【連載】『世界の辺境とハードボイルド室町時代』
第3回:信長とイスラム主義

2015年8月19日 印刷向け表示

人気ノンフィクション作家・高野 秀行と歴史学者・清水 克行による、異色の対談集『世界の辺境とハードボイルド室町時代』。第3回は「信長とイスラム主義」について。カオスな状況下において、人は専制を求めるもの。そこに現れたのが、信長とイスラム主義であった!?(HONZ編集部)
※過去の記事はこちら→第1回第2回

世界の辺境とハードボイルド室町時代

作者:高野 秀行、清水 克行
出版社:集英社インターナショナル
発売日:2015-08-26
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信長とイスラム主義

高野 僕は、清水さんが書かれているような歴史の本を読んでヒントを得て、現代のアジア・アフリカの辺境のことを想像することが多いんです。やっぱり現地の人の気持ちを理解するのはとても難しいし、特に紛争地となると、外国人である僕が何度通って話を聞いても、真相はなかなかわかるものじゃない。確信めいたものをつかむのはすごく大変で、そこに至るヒントとしては日本史の知識がすごく役に立つと思っているんです。

清水 それは責任重大だ(笑)。

高野 秀行氏(撮影:円山正史)

高野 たとえばアフガニスタンでもソマリアでも、内戦のさなかに「イスラム主義」の過激派がどーっと出てきますよね。そのときの感じは、織田信長が出てきたときの感じに近いんじゃないかなって、ちょっと思っているんですね。

というのは、人々は初めからイスラム主義を支持していたわけじゃないんだけども、国内に戦国武将みたいな連中がたくさんいて、それぞれ争っていると、暮らしが成り立たないわけです。武装勢力ごとにテリトリーが細かく分かれていて、関所があって、通るたびに金を取られるし、そうすると物の値段がすごく上がるし、戦闘はいつまでたってもやまないし。それでもうどうにもならないというタイミングで、イスラム主義が出てくるんですよ。その出方がアフガニスタンもソマリアもそっくりなんです。そっくりっていうことは、ある種の必然があってイスラム主義は出てきたんじゃないか、というのは仮説としては考えられますよね。

清水 それはありますよ。専制かカオス、どっちを取るかと言われたら、究極の選択ですよね。

高野 カオスのときには、人々の間に専制を求める感情がどうしてもわいてきますよね。そういうときに、イスラム主義はものすごく強い支持を得るわけです。

清水 で、専制になったらなったで、勘弁してくれと。

高野 まあ、勝手だから、人間は。信長がやったことを見ていくと、たとえば関所を廃止したでしょう。

清水 関所と山賊は事実上同じですからね。野放しにしておくと、えらいことになるんですよね。

高野 それから『信長公記』の現代語訳を読むと、信長って、正義とか公平をものすごく重んじていますよね。そのへんもイスラム主義に似ているんですよ。

清水 ああ、確かに。

高野 盗みを働いた者がいたら手を切るとか、殺すとか、やることが非常にはっきりしてるんですよね。わいろでなんとかしようなんていう手はぜんぜん通じないんですよ。そのへんの執着がすごいというか、信長はちょっとおかしいくらいのフェアネスを求めているところがありますね。

清水 規律化への志向という点では、あの人はおかしいですよ。中世にどうしてあんな人間が生まれてきたんだろうと思うくらい、かなりおかしいんです。

高野 しかも、その正義や公平性は、あくまでも信長が基準になっているんですよね。それはイスラム主義も同じで、彼らもすごく正義や公平を重んじるんだけど、その基準は彼ら自身であって、どうして彼らに公平のスタンダードが置かれなくてはならないかという説明は、誰にもできないんですよ。そのへんがすごく信長に似ていると思うんですよね。

清水 先ほど徳川綱吉の話をしましたけど、綱吉はやはり戦国から次のステップへの離脱を図った権力者なんですよね。信長も秀吉も、それから徳川家康も、やっぱり軍事政権の権力者なんです。「俺が正義だ」っていうふうにやっている。

そういう時代が続いた後に、「命を大事にしましょう」というような普遍的なキャッチフレーズを打ち出した綱吉はかなり特異なキャラクターだと思いますし、軍事政権はどこかでソフィスティケートされていかないと永続しないんで、綱吉治世の元禄期ぐらいがそのターニングポイントだったのかなと思いますね。

高野 支配者として軍事政権をソフィスティケートするというのは、どういう気持ちでそうしようと思うようになるんですか。

清水 要するに、軍事政権は「俺は強いんだから、お前ら、言うことを聞け」という暴力の論理で社会を支配するんですけど、そういう権力は、「俺より強い人」が現れたら容易にひっくり返りますよね。力の論理による支配は長くは続かないですから、支配を永続的なものにしたかったら、倫理や法による支配の仕方を考えなくてはならないんです。 

鎌倉幕府の三代執権、北条泰時が「御成敗式目」を定めたのも、幕府の権力を永続化させるためで、初代将軍の源頼朝の時代なら暴力による支配が通用したかもしれないけど、そのやり方では幕府は続いていかないから、法治主義をもち出したんだと思います。室町幕府の四代将軍、足利義持も同じことをやろうとしたふしが見受けられます。

しかし、朱子学をベースとしたイデオロギーで民衆レベルの精神構造を変えて、中世の殺伐とした空気を断ち切ろうとしたのは、やはり綱吉なんです。今でも「徳川の平和(パクス・トクガワーナ)」と呼んで江戸時代を礼讃する人がいますけど、それを成し遂げた権力者はやはり綱吉じゃないかなと思います。

※本書に掲載されている注釈については、割愛しております。

世界の辺境とハードボイルド室町時代

作者:高野 秀行、清水 克行
出版社:集英社インターナショナル
発売日:2015-08-26
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