シベリア抑留 未来というものが真っ黒に塗りつぶされるような果てしない絶望 『凍りの掌』

佐藤 樹里2015年08月14日 印刷向け表示
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マンガHONZ編集部の佐藤樹里です。2015年夏。梅雨明けと共に暑い日がしばらく続いて、ちょっと前まで涼しかったのに、現在エアコンはフル稼働で、外出時にコンビニや自販機で飲み物を買う機会も多くなりました。暑ければエアコン。こまめな水分補給。足りない栄養はサプリメントで補給したりして、私達は日々の暑さをなんとか踏ん張り、仕事をしています。

70年前の夏、日本は終戦を迎えました。この夏から、地獄のような日々を送った50万人を超える日本人がいました。これは食べたいものも一切食べられず、暖かい寝床もなく、マイナス30度を下回る環境で過酷な強制労働を強いられた日本人の話です。

この物語を読むと、人間が生きる気力を持ち続けるというのは、じつは大変難しいということがわかります。終わりが見えないと、人は地獄に耐えられません。そんな人間の弱さをこのマンガは繰り返し描いています。永遠に続くと思えるような、シベリアの寒さ、強制労働、餓えを乗り越えた人間は、その「無限地獄」にどう対処したのでしょうか。

ソ連侵攻 シベリア抑留

昭和20年8月、ソ連は日ソ中立条約を破棄し、満洲国へ侵攻します。関東軍は満州国のほとんどを放棄し、8月15日の終戦を迎えます。関東軍はまたたくまに武装解除され、日本兵が残りました。

 

この作品は作者の「おざわゆき」さんが父親の体験を元にマンガにしたシベリア抑留記です。本人もまえがきにはこう記してあります。

これから始まる物語は、私の父が昔体験した事を元に描いています。物語として成立させるために、ある程度の肉付けはしていますが、ベースは父の身に実際に起こった話ばかりです。

今から70年前、シベリアの地で19歳の父は恐怖の淵を覗きました。これはシベリア抑留によって人生が変わってしまった若者たちの物語です。                 『凍りの掌』おざわゆき

「ヤポンスキー・ダモイ」ソ連兵から言われ続けた言葉

「ヤポンスキー・ダモイ」日本人の帰還を意味する言葉を、ソ連兵は何度も口にしたといいます。当時スターリン体制化のソ連は物資が不足していました。スターリンは日本人捕虜を50万人選出し、物資が埋まっている極東シベリアの環境下で労働させる文書に署名したのです。

日本兵たちは祖国に帰ることを信じて移動します。しかし連れて行かれたのは、日本に繋がる海ではありませんでした。

シベリア抑留という言葉が定着していますが、収容所は北朝鮮から西はウクライナ、バルト三国までのソ連勢力範囲に広がってありました。

 絶望の入り口に飲み込まれたこの物語の日本兵たちが連れて行かれたのは「ギウダ収容所」でした。ギウダ収容所にあった建物はとても住めたものではなく、日本兵たちはあらたに建物を建造します。しかし木造の簡易的な作りで寒さを防げるものではありませんでした。彼らには飢えと慣れない寒さが襲いかかりました。

私が最初に収容された施設 そして地獄を見せられた場所

                     (84ページより)

 
そんな絶望的な環境に、さらに追い打ちを掛けるような命令が下されます。炭鉱掘りという強制労働が行われたのです。さらに過酷を極めたのは、カンテラ(明かり)もなく真っ暗の中でのマイナス三十度での石炭の露天掘りです。

言葉で言い表せない環境。仲間がまたひとり、ひとりと死んでいきます。

さらにこの日本兵たちには、過酷な運命が降りかかります。あの戦争とシベリア抑留という数年で多くの若者の人生は変わりました。のちに日本に帰ることができた47万人の人々の中には、仕方がなくソ連の思想教育を受けた人たちがいました。日本に戻ってから元シベリア抑留者たちはソ連の「共産主義者」というレッテルをはられ、差別に苦しんだ方もいます。

ほとんどの人間は弱いものなので、先の見えない地獄にいるときに何かにすがりたくなります。自分の不幸を誰かのせいにしたくなります。極限状態のなか、誰かをおとしいれても自分だけ助かりたいと思うのも無理もありません。なので、戦争において、その後の混乱において、生き残った人たちが何らかの屈託を抱いて生きていくことになるんです。仲間を「売って」自分の帰国を早めた人たち、変わり身はやく共産主義に魂を捧げた人たち、そういう人たちが生き残り、自分の信念を貫いた人たちは、生存という意味では厳しい環境に置かれることが多かったことがこのマンガでも描かれています。

そういう人の弱さを真摯に描いていることがこのマンガがこの世に存在する一番の価値だと思います。現代の価値観で過去を断罪すること無く、過去を懐かしむのでもなく、淡々と事実を描くという迫力があります。

『凍りの掌』を読んで感じることは人それぞれだと思います。戦争体験のマンガを人に薦めるのが果たしてしてよいことなのかも迷います。しかしふと、これは読み継がれるべきマンガなのではないかと心のどこかで思ったのです。終戦記念日の前日ですが、そんなことに関係なく、いつの時代にも通じる普遍的な人間の姿がこのマンガには描かれています。

Kindle版は6巻構成になっており、1巻は無料で読めます。

凍りの掌シベリア抑留記(1)
作者:おざわゆき
出版社:講談社
発売日:2015-07-27
  • Amazon Kindle

コミック版はこちらです。

新装版 凍りの掌 シベリア抑留記 (KCデラックス BE LOVE)
作者:おざわ ゆき
出版社:講談社
発売日:2015-07-27
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  • 紀伊國屋書店
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シベリア抑留についてNHK戦後証言アーカイブス引き裂かれた歳月証言記録 シベリア抑留という番組と数十人の戦後証言を見ることができます。

おざわゆきさんのお母様の戦争体験を元にした『あとかたの街』講談社『BE・LOVE』で連載中です。こちらもKindle版1巻が無料で読めます。

あとかたの街(1) (KCデラックス BE LOVE)
作者:おざわ ゆき
出版社:講談社
発売日:2014-06-13
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