見えないわけです。設定は「顔もフツーで可愛げがないんです」とか「この子、地味なんです」とか言っていても、今までどれだけもてない自分を分析してきたと思っているのですか。この主人公達はもてますよ、可愛いもの。この可愛さを基準にしてしまったら、世の「リアル可愛くない女子」はどうすればいいんですか。可愛くなきゃモテないまま死ぬしかないんかい。

なんてケチをつけつつも、やっぱり心は飢えてますから、「ときめきを、潤いを」と、性懲りも無く少女漫画をむさぼり読んでいたら、ある日突然出会ってしまったのです。
とてつもなく、本当に、驚くほどに、可愛くない主人公。
思わず口をついて出ました。

「ああ、さすがにこの主人公は無理だ、もてない」
それが、天童きりん著「きみが心に棲みついた」の小川今日子でした。


「もてない」とはいいつつも、キョドコに一切の魅力がないのかというと、そういうわけではありません。むしろ、このマンガにおける最大の恐ろしさ(いい意味で)は、キョドコの魅力にある、と言い切ってもいいかもしれません。周囲の人々は彼女の挙動不審な姿にイライラしながらも、なぜかいつも世話を焼いてしまう。期待してしまう。もうこりごりだと思いながら、完全に彼女を忘れ去ることができない。

恋愛面ではなかなか報われないキョドコですが、周りの人々を振り回すその力は、ある種魔性の女であると言ってもいいでしょう。
彼女の、人を引きつけて離さない不思議な魅力は、一体どこから生まれるのでしょうか。

[きみが心に棲みついた (KCデラックス Kiss)]
 

ヒロインが挙動不審すぎる

小川今日子。挙動不審ですぐにてんぱり、同級生や母親から疎ましがられ、いつもキョドキョドと何かに怯えて、ついたあだ名が「キョドコ」。28歳、独身、彼氏いない歴=年齢。

設定はどこかで見たことがある気もしなくもない、いわゆる少女漫画に多い、パッとしない主人公です。ところが、表紙のキョドコったら、可愛いんですよ。普段の私であれば、この時点で絶望し「やっぱり見た目かい!可愛くなきゃもてることも許されないのかい!」と漫画を放り、泣きながら布団にダイブしているところです。

[きみが心に棲みついた (KCデラックス Kiss)]

でも不思議なんです。一旦読み始めたら誰しもが思うでしょう。

「なんて可愛くない子なのだろう」
そう、誰しもがイライラとしながら言うのです。
「こいつはモテない」

とりあえず、その中尾巻きをやめろ

[きみが心に棲みついた (KCデラックス Kiss)]

気持ちが落ち着くからといった理由でスカーフをねじり正面に垂らしているキョドコ。
そうなのです、この通称「中尾巻き」が、まず途方もなく可愛くないのです。
「なんでこのサラダにレーズン入れちゃったの?」とか、「なんでこのふんわりシフォンワンピースの袖がスタッズだらけなの?」とか、日々「これがなかったら、美味しいのに(買うのに)!」なんてもどかしくイラついてしまう感覚。この中尾巻きを見るたびに、あの感覚が蘇り、身もだえしてしまう。

[きみが心に棲みついた (KCデラックス Kiss)]

おまけに、彼女はひたすらそれをねじねじしてるわけですから、読んでいる方としては、ただもだもだしながらも、傍観しているわけしかないわけです。
それがなかったら、まだちょっとは可愛いんじゃないの?と少しイライラしながら。

[きみが心に棲みついた (KCデラックス Kiss)]

常軌を逸する挙動に、周囲のイライラ指数は急上昇

「この子、何か変…」ほぼ全ての読者がキョドコに対して抱く感想でしょう。オドオドしていて人目ばかり気にしているかと思えば、突然思いもしない行動に出ます。
自信がないはずなのに、どこか自分を律せず猛進してしまう。合コンで初めて会った漫画編集者の吉崎さんに、痛い指摘を受けたキョドコは、吉崎さんに心惹かれます、そして何故かこのような告白の仕方につながり、吉崎さんはドン引きして去っていくわけです。

 

[きみが心に棲みついた (KCデラックス Kiss)]

当たり前です。初対面の人にこんな切羽詰まって告白されたら、誰だって引きます。
挙動不審で浮き沈みの激しいキョドコは、それを隠すことをしません(できません)。そのため、周囲の人々はキョドコの脈略のない行動や感情の起伏に振り回され、イライラしてしまうのです。それでも、不思議ですね。吉崎さんを含め、周囲の人々はキョドコにイライラしながらも、完全には見限らない。失望しながらも、なぜだか気になってしまうのです。

[きみが心に棲みついた (KCデラックス Kiss)]
 

こじらせの元凶「星名さん」

キョドコの挙動不審は、その彼女の生来の性質に加えて、大学時代にお散歩サークルで知り合った星名さんが加速させたといってもいいでしょう。

タイトル「君が心に棲みついた」とあるように、キョドコはかつて星名さんに優しくしてもらっていた思い出から、心が囚われたままです。そして、キョドコの心に棲みついた星名さんは、執拗にキョドコの心を揺り動かし、振り回します。
誰しも自分が弱っているときに、優しく抱きしめて話を聞いてくれる男性がいたら、そりゃあ心をがっしりと掴まれてしまうだろうなとも思います。

