原発事故の街の美しい森『チェルノブイリの春』

永田 希2015年09月11日 印刷向け表示
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現在のマンガ界で、最高に透明感のある色彩で作品を描く人物。その名もエマニュエル・ルパージュ。ルパージュは、フルカラーで作品が発表されることが少なくないフランスの出身。彼の代表作で、南米の革命と内乱を描いた『ムチャチョ』も強烈で鮮やかな色使いが印象的でした。

ムチャチョ―ある少年の革命 (EURO MANGA COLLECTION)
作者:エマニュエル・ルパージュ 翻訳:大西愛子
出版社:飛鳥新社
発売日:2012-04-10
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※『ムチャチョ』で主人公がジャングルに足を踏み入れる場面。不安と開放感が入り混じる。

アマゾンの奥地に住む先住民族と、彼らを観察する女性研究者を描いた出世作『悪無き大地』も邦訳されており、これからの日本での紹介が楽しみな作家です。

ユーロマンガvol.8
作者:エマニュエル・ルパージュ
出版社:飛鳥新社
発売日:2013-04-04
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※『悪なき大地』のワンシーン。美しい。

  『ムチャチョ』も『悪なき大地』も、むせ返るような密林の空気感が素晴らしい作品でした。しかし今回ご紹介する『チェルノブイリの春』は驚くほど色味が少ない。表紙こそ見事な木立ちの緑が鮮やかですが、読み始めるとその重々しく暗く味気ない画面に、すっかり気持ちが滅入ってしまいます。

チェルノブイリの春
作者:エマニュエル ルパージュ 翻訳:大西 愛子
出版社:明石書店
発売日:2014-05-02
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※チェルノブイリで作者が出会う廃墟の場面。陰鬱です。

テーマも原子力発電所事故でほぼ廃墟になった街に取材して、その惨劇の痕跡を目撃してヨーロッパの人々に知らせるのだ、という真面目な内容。あれ、こんな作家だったっけな…たしかに生真面目なところはあったけれど…と思いながらページを繰っていくと、だんだんと様子が違ってきます。

チェルノブイリのような歴史的な事故があり、街全体が放射能に汚染されていても、そこに暮らす人々が活き活きとしていて、自然が美しいという事実に作者が気づかされ、もともと「目撃」するはずだった惨劇の痕跡よりもそちらを描きたくなっている自分に困惑し始めるのです。

  
※チェルノブイリで作者が思わず油断してしまったほど美しくきらめく風景。

それは、陰気な表現に退屈し辟易としかけていた読者にとってはありがたいことなのですが、しかし確かに事故によって大量の死者が生まれ、生活を破壊された人々も多くいて、自然にも取り返しのつかない影響が出たことは否めないのです。では、この美しさは何なのか?作者の困惑は、美しいものをとらえ、美しく描けるからこそ突きつけられ、そこから逃れることのできないものでした。 

『チェルノブイリの春』については、作者がどう作品を締めくくったのかはここでは書かずにおきます。その代わり、この『チェルノブイリの春』が刊行されてすぐに日本で起きた福島の原発事故を取材した『フクシマの傷』が本書に併せて収録されていることを付けたしておきます。

原発事故の痕跡を訪ねた『チェルノブイリの春』に対して、まさに事故が起きたばかりのフクシマの街に赴いた『フクシマの傷』は、生々しさが違います。福島の原発事故について「美しい」と言う人は少ないでしょうが、チェルノブイリのように、今でも現地で生きている人たちがいる。彼らの生活をどう考えるべきなのか。マンガでしか描けない「答え」が本作で試みられています。

政治的にも経済的にも「美しさ」は直接の解決を与えてはくれませんが、それでも心理的には安らぎのようなものを与えてくれます。あるいは、政治的だったり経済的な理由で暗く方向付けられていた気持ちを、優しく迷わせてくれるものでもあります。……こう言っては何ですが、言葉では何とでも言えますが、本作はそれを体感的にわからせてくれるものだと思いました。原発事故が他人事ではないと思っているすべての人にオススメしたい1冊です。

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出版社:中央公論新社
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