ハードボイルド医療マンガ『K2』が描く、ハードな最先端医療の世界

森 旭彦2015年09月28日 印刷向け表示
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K2(17) (イブニングKC)
作者:真船 一雄
出版社:講談社
発売日:2012-06-22
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 はじめまして。僕はサイエンスやテクノロジーなどを主に書いているライターです。インスピレーションや想像力を与えてくれるサイエンスと出会いたくてこの仕事をしています。社会を前進させるようなサイエンス、世界を狂わせるようなマッドサイエンス、そもそも人間の欲望とは何か、知性とは何か、そんな人間を超える人工知能は生まれるのか、そんなことを考えながら、いろんな科学者に会ってお話するのが好きです。

マンガHONZでは、マンガの中に出てくるサイエンスを面白い切り口でご紹介する、企画的なレビューを書かせていただこうと思います。どうぞよろしくお願いします。


未来、僕たちの命の考え方には大きなパラダイムシフトが起こるのだろう。たとえば今は僕たちの頭蓋骨内に閉じ込められている知性も、いずれはその外側へ“移住”する可能性があることが指摘されている。現在の最先端の創薬などで使われている分子計測技術の延長上には、知性をアーカイブできる可能性があるという。知性は脳細胞同士のつながりが形成していると考えられていることから、脳の完璧な分子構造が超高解像度でスキャンできれば、ひとりの人間の知性そのものを再現でき、肉体を離れて存続することが可能になる、と話す研究者をかつて取材したことがある。


未来ではそうした人間の肉体から移住した不死の知性が、宇宙の果てへ旅立つようなことも不可能ではないのかもしれない。そんな未来が訪れた時、僕達は自らの命というものを、知性の入れ物のように考えてしまうのかもしれない。

もう少し近い未来の話をしよう。


僕たちが病気になり、ある臓器が機能不全に陥ったとする。がんや心筋梗塞など、死の危険は決して非日常ではなく、この日常の延長上にある。もしも、絆創膏のように臓器にシートを貼るだけで治る未来が訪れた時、僕たちは命をどう考えるのだろう?


そんな未来の医療を実現しようとするのが「細胞シート」だ。患者自身の細胞を培養し、シート状に加工し、問題のある臓器に貼り付け、回復させるという未来の「再生医療」だ。医学にエンジニアリング、つまり工学的なテクノロジーを持ち込んだ「細胞シート工学」は、日本発・世界初の再生医療技術。第一人者である東京女子医科大学の岡野光夫教授・副学長の「温度応答性培養皿」を基盤研究としている。


細胞シート自体は以前に大きく話題になったものであり、今ことさら言及するまでもないが、それが製造・販売可能になったことが最近の新しいニュースだ。9月中旬、厚生労働省はテルモ株式会社が開発したヒト(自己)骨格筋由来細胞シート「ハートシート」を「再生医療等製品」として条件付き・期限付きで承認したのだ。この細胞シートが起こしている奇跡には目を見張るものがある。たとえば目の角膜を損傷した患者に、口内の細胞を培養した細胞シートを移植すると、視力0.01の患者が0.7に回復した事例があるという。これは車の運転免許取得を可能にする数値だ。

この細胞シートによる最先端医療を描いた医療漫画がある。「イブニング」で連載されている真船一雄さんの『K2』だ。『K2』はもちろん、その前作である『スーパードクターK』はいわゆる医療漫画における名作として知られる。この世代以降の様々なマンガには、ドクターKにまつわるユーモアがいくつか登場するものだ。

(『モアイ 読むと元気になるWeb コミック』にて無料公開中の『K2』第一話より)

「週刊少年マガジン」で『スーパードクターK』が連載された時から約30年が経った続編でも引き続き、「ユワッシャー!」感全開のハードボイルド仕様の医療漫画だ。決して医療の話に繋がらなさそうなシズルカットだが、この181話、単行本の17巻にまぎれもなく細胞シートは登場するのである。

登場する患者は心筋梗塞で倒れ、手術を受けるものの心筋の20%が壊死してしまっている。これでは普通の生活に大きな支障が出る。なんでも心筋梗塞には「黄金の6時間」というものがあるそうだ。発症後6時間以内に詰まった血管を開通させることができれば予後は良好だということだ。この患者はその6時間を超えてしまったため後遺症が残ってしまったのだ。
 

そこでこの患者の大腿部から採取した「筋芽細胞」を培養し、細胞シートに加工して心臓に移植するという治療が施される。臓器移植とは異なり、自分の細胞を使うため拒絶反応はない。この男性は見事に回復を遂げる。

ストーリーとしては、この患者の男性はかつてクローン臓器をつくる闇組織に所属し、何人ものクローン人間を生産しては殺してきており、この細胞シート治療の開発が「私の贖罪の道だと確信している!」という、ぶっとんだ経歴の持ち主だったりするので焦るが、手術シーンのリアリティあふれる画力には目を奪われる…いや、目を奪われすぎてストーリーを忘れてしまいそうになる。

真船一雄『K2』17巻

時代小説において、いわゆる殺陣を描くときにことさら筆が冴え渡る書き手がいるが、それに通ずるものがあって見応えがある。また、医学的裏付けが非常に詳細で充実している。患者の大腿部から採取した細胞をシート化し、心臓の治療に使うという手法は、実際に行われているものだ。

東京女子医科大学と大阪大病院の共同研究では、実際に細胞シートを人間の心臓へ移植する手術が行われている。重い心臓病「拡張型心筋症」を患っていたある患者は、トラブルの多い補助人工心臓なしでは生きることができなかった。そこで足の筋肉から取り出した筋芽細胞を培養して細胞シートにし、心臓に貼り付ける治療が施された。


この世界初の細胞シートによる治療は成功し、その患者は数ヶ月後には補助人工心臓を外し、退院することができた。もちろん今でも元気で健在だという。この細胞シートが実際に製品化されるのだから、すごいことだ。テルモ株式会社のハートシートは、虚血性心疾患による重症心不全の患者を対象にしているという。さらに細胞シート工学は、培養・製造工程の機械化を推進しており、ゆくゆくは臓器をまるまるつくってしまう「臓器ファクトリー」の未来すらも構想しているという。

『K2』には、これ以外にも最新の医療技術が次々に登場する。中にはあまりにマニアックな技術で、医療関係者以外の誰がついていけるんだろう? と思わせるハードなものもある。9月23日発売の最新刊では「腹部大動脈瘤」の手術におけるステントグラフト内挿術「EVAR」が紹介される。ステントグラフトは金網が編み込まれた新しい人工血管で、カテーテルを使って挿入できることから患者への負担の少ない治療法だとされる。

いろんな意味でリアリティが過剰に高い、ハードな医療漫画だ。

 

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