星名さんは、キョドコが自分の悲しみを吐露することのできる唯一の存在でした。しかし、ある日をきっかけに、星名さんはキョドコに対しての優しさを見せることはなくなり、そしてまた、キョドコも星名さんの前から姿を消します。

完全に忘れられないまでも、吉崎さんとの出会いなどから、少しずつ心が自由になっていくキョドコ。
しかし、突如星名さんがキョドコの勤めている下着メーカーにMDとして現れたことにより、再び彼女の心は自由を失い迷走していくこととなります。

[きみが心に棲みついた (KCデラックス Kiss)]

星名さんはキョドコを逃がしません。涙を流すキョドコを抱きしめたかと思えば、次の瞬間にはひどい仕打ちで突き放す。キョドコは星名さんの脈略のない行動に一喜一憂するばかりです。
なぜ星名さんは、これほどまでにキョドコに執着するのでしょう。その謎はまだ解き明かされていません。仕事でもプライベートでも、彼はキョドコの前に現れて、その呪縛の紐をゆるめようとはしないのです。そして、キョドコも星名さんに心を囚われていることを良しとしてしまっている。

ああ、でも。お願いだから星名さんの呪縛から解放されてくれ、と願わずにはいられない。星名さんに恋をし続ける限り、あなたの幸せは訪れないのだと。
でも、彼女は何を言われても耳を貸さないでしょう。彼女は台風のようにただひたすら進んでいきます。もどかしい思いを感じさせられながらも、私たちはただ彼女の行くすえを見守ることしかできないのです。

心に棲みつかれているのは一体誰なのだろう

「そんなにイライラするのなら、見限ってしまえばいいのに!」とキョドコに振り回される人々を見ながらつい叫び、ふと、気づくことがあるのです。
では、私はなぜこの漫画を閉じずにいるのだろう、と。
こんなに可愛くなくて、性格がいいわけでもない、おまけに共感のひとつもすることができない。このヒロインに本当に愛想をつかしているのなら、漫画を閉じて放ってしまえばいいわけです。

しかし、できない。吉崎さん同様、心底愛想をつかしながらも、完全に見限ることができないのです。もしかして、と思います。キョドコが心を星名さんに囚われてしまったように、吉崎さん始め彼女の周囲の人間や、読者である私の心は、キョドコという存在に囚われてしまったのではないだろうか、と。

いや、むしろ、星名さんの異常な執着も、キョドコに心を囚われてしまっているからこその依存なのではないだろうか、とも思えてくるのです。
これほどのイケメンでありながら、挙動不審なキョドコに見せる以上な執着は、一体何なのでしょう。段々と明らかになる彼の過去が、少しずつ彼の歪みの原因を紐解いていきますが、肝心の彼のキョドコに対する執着は、未だ謎の部分を多く残しています。

[きみが心に棲みついた (KCデラックス Kiss)]

「あなたにはがっかりした」と言ってしまうのは、心のどこかでキョドコに何かを期待していたという事実の裏返しでもあります。
キョドコの予測不能な感情に振り回されながらも、離れることができない全ての人々の心に、キョドコは棲みついている、とも言えてしまうのです。

正直者はなぜこんなにも人を惹きつけて離さないのか

彼女の、人目を気にしているようで、予測不能な言動や挙動ばかりする様に、ふとした瞬間気づくのです。
「あ、このひと、全然周りが見えていないのだ」、と。
吉崎さんに対する突拍子もない行動も、全てはキョドコにとって「自分がしたいと思ったから」こその行動です。

[きみが心に棲みついた (KCデラックス Kiss)]

すぐにテンパり挙動不審になるキョドコは、実は恐ろしいほどに、「自分の欲望に忠実な女性」であったのです。
「もっと他のひとと同じようにすればいいのに!」というもどかしさや苛立ちは、回り回って、自分に正直でい続けることができない自分に返ってきます。自分に正直であり続けるって、実はすごく強くて勇気のいるものなのだと、思うわけです。

そして、キョドコを見ていると、自分の欲望に忠実であるということは、それだけで凄まじい魅力なのだということに気付かされます。みんな自分に正直に生きていると思っているようで、実はぜんぜん正直ではなかったり、自由だと思っているようで実はすごく閉塞感を感じていたり、キョドコに感じるもどかしさは、みんなができることをできないキョドコに対してじゃなくて、私にはできないことをできてるキョドコに対する嫉妬なのではないかと思えるほどに。
いつの間にかキョドコの魔性の魅力に振り回されていることに気付きながら、やっぱり、キョドコは可愛くないですから、不思議と不幸には感じません。

むしろ可愛くなくても、人の心を虜にするキョドコにちょっと、希望を感じてしまうほどです。
そして、だから、私も正直に生きよう、と心に誓ってみます。
「こじらせ女子」と見せかけた「猪突猛進女子」のキョドコは、ある意味嘘がなくて誠実です。
そして「こじらせ女子」の可愛さは、人目を気にするあまりに醸し出されるものであるのだとしたら、ずいぶんと皮肉なものだなあと思うのです。キョドコの方が、「モテない」という点では潔いのかもしれない。

彼女のように、人からどう思われても欲望に忠実に生きるの、と強く心に決め、関ジャニのライブDVDを見て頬を染めつつ、スナック菓子をむさぼる深夜2時半の丑三つ時なのでした。

恋愛アナグラム (FEEL COMICS)
作者:天堂きりん
出版社:祥伝社
発売日:2008-06-07
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