しりあがり寿5年がかりの大仕事『黒き川』シリーズは僕たちの“教典”ともなり得る大傑作だ!

トーチWEB編集部2015年09月15日 印刷向け表示
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なんて大げさな見出しから始まりました。マンガHONZをお読みの皆さま、こんにちは初めまして、トーチweb編集部の関谷です。ひょんなことからマンガHONZでレビューを書くことになりました。じゃあ何を書こうか。やっぱ電子書籍でも発売されていてすぐに読めるものがいいよね。そういえば最近「トーチweb」で連載しているひらのクンと、しりあがり寿さんの最新作が傑作だって話をしたな…。しりあがりサンの最新作『黒き川』シリーズって、電子書籍だと半額以下の値段で販売されてるじゃん! ということで、この作品を紹介することにします。

黒き川<黒き川> (ビームコミックス)
作者:しりあがり 寿
出版社:KADOKAWA / エンターブレイン
発売日:2015-03-11
  • Amazon Kindle

『黒き川』シリーズは、混沌(ケーオス)から宇宙(コスモス)が誕生する様が描かれているのだ!

しりあがり寿はギャグ漫画家である、と説明するのは簡単だけど、どんなギャグ漫画家なのかを、もう少し説明するためにあえて音楽家に例えてみると、僕なりの解釈だとインプロヴァイザーもしくはフリー・ジャズの奏者に近い表現者なんじゃないかと思っています。マンガ様式をリスペクトしながら自由に振る舞い踊る紫綬褒章受章マンガ家…。さて、そんなしりあがり寿さんがコミックビーム2010年7月号〜2014年10月号までの足かけ5年に渡って、いくつかの物語を断続的に連載された作品を再編集して2015年に単行本化されたものが『黒き川』シリーズです。『黒き川』をはじめ『ノアの阿呆舟』『アレキサンダー遠征』『そして、カナタへ』の4冊からなります。

『黒き川』

主人公のカナタが、父・アレキサンダーを追って黒き川を越えて旅をしていくと、地獄の門番・ケロベロスと対峙し、その結果地獄の門が開き、その先にある七つの大罪の悪魔とカナタが向き合いはじめるという冒険物語。

 
途中途中にハミチンさんをはじめとするカナタと関係なさそうな話が挟み込まれていきますが、そのハミチンさんが、カタナの冒険にまさかの合流をして…。カナタの冒険の途中で本が終わっちゃうので非常にモヤッとした読感です。「これで終わり?」みたいな。話は続いていくのですが…

『ノアの阿呆舟』

ノアの阿呆舟<黒き川> (ビームコミックス)
作者:しりあがり 寿
出版社:KADOKAWA / エンターブレイン
発売日:2015-03-25
  • Amazon Kindle

地球滅亡の危機!? 地球脱出を試みるノアと、その舟に乗るキンキンと野生のiPadとロボットのトビコ(手塚治虫オマージュ)たちによる近未来SF物語。

こちらにも僕の大好きなハミチンさんが登場する短編などが挿入されます。僕はハミチンさんを尊敬しています!

 

この巻は全体的にコメディ色が強く、スルスルッと読めます。ただ肝心なノアの阿呆舟の行方や、乗組員たちのその後は本巻では明らかにされません。

『アレキサンダー遠征』

アレキサンダー遠征<黒き川> (ビームコミックス)
作者:しりあがり 寿
出版社:KADOKAWA / エンターブレイン
発売日:2015-03-25
  • Amazon Kindle

  冒頭に東日本大震災と原発が爆発する作品がが描きおろし収録されているため、現実世界の話のように読めます。震災後、不安に怯えるカップルの物語。

 

不安で不安で眠れなくなる彼氏。夜が深まっていくにつれ、しりあがり寿さんの代表作の一つ『真夜中の弥次さん喜多さん』のような「真夜中」表現(?)に突入していくと、カップルは彼氏の「生まれたところ」行きの列車に乗り込み、現実とは別レイヤーの世界へ。そこで彼氏は古代ギリシャ風ファッションにハマり、自分の町に絶望し、「だからオレは遠征に出るよ」という唐突な宣言をしたかと思えば、すぐさまアレキサンダー大王となって(え?)出発すると、その先にあの黒き川が!? 一方、彼女のお腹には新たな生命が宿っていて…。

