『ソーシャル物理学 「良いアイデアはいかに広がるか」の新しい科学』 解説 by 矢野 和男

草思社2015年09月17日 印刷向け表示
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センサなどによる詳細な観測で得たビッグデータにより、人間は他者からどのような法則で、影響を受けるのかが明らかになっているという。それを可能にしたのが「社会物理学」という新しい分野。

かつて『データの見えざる手』で話題を呼び、著者のペントランド教授と共同研究をした経験も持つ矢野和夫さん(日立製作所研究開発グループ)に「社会物理学」について解説いただきました。(HONZ編集部)

ソーシャル物理学: 「良いアイデアはいかに広がるか」の新しい科学
作者:アレックス・ペントランド 翻訳:小林啓倫
出版社:草思社
発売日:2015-09-17
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本書は、Alex 'Sandy' Pentland教授の Social Physics: How Good Ideas Spread-The Lessons from a New Science (2014)の全訳である。

ビッグデータに関しては、最近ではたくさんの書籍が出版されている。

それらの中で『ソーシャル物理学』に書かれていることは、他書の追随を許さない高みにある。どこが違うのか。著者本人には書きにくいことも含め、本書とペントランド教授の仕事を、私なりに位置づけて解説してみたい。

後に「ビッグデータ」と呼ばれることになる大量の実社会データを活用する研究が、今世紀に入り、マサチューセッツ工科大学(MIT)のある米国ボストンの地で立ち上がり急発展した。その中心人物が、著者のペントランド教授である。この動きの中で、本書にも紹介されている「社会物理学」の構想が、具体的な社会実験とともに組み上がっていったのである。

私は、著者のペントランド教授と、2004年から2009年まで共同で研究をする機会を得た。この動きに参画できたのは、幸運な縁であった。これをもとに私の研究は発展し、その内容を2014年に上梓した『データの見えざる手―ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』(草思社)に綴った。拙著は2014年のビジネス書トップ10(Bookvinegar社)にも選出され、既存の枠組みを超えた点が評価されたが、今回改めて振り返ってみると、ペントランド教授から後に述べる隠れた重要な影響を受けていたことに気がついた。

なぜ「社会物理学」?

まず、なぜ社会物理学なのか、である。

社会を科学的に理解するということは、「社会科学」が学問としてとり組んできたはずだ。なぜ敢えて「物理学」という異質な学問と結びつける必要があるのか。

社会科学の目的が「社会を科学的に理解し、制御する方法を見出すこと」だとすれば、人類・社会にとってこれほど重要な学問はあるまいと思われる。

しかし、その「社会科学」が残してきた結果をみると、学者の間でのみ通じる難しい理屈や、現実からかけ離れた実験研究が多いことは否定できない。

これは社会を対象にしていることでやむを得ない面もある。シマウマや岩石を研究するなら具体的である。だが、貨幣、組織、制度など、社会を構成している概念はもともと人が頭でつくりだした抽象物だ。貨幣がただの紙ではないのは、そのように皆が信じているからである。人が信じているものが大事だとすれば、いきおい抽象的で理屈っぽくならざるを得ないかもしれない。

また、社会を定量化するために使われてきたのはアンケートである。例えば「1から5の数字で答えてください」というアンケートへの回答は主観的で精度が低い。少なくとも、自然科学での精密かつ定量的な、いわゆる「科学」のイメージからは大きく外れている。これが二十世紀までの社会科学の現実だった。

ところが2000年前後から、米ボストン地区の大学で新しい動きが始まった。ボストンはMITやハーバード大学などを擁し、米国の知的活動の中核都市である。一見独立に、あるいは直接・間接に交流しつつ、ノースイースタン大学のアルバート・バラバシ教授、ボストン大学のユージーン・スタンレー教授、ハーバード大学のデービッド・レーザー教授などによって、ITシステムに蓄積された社会の大量データを使って、社会の挙動を理解する研究が始まったのだ。MITのペントランド教授もその中心人物のひとりだ。

この中でもペントランド教授の発想は独創的だ。人の行動に関わる断片的な「ゴミのようなデータ」こそが重要だと考えたのだ。

人間を定量的に理解しようとするとき多くの人は、その人がどんなことをいったか、どんなことを書き込んだか、どんな仕事をしたか、などの意味のある行動記録が重要だと考える。

ところが、ペントランド教授の発想は逆だった。一見意味のない微妙な身体運動の大きさやタイミング、たまたま誰の近くにいたか、たまたま何を目にしたか、などに関連する「パンくず」のようなデータにこそ社会を理解する宝があると考えたのだ。

実は、これらのゴミのような情報は、無意識に人の行動の影響を受けており、社会の実情を忠実に映しているというのである。2000年ごろ、時代は携帯電話がネットにつながりはじめ、また企業は定型業務をコンピュータで処理するようになったころのことだ。大量の生活や業務に関するデータが日々情報システムに蓄積されるようになった。もともとは社会研究のためのデータではないが、これを活用することは、社会を定量的にとらえるレンズが得られたのに等しい。

物理学が過去400年にわたり、客観的な計測データによる検証・反証により発展してきたように、社会についてもデータによる検証・反証可能な科学が発展しはじめたのである。

この動きを牽引してきたのが著者のペントランド教授であり、それが体系化されたのが「社会物理学」である。本書には、コンピュータに溜まった大量のデータを使うことで見えてきた社会の法則性が多数紹介されている。

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