ジブリのファンタジー好きなら見逃せない。現実から少し離れ、何度でも浸りたくなる世界観をもつ作品『赤髪の白雪姫』

東海林 真之2015年07月01日 印刷向け表示
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私たちには、現実を忘れたい瞬間が必ず訪れる。
そんな時、いったいどうすればいいのだろうか?

もしも今、つらい気持ちに追い込まれている人が身近にいたならば、僕はファンタジー作品を手渡したい。ファンタジーの需要は、古来から、人の気持ちの逃げ場にあるのだと思う。

では、どんなファンタジー作品がいいだろうか?

冒険心をかき立てるヒロイック・ファンタジーもいい。もしかしたら、不条理な世界観に重きを置くダーク・ファンタジーが合うかもしれない。けれどもやはり、スタジオジブリ作品のような、「何度でも見返し、浸りたくなる作品」を選んでみたい。

そして今、選ぶとするならば。
そんな「浸りたくなる」作品のひとつ『赤髪の白雪姫』を薦めたい。

赤髪の白雪姫1 (花とゆめCOMICS)
作者:あきづき 空太
出版社:白泉社
発売日:2007-12-05
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  • 紀伊國屋書店
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※白泉社作品は7/31まで一部電子書籍ストアで最大30%OFFで買えるようです(追記)

『赤髪の白雪姫』は、ジブリのファンタジー作や上橋菜穂子さんの『守り人』シリーズなど、「浸りたくなる」世界観をもった作品が好きな人ならば、自信をもってお薦めできる作品だ。本作が初の連載作である新人作家さん*とは思えないほどである。
*とはいえ2006年から連載は続いているので、もはや新人といっては失礼かもしれないが。

そもそもファンタジー作品は異世界や非日常が舞台なので、気持ちの逃げ場として浸りたくなるものが主である。それはそうだと思うのだが、「何度でも見返し」たくなる作品となると、その他の作品とはひと味違うものがある。

以前、芥川賞作家の平野啓一郎氏が「ページをめくる手が止まらない作品よりも、読み終わるのが惜しくてページをめくりたくない(けれど読み進めてしまう)作品を作りたくなった」と言っていたことがあるが、後者のような作品はどうしても数が少ないのだ。

作品の良さを味わってもらうためには、なにより実際「浸ってもらう」のが一番だろう。本当を言えば、とにかく今1巻読んでみていただきたい。だからここからは、蛇足である。蛇足を承知で、浸りたくなる世界観の魅力を語ってみようと思う。
 

「空気」の描きかたの秀逸さ

まず特筆すべきなのは、この著者の描写力である。
たとえば12巻では、戴冠式の様子と登場する10人弱の登場人物それぞれの心情を、約8ページ絵"だけ"で描いていたりする。

出所:あきづき空太『赤髪の白雪姫』 12巻

さすがにこのシーンは例外だとしても、セリフを最小限にし、表情や人物の距離感の描写から人物の気持ちを読ませる力がすばらしい。どうしても説明が過多な作品では「読み込んでいる」意識になってしまうのだが、本作は描写によって登場人物の心理を読ませるので、あたかも自分が世界の中にいて人々や情景を見まわしている、そんな感覚になるのだ。

世界描写のリアリティ

次に注目したいのが、世界観の描き方である。

文化人類学者にしてマンガ家の都留泰作氏が『<面白さ>の研究』という本で、上橋菜穂子さん作品の魅力を語っていた。それは、人間的現実を自然にファンタジーの要素と結び付けられている点だという。例として挙げられていたのが、「調理」という具体的な行動と体験に依存した描写である。サンガ牛とかガンラのタレとか、名前もよく分からない食材が作品には登場しているのに、それが妙に美味しそうに思えてくるというのだ(以下、引用)。

(略)母はエリンの髪の毛をくしゃくしゃっとなでると、すっと手を放した。
 「さ、猪肉を甕(かめ)からとりだしておいで」
 エリンが甕から猪肉をとりだして、味噌を落としているあいだに、母は、甕の灰を分けて、その上に大きなラコス(甘い実のなる木)の葉を広げた。
 エリンは目を丸くして、ラコスの葉を見た。
 「なにしてるの?」
 母は笑った。
 「まぁ、見ててごらん」
 母は猪肉の塊を受けとると、それをラコスの葉の上に並べ、ラコスの実の甘い果肉をむしって、その上にのせた。そして、トイ(辛みをつけた味つけ味噌)をすこしその上に垂らしてから、手早く肉や果肉を包みこむようにして葉っぱを閉じ、上に熱い灰をかぶせた。
 ずいぶんたって、エリンが空腹に耐えられなくなったころ、母はようやく葉っぱの包みを灰からとりだして、素焼きの大皿に移した。
 葉っぱをあけると、ふわっと蒸気とともに、甘く香ばしい匂いが立ちのぼった。
 「うわあ……」
 蒸し焼きになった猪肉はやわらかく、とろとろになったラコスの甘い果肉と、トイの辛みとが染みこんでいた。噛みしめると、濃厚な旨みが口いっぱいに広がった。