この巻あたりから、「アレキサンダー大王の息子のカナタのお父さんが彼氏で…あれ? このアリストテレスってノアの阿呆舟の人じゃないの…?」みたいなデジャヴにも似た認識の混乱と倒錯が生じ始め、僕の場合はここでもうズブズブにドハマりしていました。沼です。
 

『そして、カナタへ』

そして、カナタへ。<黒き川> (ビームコミックス)
作者:しりあがり 寿
出版社:KADOKAWA / エンターブレイン
発売日:2015-06-25
  • Amazon Kindle

それぞれの巻で別々に語られていたことが、冒頭に描かれる「黒き交差」という話をきっかけに、過去・現在・未来に別れていたレイヤーの統合がはじまります。

 


「七つの大罪の悪魔と対峙しながら父を探すカナタの旅」、「不安を抱えたカップルのその後」、「ノアの阿呆舟による移住計画」が、時空を超えて同一レイヤーに落とし込まれていくので、その過程で当然かのように物語は渾沌としていき、物語と同じくノアの阿呆舟もコントロールを失っていきます。その進路の先には全てを呑み込むクラウドの墓場が…!?

 

 

と、読まれていない方には「なぜレイヤー統合を?」「なんで渾沌とするの?」「クラウドの墓場って?」という具合に訳がわからないと思いますが、とにもかくにも荒唐無稽とも思えるギャグやアクション、ラブストーリー、ビルドゥングスロマンなどを縦横無尽に行き来しながらギリギリ破綻もせず、渾沌とした様が本当に渾沌としたまま描かれ、その混沌から「すごいエネルギー」が立ち上がっていくのを、意味より先にイメージでただただ認識していく感覚。このダイナミズムが、最高に気持ちいいんですよね。キャラやシーンによって使い分けられる絵柄のタッチも自由自在です。

 
 

そのハミチン(隠語)しながらアクロバティックに描かれる物語は不思議と懐かしくもあり、不安と希望が同居する現実そのもののようでもあり、ただの生命の叫びのようでもあり…

 

そして気がつけば僕の目の前にも『黒き川』が横たわっているのだ…なんてちょっとロマンティックな「あ…この物語って結局、オレの話だったんじゃないか!?」みたいな、「この川を渡るか否か、オレが選択しないと!」みたいな、最後は自分自身の物語であるように思えてしまうこの『黒き川』シリーズ。

おまけにその『黒き川』の渡りかたまでも暗示してくれるような側面も本作にはあって、ハミチン教(好きな宗教の名前に置き換えてお読みください。)の教典みたいな本でもあるなぁ…読了! 「読めてよかったな〜、もう一回読も!」という読書体験を経て、僕の脳内では『火の鳥/手塚治虫』や映画『クラウド・アトラス』、「過去、現在、未来—— この言葉はおもしろい どのように並べかえても その意味合いは 少しもかわることがないのだ」という冒頭文から始まる『光る風/山上たつひこ』が反射的に呼び起こされていました。どれも傑作ですよね。
 
火の鳥9
作者:手塚治虫
出版社:手塚プロダクション
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クラウド・アトラス 上
作者:デイヴィッド・ミッチェル 翻訳:中川 千帆
出版社:河出書房新社
発売日:2013-01-22
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光る風
作者:山上 たつひこ
出版社:フリースタイル
発売日:2015-03-30
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さて、予定の文字量をとっくにオーバーしてお送りしました『黒き川』シリーズ。紙の本で全て揃えるにはなかなかハードルが高く感じるのですが、電子書籍では半額以下の値段で用意されています。食べログ評価4.0超え、5,000円の創作無国籍料理レストランのカップルお断りコース・ディナーが、ランチだと2500円で食べログ評価3.8みたいな感じ。しりあがり寿マンガの真骨頂を、ランチ価格でリーズナブルに読んでみませんか?とっても美味しいです。

電子書籍で読んでも本著が漫画家はもちろんのこと、編集者(岩井好典/エンターブレイン)・デザイナー(祖父江慎+鯉沼恵一/cozfish)のワザが結集された結果、読むたびに豊かな読書体験ができる名著(バイブル)に仕上がっているな〜ということは感じとれるかと。

(文/トーチweb編集部 関谷)

黒き川 (ビームコミックス)
作者:しりあがり寿
出版社:KADOKAWA/エンターブレイン
発売日:2015-03-11
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出版社:中央公論新社
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