『権力の終焉』が、競争のルールを書き換える

内藤 順2015年07月21日 印刷向け表示
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権力の終焉
作者:モイセス・ナイム 翻訳:加藤 万里子
出版社:日経BP社
発売日:2015-07-17
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国民国家システムは終焉を迎えつつあり、国家権力は衰退していると多くの書籍は言う。その一方で新聞やネットには、強行採決、右傾化というキーワードが飛び交う。

資本主義システムでは経済の格差が広がる一方であることが示される傍らで、政治権力における格差の縮小傾向を示す様々な出来事も起こっている。

これらは一体何を意味するのだろうか? スマホやソーシャルメディアといったITの進化によって、権力が大きなものから小さなものへとシフトする。それ自体は、疑いの余地もないことである。だがそれだけで全てを片付けるのは、少し部分的で表面的であるのかもしれない。

権力とは、ほかの集団や個人の現在または将来の行動を命令したり、阻んだりする能力のことを指す。誰だって権力を手中に収め、世界を思うがままにしてみたいと願望はあるだろう。しかし、苦労して権力を手にしたところで、その力を行使できる範囲は限定的なものなっているーーそんな時代を迎えつつあるとしたら...。権力をとりまく競争がゼロサム・ゲームどころか、総量が減少しているのであれば、戦い方のルールも変わっていく。

ITの進化によって、パワーはシフトする。そのような単純化された定説を、本書はさらに一歩掘り下げて、シフトではなく終焉、ITは原因ではなくプロセスという観点から、権力そのものの衰退とその影響の輪郭を描き出していく。

著者のモイセス・ナイムは、ベネズエラ開発相、世界銀行理事などの経歴を持つ人物。主要経済閣僚の一人として強大な権力を手にしていた時、周囲が認識する彼の権力と実際の権力の間にきわめて大きな隔たりがあることに悩まされていたという。

権力の変革とは、全体的で複雑なものである。その中で権力者が力を使える方法はこれまで以上に制約され、権力そのものが衰えつつあるのだ。21世紀の今、力は手に入れやすく、使いづらい。それならば権力の劣化は、世界をどのように変えていくのだろうか。

アメリカ企業CEOの平均在任期間は10年から6年までに下がった。非対称戦争において小規模軍事力が大規模軍事力に戦争で勝つ割合は12%から55%に急増した。1978年に88人しかいなかったチェスのグランドマスターは、今や1200人強も存在する。

また、アメリカでは小規模財団の参入により、寄付が世界銀行の年間融資額の1.5倍にまで達した。1977年に専制君主が支配する国は世界に87あったが、2011年には22カ国にまで現象している。権力は拡散しつつあり、長い伝統を持つ大きなプレーヤーが、より新しい小さなプレーヤーたちから挑戦を受けることを余儀なくされているのだ。

そもそも権力をどのように因数分解するのか。これを物理的な力、規範、売り込み、報酬という4つの経路に分解するところから本書の分析は始まる。そしてそれぞれの領域において、3つのMと呼ばれる革命的な変化を掛け合わせる。それがMore(豊かさ)革命、Mobility(移動)革命、Mentality(意識)革命。

このシンプルなマトリクス一枚で、権力のメカニズムの全容を言い表せている点こそが、本書の白眉と言えるだろう。これまでには、権力を守るためのさまざまな障壁が存在した。More革命はそれらを数で圧倒しようとし、Mobility革命は障壁を迂回し、Mentality革命は、障壁そのものの効果をなくす働きがあるのだ。

そしてその実態を、宗教、慈善事業、メディアといった様々な分野の動きをつぶさに検証することで、裏付けていく。私達の魂と心と脳をめうぐる対立と競争の舞台から見えるくるのは、新しい勢力が拡大しているだけでなく、分裂と分極化も進行しており、その現象があらゆるレベルで社会を作り替えていたのだ。

これをポジティブ一辺倒で片付けない点も、好感の持てるところである。著者は、権力の衰退が社会に利益と損失のどちらをより多くもたらすのだろうか? と投げかける。提示されるリスクは、無秩序、熟練の解体と知識の喪失、社会運動の陳腐化、集中力の持続時間の短縮、疎外感と様々である。とりわけ詳しく言及されている「内部からくる疎外感」については、今年に入ってから引き起こされた様々な事件を顧みれば、俄然説得力をもってくる。

原書『The End of Power』はマーク・ザッカーバーグが2015年の挑戦として始めた「A Year of Books」において最初に選ばれた記念すべき作品でもある。紹介されるや否やわずか3時間ほどで、ペーパーバック版が売り切れてしまったという。

We’re kicking off our Q&A now with Moisés Naím, author of The End of Power. To ask a question, please comment below....

Posted by A Year of Books on Tuesday, January 13, 2015

これをマーク・ザッカーバーグがどのように読んだかという点についても、興味は尽きない。自分自身を終焉を迎えつつあるメガプレーヤーの一員として読んだのか、それともネットの世界を変革していったマイクロパワーズの代表格になぞらえていたのか。そんなザッカーバーグ目線も、気になる所である。

いずれにせよ、本書のスコープに則れば、「混迷極める」と表現される出来事のディテールが見えてくることだろう。冒頭の疑問は、限りある権力という資源を巡り競争が激化しているという構図に見えるし、経済と政治における格差の違いは、破壊的なイノベーションが訪れた業界と未だ訪れぬ業界との差に起因しているのかもしれない。

やがて訪れるであろう、抜本的なイノベーションが政治を覆い尽くしたとき、権力そのものがどのような変容を遂げるのか。新たな世界システムを占ううえでの、大きな手掛かりになるであろうスケール感溢れる一冊だ。

無人暗殺機 ドローンの誕生
作者:リチャード ウィッテル 翻訳:赤根 洋子
出版社:文藝春秋
発売日:2015-02-21
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作者:ロレッタ ナポリオーニ 翻訳:村井 章子
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作者:マイケル ルイス 翻訳:東江 一紀
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