 (上橋菜穂子『獣の奏者 Ⅰ闘蛇編』)

そんな上橋菜穂子作品と同様に、『赤髪の白雪姫』もファンタジーの世界へと自然に読者を誘いこむ。 例えば11巻にある「薬室長のために体を癒すお茶をつくる」シーンでは、体力回復にいいルコの実やシュリアの花の氷砂糖などを混ぜ、薬膳茶をつくっている。セツカの皮の風味が強すぎるので、セツカの実の蜂蜜漬けをいれて出来あがったお茶。おいしそうで、飲んでみたい。

出所:あきづき空太『赤髪の白雪姫』 11巻

小説の描写方法とはまた違い、マンガならではの描写力がひと味もふた味も加えていることは、注目したい。

登場人物の生き様のリアリティ

さて、作品の舞台はクラリネス王国を中心とした、架空の世界である。しかもタイトルのとおり「白雪姫」をモチーフとしているのだが、そこに描かれる恋愛模様は、「守られるお姫さま」ではない。まったく違う。

出会った白雪に好意を寄せつつも、王子ゼンは言う。

「それが(筆者注:2人が出会い関わりをもったことが) この場限りの毒か これからのつながりか おまえが決めればいい」
「当然! 俺だって自分の運命は自分で決めてる」
「決めて その道に進めるか否かは自分次第だろ」

出所:あきづき空太『赤髪の白雪姫』 1巻

この会話のやりとり。突き放している訳ではなく、愛情があるからこそ、また相手を対等に想い信頼しているからこそ、意思を尊重する。なんとも現代的な会話ではないだろうか。

その後の展開も現代的だ。
庶民と王族という身分差がある二人だが、乗り越えるために白雪は、自分が持つ薬剤師の資格を活かそうと考える。庶民の自分が堂々と王宮にいられるようにと考え、宮廷薬剤師の試験を受け、合格する。宮廷薬剤師として働くことで、能力を発揮し、徐々に自分の存在意義を周囲にも理解させていくのだ。

最新刊ではなんと、宮廷薬剤師としての能力が買われたがゆえに転任が決まってしまい、2年間の遠距離恋愛になるという展開・・。あれ、これ、ファンタジーだよね?
それがしっかりとファンタジーでいて、浸れてしまうから、不思議なのである。

出所:あきづき空太『赤髪の白雪姫』 13巻
 

美しく勇気づけられる言葉づかい

最後に、印象に残るセリフまわしも、魅力として記しておきたい。

「敵を見抜く事に囚われるより まず 誰が味方か知る事です」
(ミツヒデ)
「今(わたしに)出来る一番必要なことをやるよ」(白雪)
「簡単なわけあるか、信じるからな 俺は 自分の目と味方の目と、ついでにお前をだ」(ゼン)
「約束されていないから そうありたいと望むんだ だから人は動く」(ゼン)

・・・などなど。

とまぁここまで書いてはみたものの、やはり百聞は一見に如かず。
この絵の力と言葉の力による「何度でも見返し、浸りたくなる」引力は、実際に体験してみていただきたい。
 

赤髪の白雪姫1 (花とゆめCOMICS)
作者:あきづき 空太
出版社:白泉社
発売日:2007-12-05
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なお、ファンタジー世界ではなく、現実世界を描いた、同作者の作品はこちら『青春攻略本』。全2巻でさくっと楽しめる、青春マンガ。ジブリの映画『耳をすませば』 が好きな人などには、ぴったりな作品だと思う。

青春攻略本 第1巻 (花とゆめCOMICS)
作者:あきづき 空太
出版社:白泉社
発売日:2009-12-04
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そして最後に、参考文献。
上述した、文化人類学者 兼 マンガ家の都留泰作氏による新書『<面白さ>の研究』である。なお、このマンガ家の作品の魅力は、苅田による2つのレビューが詳しいので、興味ある人はぜひ。
沖縄の海を舞台にした大人向けSF『ナチュン』
ちょっと怖い。エロい。壮大なスケール。大人の亜熱帯SF『ムシヌユン』

(面白さ)の研究  世界観エンタメはなぜブームを生むのか (角川新書)
作者:都留 泰作
出版社:KADOKAWA/角川書店
発売日:2015-05-10
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