焼け跡に舞い上がった灰の中に数百枚のヒゲオヤジ達が昇天していった『手塚治虫と戦争』 手塚治虫は戦争についてみんなに伝えたいことがあります。

菊池 健2015年08月19日 印刷向け表示
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終戦70周年は、節目の年となりそうです。

平和の続いた日本にとって、緊迫する近隣の国際情勢を受けての、安保改正、総理の安倍談話など、後の教科書に載りそう出来事が、日々ニュースになっています。そんな中、NHKで「カラーでみる太平洋戦争~3年8か月・日本人の記録~」が放送され、映像分野の中でマイルストンとなるかと思えるほど、大きな話題となりました。

NHKスペシャル「カラーでみる太平洋戦争~3年8か月・日本人の記録~」

番組は、膨大な白黒映像を最新の着色技術でカラー映像化し、これまであった戦争ドキュメンタリー同様に流すという、シンプルさの中に鮮烈なインパクトを持つものでした。上の写真の一番手前のゼロ戦操縦士が持つ「かわらけ」は、別れの杯で、これはこれから特攻に出撃する隊員たちの写真です。日本人であれば割と良く見てきたシーンですが、これから死にゆく若い兵士たちの顔にある儚げな生色や、献花された菊の鮮やかな色彩は、酒杯まで匂い立つような凄惨なものに変わっています。

一緒に観た妻は、動物園の動物を生かせなくなった話に嗚咽しましたが、私の瞼に焼き付いたのが、東京大空襲や、広島長崎の被害で焼け焦げた人たちの様子でした。白黒映像では、(良くない表現ですが)見慣れてしまった黒い亡骸の絵面も、着色するとそれぞれの状態によって地とも肉ともつかない赤や朱が入ります。このシーンにはどこからか体を震わせるものがありました。

見てはいられないけども、直視せざるを得ないものを、カラー映像で淡々と見せることが、人の心にどれだけ訴えるか、受信料も惜しくない強烈な番組でした。NHK凄いです。

 

70年の節目は終戦時の20歳が90歳。
「戦争を忘れさせないこと」という手塚治虫の悲願も、
多くの作品が電子化され、形になりました。

㈱手塚プロダクションは「手塚治虫と戦争」というサイトをオープンしました。

[引用:手塚プロダクション サイト「手塚治虫と戦争」:http://tezukaosamu.net/jp/war/

このTopイラスト一枚にも、しばし目を奪われる多くのものが込められていますが、内容も正に「手塚治虫の年表」と呼ぶに相応しいものです。手塚の日記、表現、歴史的事実を時系列で簡単に追いかけることが出来ます。

敗戦の年、手塚治虫少年は大阪は淀川の軍需工場に学徒動員されていました。その頃の手塚少年の周囲に起きた事について(後年「フィクションも多く交えた」と言いつつ)マンガにしたのが『紙の砦』です。

紙の砦
作者:手塚治虫
出版社:手塚プロダクション
発売日:
  • Amazon Kindle
  • ebookjapan

勿論、実際に空襲にあった体験から来る、悲惨な描写もあるのですが、私が心に残ったのは、マンガに思いをかける手塚少年が、爆撃もものともせずに、マンガを描いているシーンです。今ならさしずめ、大きな地震が来ても避難せずにマンガを描き続けてると言うところでしょうか。

[引用:手塚治虫/手塚プロダクション『紙の砦』]

この作品の中には、「戦時下でも出会ったかわいい女の子」「意地でも漫画を描こうという創作意欲」「とにかくお腹がすく若者の食欲」この3つが多出します。他の作品などでは、短時間で悲惨な描写を強調してしまうところに対して、手塚少年の見た等身大の戦争のシーンが、多く見られます。年表の中でも『紙の砦』からの引用が多いようで、このサイトの中ではそういう意味で最もお勧めです。

メタモルフォーゼ
作者:手塚治虫
出版社:手塚プロダクション
発売日:
  • Amazon Kindle
  • ebookjapan

短編集『メタモルフォーゼ』に収められている、短編「大将軍 森へ行く」は、

太平洋戦争末期、ベトナム上空で日本軍機が撃墜され、同機に乗っていた南方軍総司令部の雨月(うげつ)大将は戦死したものと思われた。ところが大将は奇跡的に生き延びてジャングルをさまよっていた。やがて大将は無人となった村でひっそりと暮らす現地人の若い男女に出会う。

と説明されています。いわゆる「お帰りなさい小野田さん」ものですね。もちろん、手塚作品ですので、単純なサバイバルものではなく、SFとキャラクターたちの心の通い合いが、心地よく描かれています。(そう言えば、スターシステムがゼロです。思うところがあったのでしょう。)

