肉をミンチにするハンマーで顔を殴られた少女が、悪役の股間を骨盤が砕けるまで蹴り上げるカタルシス『キックアス3』 よいお父さんは是非10代のお嬢さんに本書をプレゼントしてください。

永田 希2015年08月20日 印刷向け表示
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キック・アス 3 (ShoPro Books)
作者:マーク・ミラー 翻訳:光岡三ツ子
出版社:小学館集英社プロダクション
発売日:2015-04-22
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1冊2000円台で、シリーズ全部で4冊なので合計1万円以下。愛娘へのプレゼントなら高くないはずです。彼女が本書を父親からプレゼントされたということで経験するプライスレスな意義と比べたら安いものでしょう。

へなちょこ童貞高校生が、正義のために素顔を隠して暴力で悪と戦い、ボコボコにされながら精神的に強くなっていくという本シリーズ。

こういった「ボコボコにされながら強くなる」系の作品は一般的には、キャラクターがボコボコにされているときに、読者が自分の中でボコボコにして欲しいものがあり、それがボコボコにされることで自分が強くなった気持ちになれることがとりあえず大事。『キックアス』の場合、主人公は童貞の高校生であり、彼女とセックスしまくって、かつ正義の味方になって社会から認められたいというどうしようもない願望があるんですけど、ボコボコにされる中でその願望が満たされておしまい、ということだったら、この作品に存在価値はありません。

主人公が途中から恋人ができてセックスしまくったり、正義の味方になって社会的に認められたり、という願望の充足は確かに描かれています。作中ではそれを殊更に露悪的に描くこともありません。それはそれでいいよ、それでいいって言うお前らはそんな程度だろ。という作者の諦めと投げやりな気持ちがうっすらと感じられる、いや、妄想かも知れませんが、そういう底の浅い読者に対する敵意のあまり食いしばった歯から滲み出した血が、紙面にたれたヨダレとともに染みついてるような気がするポイントです。

セックスだ、正義だ、と言って、その底の浅さに開き直ることで快活に笑ってられるようなやつらはそのまんまでいいよもう仕方ないから。作者のそんな呟きが呪詛のように紙面に敷き詰められてるような気がします。でもそのまま諦めていたら『キックアス』は傑作になり得なかったでしょう。作者の不屈の憎悪が生んだキャラクターこそ、『キックアス』のもうひとりの主人公である少女ヒットガールなのです。不屈の憎悪、もしくはセックスにも正義にも馴染めないはみ出し者の切なさに対する底なしの愛情、それが彼女を生んでいるのです。


※13歳にして刑務所に入り、他の囚人を恐怖で支配し、監房で堂々とウィスキーとタバコを楽しむヒットガールことミンディ。新時代の女囚さそり……。美しすぎます。(『キックアス3』より)

ヒット・ガール (ShoPro Books)
作者:マーク・ミラー 翻訳:光岡三ツ子
出版社:小学館集英社プロダクション
発売日:2014-04-23
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日本で言う「美少女」っていうカテゴリに彼女が含まれなくても別に問題ないんです。もっとこう、いま社会的に問題になっているような真正のロリコンが喜びそうな類の少女性があればいい。幼くて弱そう、騙して取り返しのつかないことをしてしまえそう。そういうような、暴力で壊してしまったら二度と回復することができないような脆さ、それだけがあればいい。そんな脆さだけをもった少女に、罵倒されながら自分の方こそ人生を台無しにされたい!そんなふざけた願望を持っている人にも本作は是非とも読んで欲しいんですけど、それはさておき。映画版の山場のひとつを観てみてください。最初の1分は前菜みたいなものなので、いまいちピンと来なくてもせっかくだから最後まで観て欲しいところ。

この映像だけでいろいろ読み取れちゃったらなら説明は不要だと思うんですが、大半の人は「で?」って言ってると思うのでちょっと解説します。

『キックアス』には3人の「父親」が登場します。一人は主人公キックアスの父親。キックアスの父親は普通に優しい。でもキックアスからするとたぶんちょっと腑抜けに見える(いま自分でそう書いてて「ごめんなさい」って言いながらガチ泣きするようなつらいエピソードもあるんだけど)。二人目はマフィアのボス。こっちはけっこうわかりやすく「悪」のキャラクターですね。彼の息子はキックアスと同年代で、のちに「マザーファッカー」という凄い名前で登場する。そして三人目、その名も「ビッグダディ」。ヒットガールの父親です。

