神の眼をもつ男の半生『わたしの土地から大地へ』

久保 洋介2015年10月15日 印刷向け表示
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わたしの土地から大地へ
作者: 翻訳:セバスチャン サルガド
出版社:河出書房新社
発売日:2015-07-14
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「神の眼」を持つといわれ、今世紀最も偉大な写真家と称される男がいる、セバスチャン・サルガドだ。ブラジル金鉱で働く男たち、爆発しつづけるクウェートの油田を消火する消防士、悲壮感漂うルワンダの難民たち、数百万羽ものペンギンたちの群れなど、その圧倒的なインパクトで人々の魂を揺さぶり、観るものを非日常へとつれ去ってしまう彼の写真。セバスチャン・サルガドの場合、写真というよりは一級の絵画のように、まるで何かを超越している。

彼の写真に心を奪われた著名人は少なくない。日本では、緒方貞子・坂本龍一・寺島しのぶら各界有名人が彼の写真に魅了されたと公言している。どうやらHONZ代表の成毛眞もその一人のようだ。

本書はその稀代の写真家の人生を記した初の自伝。写真家の彼が被写体として選んだ「飢餓」「肉体労働」「移民」「難民」「虐殺」といったテーマは、20世紀から21世紀を生きる我々が抱える一大テーマでもあり、彼が現場でみてきたエピソードの数々はそれぞれが本一冊になるほど重厚な内容だ。本書で紹介されるセバスチャン・サルガドの人生を追うだけで、ここ30-40年の国際政治経済を一望できるといっても過言でない。

彼自身の人生も興味深く、特に写真家になるまでの青春時代は読者をひきつける。片田舎から出てきて反政府運動に明け暮れた10代後半、異国の地に亡命した20代前半、国際機関で働くエコノミストというエリート街道を捨てる決断をした20代後半など、青春期だけでも一つの映画になりそうなエピソードが満載だ。

セバスチャン・サルガドが生を受けたのは1944年、ブラジルの小さな農場主の息子として生まれた。神童としてブラジル最高峰のサンパウロ大学に入学し、経済学を学びはじめる。一方、大学で彼が夢中になったのは学問だけでなく、1960年代ブラジル独裁政権に対する反政府闘争だった。闘争はエスカレートし、彼は祖国から追われるようにしてブラジルを離れフランスに亡命する。そこでも彼が学び続けたのが経済学。世の中を突き動かす原動力を極めたことがが彼の写真家としてのその後の糧となる。

フランスでの勉学後、セバスチャン・サルガドは国際機関のエコノミストとして働きはじめ、世界銀行のミッションとしてよくアフリカ各地を旅するようになる。そんな時に出逢ったのが妻からもらったカメラだった。仕事でアフリカを訪れる彼は、仕事のレポートを書くよりも写真をとることに夢中になり始めた。そして29歳のときに、ある大胆な決断を下す。高給とエリートとしての地位を捨て、フリーの写真家になる道を選んだのである。この勇敢な決断により、彼は世界的な社会派写真家としての地位を築くことになる。

写真家になって以降、彼がとりわけ熱中したのは社会問題だった。戦争や難民など社会問題をテーマとした写真をとりつづけ、社会派写真家として名を馳せる。そんな彼の名を世界に轟かせた一枚の写真がある。ブラジルの金鉱山で命を賭けて働く数万人もの屈強な男たちの写真だ。

サルガド自身、その光景をみたとき体中に鳥肌がたったという。これ一枚のために写真集を買っても十分にもとが取れるような傑作である。まるでピラミッド建設にとりくむ大勢の奴隷たちのような壮観な写真。ただそこで働く人たちが奴隷と決定的に違うのは、自らの意思でそこで働いていることだ。新しい金脈を見つけて一攫千金をあてるのを目的とした屈強な男たち。現代社会が生んだ金の亡者をとらえた写真とも言える。

人間の欲望・意思・絶望を写真にとってきたセバスチャン・サルガドは、2000年代初頭から8年もの歳月をかけ、「壮大な自然」をテーマに地球上を練り歩き、新たな写真集を発表した。息をのむほど荘厳で神秘的な写真は、自然から切り離された都市での暮らしに慣れた都会人をクラクラさせる。発売から2年以上経つにも関わらずamazonの洋書写真集「Nature & Wildlife」部門で1位に君臨しつづけているのは納得がいく(2015年10月15日現在)。

本書の読後はきっと彼の写真集を集めたくなるだろう。本書と一緒に眺めると彼の意図がより理解できるようになるので同時に買うのがオススメだ。一見、高額で購入に躊躇してしまう彼の写真集ではあるが、けっして後悔しない質と量である。なんといっても書棚がはえる。写真好きはもちろんであるが、ビジネスマンであれば背伸びしてでも購入をオススメする写真集だ。

本自伝発売に加え、折しも映画監督ヴィム・ヴェンダースが撮りあげたドキュメンタリー『セバスチャン・サルガド/地球へのラブレター』が現在公開中である。70歳を超えて高齢になった今、これまであまり公表されてこなかったセバスチャン・サルガドの言葉・個人史を残しておきたいという気運が高まっている。「神の眼」で彼は何をみているのか、また、我々に見せようとしているのか、本書によって明らかになる。  

Genesis
作者:
出版社:Taschen America Llc
発売日:2013-06-15
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セバスチャン・サルガドの最新の写真集。スペクタキュラな光景でみるものを圧倒する。「本当に写真?」と疑念を抱くようなアート性ある作品集 だ。

Workers: An Archaeology of the Industrial Age
作者:Sebastiao Salgado
出版社:Aperture
発売日:1993-10
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 大規模製造業の現場で働く男を中心とした写真集。これを観ると、世界観が変わってしまうほど、強烈な写真の数々である。

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
出版社:中央公論新社
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