『ナチュラル・ボーン・ヒーローズ』スキルを習得し、古代ギリシャの英雄になろう!

内藤 順2015年09月01日 印刷向け表示
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ナチュラル・ボーン・ヒーローズ―人類が失った
作者:クリストファー・マクドゥーガル 翻訳:近藤 隆文
出版社:NHK出版
発売日:2015-08-26
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フィットネスにしてもダイエットにしても、人間の身体にまつわる話について、正反対の二つの言説が並ぶことは意外に多い。たとえば炭水化物。ダイエットのためには取らない方が良いという意見があれば、取らないのは危険だと警鐘を鳴らす声も聞こえてくる。

このような状況がどうして起こるのか? それは、なぜそうすべきなのかという「Why」が足りていないからだと思う。

本書『ナチュラル・ボーン・ヒーローズ(Natural Born Heroes )』は、人間の身体に本来備っていたはずの狩猟採集民モードに戻せれば、人間の可能性は大きく広がるというスタンスを貫く。狩猟採集民の食事や動き方には必然性があり、人間が本来備えていた様々な能力を解き放つことができるというのだ。

この主張自体、それほど目新しいものでもないかもしれない。ただし圧倒的なのが、「Why」を追い求め、ストーリーに仕立て上げる執念である。著者が、かつて『BORN TO RUN』で走りの観念を根底から覆したクリストファー・マクドゥーガルであることを知れば、自ずと期待も高まるだろう。

本書は大きく分けて二つの物語によって構成される。一つは第二次大戦世界大戦時のクレタ島で行われたドイツ軍 VS レジスタンスの知られざる攻防。そしてもう一つが人間にとっての「自然な動き」について考察するフィットネスの実践論。この二つが「英雄であるための技芸」をテーマに交錯する。

基点となる舞台は、「英雄たちの島」と言われるギリシャのクレタ島。第二次大戦の後にあるナチスの高官は「ギリシャ人の信じがたいほど強力な抵抗に遭わなければ、ドイツのロシア侵攻に致命的な遅れることはなかった」と嘆いたのだという。

このように聞くと、さぞかしクレタ島の兵士は精鋭揃いだったのかと思われるかもしれない。しかし、そこにいたのはギリシャの羊飼いたちと英国の若いアマチュア兵士の一団だけであった。彼らは特殊な訓練を受けたわけでも、勇敢さで知られていたわけでもない。ただひとつ古代の技術を習得していただけなのだ。

ナチスの軍勢が侵攻して来た時、羊飼いは一夜にして山を走るレジスタンスの伝令に変貌を遂げた。30キロの荷物を背負って雪に覆われた崖をよじ登り、ゆでた干し草だけのわずかな食料しかとらずに夜を徹して80キロ以上を走り抜いたという。

そんな彼らの足取りを追いかけるだけで、英雄というもののイメージは大きく覆される。英雄の技術とは勇敢であることではない。要求にかなう能力があることであり、勇敢さとは無関係のものなのだ。必要であったのは、最適な栄養、肉体のコントロール、そして心を整えること。

クレタ島の英雄たちは、糖の即効性に頼るという現在ありふれた手法ではなく、体内の脂肪を燃料にする方法を身につけていた。私達の身体の約5分の1は、蓄積された脂肪によって構成されている。これをを燃料として使うには、糖を減らし、心拍数を下げることだけを実践すればよい。

また、クレタ人の信じられないほどの脚力は、クレタ走りと呼ばれる古来のしなやかな走法に由来する。地表を歩かず、地面に弾み、軽業的な流れに乗って飛び跳ねていき、地球を着地点というより跳躍台として扱う。ふざけ半分にのように見えて、恐ろしく効果的なのだ。

さらに彼らは、筋肉で身体を大きくすることもなかった。代わりに頼りにしていたのが、身体のゴムバンドともいえる強力な結合組織、筋膜の無駄のない効率的な力である。筋膜、つまり皮膚の内側で身体を包んでいる繊維質の結合組織を頼ったのだ。

クレタ島民がこれらのスキルを長らく維持できたのは、交通の便が悪かったために食生活が変わらず、自給自足の生活を続けてきたからである。そしてもう一つの要因は、意外なことにギリシャ神話を通して技芸が継承されてきたからなのだという。

このナチュラルムーブメントと名づけられた「自然な動き」こそが、かつて人類が知っていた唯一の動き方で私たちが今、最も身につけるべきスキルである。しかし現代人にいきなり、ギリシャ神話の時代や、狩猟採集民の生活に戻れと言われても現実的には困難が伴うだろう。しかし、太古のスキル獲得を現代流にアレンジした手法はいくつも存在する。

たとえばパレオダイエット。パレオダイエットは、人間は石器時代の祖先にならって草で育った動物の肉、天然の魚、野菜、木の実、種子を食べ、農耕時代に生まれた米、パン、パスタ、その他穀物ベースの食品を避けている時が一番健康だ、という前提に基づいた食事法だ。

この他にも、ナチュラルムーブメントを身につけるための、興味深いトレーニングがいくつか紹介されている。ジャングルで磨いた自然な動きを、都会でも活かすために考案された「パルクール」。これは、都市の景観をジャンジャルのように見立て、動物のように移動するというものだ。

人間の運動能力の進化モデルをもとにしたエクササイズプログラム「ワイルドフィットネス」。人類にとっての真の健康は狩猟採集民の動きがすべてだと確信し、生存の鍵となる多彩さを重要視する。

こうして次第に、失われた革新的技術の正体が明らかになってくる。環境からの要求に対して想像力をもって適応できる条件を整えることが、英雄であるためのスキルなのだ。人類は進化の過程において便利な道具に囲まれていくうちに、我々自身の身体を道具のように使うということを忘れてしまったのである。

人類の身体は、3つの行為で役立つために進化したと言われるーー狩猟、採集、シェア。これら3つがあまりにも情報化してしまった昨今、行為そのものにも身体性を取り戻す必要があるようだ。そのために身体をアップデートするのではなく、ダウングレードすることの方が近道である。自ずと我々は、健康とは何かの代償と引き換えに手に入れるものではないことに気付き、スマートボディーを取り戻すことができるのだ。

本書は英雄の足取りを追いかける冒険ファンタジーのようでありながら、実践的な内容も伴う。これぞノンフィクションならではの醍醐味と言えるだろう。

またナチュラルムーブメントのルーツとして幾度となくギリシャ神話を引いている姿勢からは、本気で世の中を動かしていこうという、ブランディングとしての強い戦略性も感じた。仮想敵はスポーツ用具メーカーやフィットネス業界の狡猾なマーケティング手法である。だが、そもそもギリシャ神話をファンタジーと捉えるのは現代人の奢りにすぎず、古代人たちはナレッジを集積したハウツー本として語り継いできたのかもしれない。

本書を一読すれば、英雄になるための技術は、誰もが身につけられることを確信するだろう。しかし本当の意味で英雄に必要なのは、自ら語ることではなく、他人に語り継がれることである。このテーマに最もふさわしかった書き手としての著者の存在を、最後のピースと感じさせながら、英雄譚は幕を閉じる。名もなき英雄たちが、真の英雄に生まれ変わる瞬間を目の当たりにできるのは、幸運であるというよりほかはない。

BORN TO RUN 走るために生まれた~ウルトラランナーVS人類最強の走る民族
作者:クリストファー・マクドゥーガル 翻訳:近藤 隆文
出版社:日本放送出版協会
発売日:2010-02-25
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