変化に戸惑う全ての少女よ。親を捨て、家出をしよう。志村貴子著『娘の家出』

園田 菜々2015年08月13日 印刷向け表示
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娘たちは、なぜ家出をするのか

かけおちをすると書き残し家出をしたりえの物語の、この一コマを読んだとき、つい数週間前のことを思い出しました。

社会人2年目になり、ようやく「自立しよう」と思い立ちました。職場付近の物件を探し、家賃6万円で9畳という、駅からは少々歩きますが良い物件を見つけ、そのまま契約。ノリと勢いだけで一人暮らしを始めてみたのです。
引越し作業が一段落つき、一人では持て余す部屋の広さと、頼れる人のいない不安に押しつぶされそうになっていた引越し初夜。大量の段ボールに囲まれながらスーパーのお惣菜を食べようとして、真っ白な壁にふと目をやると、ずいぶんと大きな黒い奴が「ようこそ」とでも言うかのように佇んでいたのです。
不思議なことに、実家暮らしのときは直視することもできなかったはずなのに、いざその場に頼るべき人間がいないとなると、途端に冷静になるようです。一言も発することなく、ただ「殺す」の一点のみで、下にあるMacBookにはまるで目もいかずに大量の殺虫剤を噴射していました。
無事に黒い奴は死に、MacBookは幸い死なずに済み、あとは後始末をするだけでした。私は無意識のうちにiPhoneを手にし、気がつくと母親に電話をしていました。
倒したことの自慢? いいえ、違います。
私は、倒したあとの後始末をしてくれる人間を求めていたのでした。そして、電話をすれば、当然のごとく駆けつけてくれると思っていたのです。

つい数週間前のこの行動を振り返るに、私の始めた一人暮らしは「自立」を求めてのものというよりは、何か煩わしいものから逃れるようにした「家出」のようなものだったのではないか、と思います。そして、同時にこの漫画の奥深さを知るのです。もし、何か「家族」にモヤモヤとしたものを感じている、私のような「娘」がいたら、ぜひ読んでほしい。そして、一緒に家出をしませんか。

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作者:志村 貴子
出版社:集英社
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出版社:集英社
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家を出たがる娘たち


志村貴子著「娘の家出」には、様々な「家出をしようとする娘」が描かれています。物語の中心となるのは、ゲイであることをカミングアウトして家を出て行った父と、その後別の男性と再婚を果たす母、そしてその娘のまゆ、という3人です。
再婚相手に対して、まだ「他人」のような思いを捨てきれないまゆは、その違和感から離婚をして家を出ていった父のもとへと家出をします。父とその恋人はまゆを戸惑いながらも受け入れます。

しかし、まゆにとっては父のもともまた、新たな恋人がいる他人の家なのでした。
やがて気の済んだまゆは母親のいる家に帰ります。家には心配をしながら待ち続ける母と再婚相手の姿がありました。

娘は何から逃れようとするのか

娘に思うところがあるのと同じように、その両親も娘のことを思うものですが、作品内で両親として描かれる大人たちの内心にフォーカスされることはありません。それは、常に娘の視点から見た両親像として、自分のことを待っていたり、追いかけてきたり、常に見守ってくれていたりする存在として描かれるのです。

りえの書き置きを見て慌てふためく母親は、その後りえと再会し怒りの感情を露わにします。りえは、この母親の行動に対して、心のどこかで安心したような顔を見せるのでした。

また、まゆの友人であるニーナの兄もまた、家出(といっても夜中にコンビニにでかけるだけですが)をした妹を心配し、駆けつけます。その兄の姿に、ニーナは自分が家族に対して感じていたモヤモヤとした気持ちに素直になることができるようになります。

ニーナは自分のことを可愛がってくれていた兄や姉が、別の家族を作ることで離れていってしまうことに寂しさを感じていたのでした。ニーナが嫌悪感を抱いていたのは、邪魔な新しい家族(兄と姉それぞれの連れ子)というよりも、厳密にいえば家族が変わっていく状況(いつかは大好きな兄も姉もこの家を出て行ってしまう)であったともいえます。

帰らない娘たち

帰る娘もいれば、帰らない娘もいます。
たとえば2巻で出てくる加代さんは、両親に自分がレズビアンであることをカミングアウトし上京をしてきます。実はこの加代さんは、まゆの父親と同居をしているゲイのお姉さんでもあります。
自分が女性とお付き合いしていることを伝えた加代さんは、両親に「姉弟そろってなんの病気だ!」と言われ家を出てくるのです。

 

 しかし、彼女の表情は実に晴れ晴れとしたものでした。彼女の気持ちをそのような清々しいものにさせていたのは、生まれて初めてできた「大好きな人」です。

彼女は恋人との年の差の不安を感じながらも、人生で初めての恋人のことを大切にしていこうと誓うのでした。

自分にとっての幸せの形を探しにいこう。家出のススメ。

連日のようにテレビや雑誌、インターネットを賑わす「婚活」という言葉や、「美人なのに独身」なんて文句にうんざりとする今日この頃。
新しいパートナーのありかたというものが社会的に認知されてきているとはいっても、いつか運命の人と巡り会い、結婚をして……というのは、世間でも一般的な幸せとされているように思い、なんだかそれを押し付けられているように感じるのです。
その幸せを考えるとき、「娘」という存在は、いつか家族のもとを離れ、苗字が変わり、新しい家族のもとに属していく、といった「変化」を強いられている存在であるとも考えられます。
この作品に登場する娘たちの多くは、両親が離婚をしており、早いうちから否応無く家族の変化に適応していかなければならない存在として描かれています。
そして、その変化に耐えられなくなったとき、不安を感じたとき、作中の娘たちは家出をしようとするのです。

家出をした娘は、迎えにきてくれたり待ってくれたりしている両親の「変わらない愛情」を見て不安を和らげたり、大好きな人とつながって新たな変化を遂げようとしたりします。

世間の声や家族の声というのは、近すぎるがゆえに心に強く響いてきてしまうもののように思います。
思い返してみれば、私も「お嫁にいくことが幸せな人生」という価値観をもっている家族のもとで、何かしらの息苦しさを感じて、その苦しさから逃れるように一人暮らしを始めたといってもいいかもしれません。
結果的に毎週のように顔を合わせて、変わらない愛情にほっとしているのですが。

周りに強いられていると感じる幸せの形は、実は一歩家を出てみると大したことではないかもしれません。もしくは、その幸せを自分も求めるようになるかもしれない。
一度家を出て、自分の幸せを探しに行ってみてもいいのではないでしょうか。作品に出てくる娘たちのように、変わらない家族の姿に安心してもいいし、家族に代わる新しい幸せの形を見つけてもいい。
いずれ自分の家族が変わっていくかもしれない、そんな不安に耐え切れない全国の娘さん。「娘の家出」を読んで、少し心を軽くしてみてはいかがでしょうか。

娘の家出 3 (ヤングジャンプコミックス)
作者:志村 貴子
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発売日:2015-08-19
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