国や法律を動かす方法『キーチ!!』

栫井 誠一郎2015年08月24日 印刷向け表示
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法律とか社会の仕組みって、何でこんなに分かりにくいのでしょう?賛成するのも、気合いを入れて反対するのもやりにくく、いつしかそういう発想も無くなってしまうものです。

今回ご紹介する『キーチ!!』の主人公キーチは、モヤッとすること、自分の納得いかないことに全力でぶつかる、大人にとってもヒーローになる、そんな小学5年生です。経済産業省のキャリア官僚を勤めた後、サバイバルな起業家人生を送っている栫井(かこい)より、このマンガの魅力の一端をご紹介します。 

キーチ!! (1) (ビッグコミックス)
作者:新井 英樹
出版社:小学館
発売日:2002-01
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官僚の街、霞が関で使われる法律用語の1つに「抱きつく」ってのがあります。法律は国会を通らないと成立しないのですが、数ヶ月の国会期間中では、官僚が提出した法律を全部見てくれません。数ヶ月待った結果、時間切れで涙をのむ法律が多く存在します。そしたら次のチャンスは1年後!苦労して作った法律がそうなってはつらいので、優先順位落ちしそうな法律の担当部署は、人気のある法律の担当部署に「セットで国会に持ち込んでくれ」とお願いをします。これを専門用語で「抱きつく」と言います(注:真面目な話です)。


法律提出の時期になると、法律審査のコワモテのおじさんが、法律担当課のマネージャーに、「で、君ら、抱きつき先は見つかったの?抱きつかないと通らないよ?」と真面目に詰めたりします。国会の審議がもっとスピーディーならこんな苦労は無いのですが、そこに文句を言ってるだけでは社会人として三流です。官僚達は、法律を通すプロとして、そこにエネルギーを注ぎ込みます。そして、今年も「抱きつかせて♥」「いや、俺らは単独で大丈夫」という会話がされていたことでしょう。

法律や社会は、いろいろな大人の事情で回っています。理不尽な現実に対して、あまりに改革の動きが遅いと感じる人も多いはずです。どうやったらその現状を変えられるのかを考えるどころか、「そんなの無理だよ」と考えることをあきらめてしまっているのが現実だと思います。それを「くだらない」「興味ない」で済まさず、社会の仕組みに真っ向から向き合い、自分を貫く。「キーチ」はそんな男前の少年です。では、回り道せずに最短距離で社会を変革していくキーチの方法とはどのようなものなのでしょうか。

キーチの過去は壮絶です。彼は4歳の時に両親を通り魔に刺されて亡くし、家を出てホームレスの家を転々とし、大人達の濃密な価値観に触れた後、一人で山の中で6ヶ月を過ごし生還しました。そして、世間から「奇跡の少年」と言われるようになります。この経験を通しキーチが選択した生き方は、「しかたなく生きることをしない」「ひとりで生きる強さを身につける」「自分が嫌だと思うことは嫌だと言い続ける」という道でした。

その生き方を続けたキーチは、小学5年生にして社会の壁にぶつかります。父親の命令でいやいや援助交際をさせられている小学校の同級生を助けるために、その客になっていた大物政治家にもケンカを売り、果てには国会や警察にもぶつかります。自分に妥協しない、社会にまったく迎合しないキーチは、既得権益を敵に回しつつも、民衆にとってヒーローになるのです。

キーチは、正義とか社会のために行動するのではありません、自分が嫌だと思うことに全力でぶつかるだけです。その道を追求することは、社会を変革することにつながっていきます。

「抱きつき」や、あの居眠りも多い国会での審議を経て、たくさんの法律が世の中に出ていきます。どんな途中経過だったとしても、法律は社会の仕組みであり、世の中のルールです。キーチのように格好よく自分をつらぬいたとしても、従わないわけにはいきません。でも、日本に住む多くの人は、社会の仕組みに対して、日本の将来に対して、モヤッとするものを感じていると思います。

そこを打破するために、キーチの道は正解なのでしょうか。『キーチ!!』は、今の物言わぬ日本の大衆に対して、小学生のヒーローを引き合いに出しつつ、答えのない問いを読者に投げかけます。

私は経済産業省に6年勤めました。世の中に伝わっていないのですが、やりがいを持ち、がんばって仕事をしている官僚の姿をそこで見ました。逆に「どうしてこんな明らかにおかしなことが放置され続けているんだろう」と思うこともありました。その「おかしなこと」にツッコミをいれるのはとても簡単なのですが、「おかしなこと」の変革を実践することは簡単ではありません。もしキーチなら、成功しようが失敗しようが、「おかしなこと」をおかしいと言い続けるでしょうし、直感的に行動するのでしょう。

経済産業省から転職・起業した友人は何人もいますが、中には、キーチのように「おかしいと思ったことをおかしいと言う」ことをつらぬく人がいます。逆に私自身は、「今、おかしいと言っても何も社会は動かないので、起業して、少しずつ世の中に認められるように頑張って力を蓄える」道を選択しました。

キーチの生き方や、私や友人の生き方が、現実の日本の社会に対して答えのひとつになるのかどうかは分かりません。きっと、白とか黒とかって単純な話でなく、その間のどこかに真実があると思っています。私はキーチを繰り返し読み、ときには、彼のあまりに素直な強さを見習おうと思います。

最後に、キーチの参謀役、甲斐の言葉を引用します。

当たり前の正しいことしよて思たら損をする。こらしめるにも合法を求める。見て見ぬフリは違法やないから多数派はいつも得ばっかりや!! そんな損得勘定で、多数派が涼しげに知たり顔で選んでることを、「現実」て呼んでませんか?

『キーチ!!』は、小学生という立場から「生きる」ということがどういうことなのか、読む全ての人に問いを投げかけ、心に刺さる何かを残してくれます。ぜひ手にとって読んでいただきたいと思います。

キーチ!! (2) (ビッグコミックス)
作者:新井 英樹
出版社:小学館
発売日:2002-07-30
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キーチ!! (3) (ビッグコミックス)
作者:新井 英樹
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キーチ!! 4 (ビッグコミックス)
作者:新井 英樹
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出版社:中央公論新社
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