この「ビッグダディ」の存在が『キックアス』に落とす影の闇の深さはハンパなくて、正直ロリコンマンガとしては町田ひらく級の問題だと思うんです。町田ひらくからエロを減算して、血糊と内臓と銃火器をぶっかけたみたいな。


※回想シーンで、ビッグダディがミンディに殺人を「教え」ようとしている場面。両腕を折られて抵抗できなくなっている男を正面から拳銃で撃たせようとしています。とんでもなさすぎる。ミンディの年齢を考えるとかなりショッキングなシーンですが、本作にはこの他にも頭部を鉈でかち割ったり、灰色の脳味噌がブチまけられるなど、引用を躊躇するようなシーンがテンコ盛りです。(『キックアス3』より)

童貞がセックスだ正義だと言ってはしゃいだり悩んだりしてる裏で、「親子関係」とか「正義のための暴力」とか、仕方ないこととして先送りにして美化してしまいたくなる課題を、全身に纏って登場する。それが「ビッグダディ」。

わかりやすい善でもなく、わかりやすい悪でもなく。こう言って良ければ、映画『ダークナイト』のジョーカーのような強烈さです。お父さんが実は悪役でした、なんていうオチじゃ済まない根の深さ。

この「ビッグダディ」がいなければ、ヒットガールはこんなに強くならなかった。その必要もなかったんです。戦う理由を幼少期に植え付けて、暴力の英才教育をする。道徳的に言えば黒です。でもその「おかげ」で彼女は鮮やかな戦闘少女になった。果たしてそれで良かったのか。作中で、彼女自身はそのことについて悩んだりはしません。でも読者は。自分はキックアスのように、ボコボコにされながらセックスしまくって社会的な正義を手に入れればいい。痛めつけられたこともあったけど、ってやつです。

でも、目の前で脆い他人が美しい暴力の化身になっていくのを、文字通り指を咥えて眺めているだけでいいのでしょうか。第1作のクライマックスで、ヒットガールはマフィアの集団のひとりの振るったミンチ肉用のハンマーで顔の肉を抉られます。「父親」の教育で「強く」なった結果、少女は顔の肉を削がれるわけです。本人はそれでも構わないかも知れない。強いのだから。

タイトルに「良い父親」って書きましたけど、息子がへなちょこな童貞野郎に育ったり、娘が暴漢にボコボコにされて仕方なく強くなったり、そういうこともあるわけじゃないですか。人生いろいろあるわけですから。感動する子育てものを読んでメソメソしたり、やっぱり子供を産んでよかったわーとか言ってないで、教育をして過酷な世界に無垢な命を送り出さなければならない罪深さと痛ましさを噛みしめてみるのもいいんじゃないかなと。

『キックアス』の続編には『キックアス2』と『ヒットガール』があり、今回とりあげている『キックアス3』で完結します。でも『キックアス3』の解説によると、ヒットガール自身は今後ほかの作品でも活躍する予定があるということでファンはうれしいですよね。

まあ、プレゼントしてもお嬢さんはたぶん本作をすぐには読まないでしょう。「なんかお父さんからすごく気持ち悪い本をプレゼントされたんだけど…」ってお友達に相談するだけかも知れません。でももしそのお友達がハードなアクションが好きだったりしたら、興味を持って借りて読んでくれるかも知れません。

キック・アス (ShoPro Books)
作者:マーク・ミラー 翻訳:光岡三ツ子
出版社:小学館集英社プロダクション
発売日:2010-11-19
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キック・アス2 (ShoPro Books)
作者:マーク・ミラー 翻訳:光岡三ツ子
出版社:小学館集英社プロダクション
発売日:2014-04-23
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ネメシス (ShoPro Books)
作者:マーク・ミラー 翻訳:中沢俊介
出版社:小学館集英社プロダクション
発売日:2015-04-22
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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
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