[引用:手塚治虫/手塚プロダクション『メタモルフォーゼ』大将軍 森に行く]

手塚の描く戦争ものの中では、異色のハッピーエンドですが、随所に描かれている日本兵の振る舞いは、正に戦争を描く手塚ワールドのものでした。

最後に紹介させていただくのが、名作の呼び名高い『アドルフに告ぐ』です。

アドルフに告ぐ 1
作者:手塚治虫
出版社:手塚プロダクション
発売日:
  • Amazon Kindle
  • ebookjapan

年表の一番最初に、1983年ごろの手塚治虫の肉声データがyoutubeで聞けるようになっています。この頃、丁度アドルフに告ぐが描かれ、肉声中でも「これは、いうならば私の戦前・戦中日記のようなものです。」本人が言っています。時代は、団塊の世代が反戦を叫ぶ時代からそれほど下らないタイミングで、この内容を描く勇気、それでも大きな反感も持たれない筆力は、手塚の手塚たる所以です。

物語は、3人のアドルフが主人公です。1人目は勿論「アドルフ・ヒットラー」彼のカリスマ性や力を描きつつも、手塚治虫は全体主義に対して強い危機感を感じていたようです。

あと2人のアドルフは、神戸に住む、2人のドイツ人アドルフたちです。ただし、2人はそれぞれゲルマン民族(当時のナチス)とユダヤ人。少年時代は親友であっても、それぞれが戦争の中でそれぞれの立場を貫き、一人の女性に恋をしながら葛藤し、ヒトラーの秘密文書という謎を中心に、時代の奔流へ巻き込まれています。

[引用:手塚治虫/手塚プロダクション『アドルフに告ぐ』]

神戸に住むドイツ人少年が、材木屋で働いて関西弁の親方とやりあうとは、なんとも活力に溢れる日常描写ですし、1983年でこの発想力や表現力は、手塚の代表作として揺るぎないエネルギーを持っていると思います。

ドイツ人のほうのアドルフ少年の成長譚は、彼がゲシュタポに所属し、ヒトラーの快刀として多くのナチスによる悲惨で理不尽な任務につきます。この辺りは読み手に取って、手塚のナチス観や戦争観をぶつけられる、しんどくも読みごたえのあるところだと思います。

任務のすえ、神戸に戻った彼は、もう一人のアドルフや、少年時代から思いを寄せたユダヤ人少女エリザに再会します。3人は恋情と人種差別の間に、強烈なぶつかり合いを見せ、物語の謎も核心に迫る頃に終戦、新たな展開に至ります。この3人のアドルフを取り巻く大河は、戦後にも別の形を見せ、ユダヤ対反ユダヤの一つの結末を見せますが、それは本編を読んでください。


手塚治虫と戦争」のサイトは大変な力作で、ここに紹介させていただいた作品以外にも多くの作品が紹介されています。

手塚治虫はどんなに政治的な話題でも、叙情的、叙事的にストーリーに収める天才で、イデオロギーで物語が毒されることがなかったと思います。終戦記念ものは重たいものが多い中、少年漫画の天才である手塚による戦争描写は、大人向けで描こうとしても、一つのフィルターがかかり、それがまた、多くの人に手塚の見てきた世界観を、左右の脳それぞれに直撃する力となったのかも知れません。

マンガ文化黎明期からの神様は、戦中戦後史の偉大なメッセンジャーでもありました。多くある手塚作品に手を付けるきっかけとして、「手塚治虫と戦争」からみつけた興味のある作品に触れてみると、もう一つの手塚像が見えてくるかもしれません。

 

今、手塚作品が読み頃な訳

 実は現在、大量の手塚作品が電子書籍化されています。

 amazon/kindle 検索:手塚治虫 ソート:安いものから

eBookJapan 検索:手塚治虫

基本的に、電子化された手塚作品は、定価で300円からと安価なうえに、頻繁にセールがなされています。上記のamazonのリンクを見ると、割としゅっちゅうトップの数作品が99円セールをしていると思います。

これを機会に、戦争関係の作品に触れるもよし、『ブラックジャック』や『火の鳥』などの大作を楽しむもよし、手塚作品とデジタルの邂逅は、多くの人に刺激的な時間をもたらしてくれました。手塚先生が、スマホやタブレットの中に復活したご自身の作品を見たら、きっと喜んで下さるだろうなと思いつつ、ヌルヌルと作品をスクロールしてください。

--こちらのレビューもどうぞ。

手塚治虫を殴り、原稿を投げ捨てた伝説の編集者がいた。『ブラックジャック創作秘話』

本業では、手塚治虫先生(むしろテラさん?)の意思を、私たちなりに継いで続けている、トキワ荘プロジェクトのメジャーデビューが、活動満9年で50人を突破しました。

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