私が死んで同情されるのは 死ぬしかなかった私じゃなくて 娘を亡くした両親だから『誰も懲りない』 「神さま」ってこころの痛みを計るモノサシなのかもね

宮﨑 雄2015年10月14日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
誰も懲りない
作者:中村珍
出版社:太田出版
発売日:2014-02-18
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂
  • HonyzClub

今年の春から働き始めた会社で、もう何回も「君はこの会社が最初だからわからないだろうけど…」的なことを言われてます。「今の会社での経験=フルタイムで働いた経験の全て」な新卒なので、自分は会社でのふるまいを客観的に省みられていないということでしょう。

ところでそれって、家庭にも同じことが言えると思います。たとえば、今の家族が僕にとって最初の家族です。幸いなことに両親は生まれてこの方、仲良しこよしでメンバー構成に変更はありません。今の家族以外の家庭は経験したことがないのです。だからきっと僕は、家庭を客観的に省みることができません。『誰も懲りない』はきっとどこにでもいる、そんな家庭で育ってきた人の気分をゲドゲドにしてくれること請け合いの怪作です。

 

家族の物語。自慢の父母。

『誰も懲りない』はありがちな家族の物語です。明るくてよく働くお父さんと、優しくてきれいなお母さん。そんな家庭で育てられた主人公・登志子と弟の物語です

金銭的な不自由はなく、両親の仲も良好。父は授業参観にくれば同級生たちに羨ましがられるほど若々しく、母は日本舞踊の師範で、楽屋に遊びに行くと他の誰よりも美しい顔で出迎えてくれます。ありがちな家族であり、恵まれた家庭であると言い切っても差し支えないでしょう。

『誰も懲りない』より

”堅実で 勤勉で 明るくよく働き お酒も 煙草も やらない身形の整った 私の 自慢の父です”

”母は 優しくて 上品で 穏やかな 人です とても きれいな人です”
 
 

家族の物語。"自慢"の父母。

「自慢の」という形容詞を『誰も懲りない』以上に皮肉に用いた作品を僕は知りません。家族を自慢する先はいつだって他人です。父が普段「私」に対してどんな理由で罵倒しているのか、母が「私」を無視するのはどういう時なのかは、他人に自慢できる父母であることとは一切関係ありません。他人から見られるときに優れているなら、それは自慢の両親です。

『誰も懲りない』より
 

このシーン、父の言葉は僕から見れば思いっきり異常ですが、表情は真剣そのものであり、冗談でも偽悪でもないことがハッキリとわかります。彼は、彼にとって真剣に残念に発言しているのです。真剣に、ホタルの光に心動かされない登志子の心を罵倒しています。
たしかこれは僕が小学生の時だったと思いますが、友達の家に遊びに行った時に、その友達が母親のことを名前で呼んでいました(『クレヨンしんちゃん』で、しんのすけが「みさえ~」と呼ぶように)。これは結構衝撃でして、その友達を見る目が変わったのを覚えています。どう変わったかというと答えに詰まってしまいますが、強いて言うならば、違う家の子なんだなという意識が強まりました。違う家庭で育てば、常識もまた違うということを突きつけられました。
罵倒を受けた登志子の表情は傷ついたようにも、何も思っていないようにも見えます。彼らの、この家庭では、それが日常だったのかもしれません。
 

それでも絶対、自殺はしません。

小さい頃から容赦なく受けていた言葉の暴力は、歳を重ねるうちに容赦ない物理的な暴力に変わり、そこでおそらく初めて登志子は家庭が歪んでいること、日常ではなかったことに気づきます。母は罵られながら父に殴られる登志子を助けることなく紅茶を一口。曰く、「割って入っても火に油を注ぐだけじゃない…」。そんな環境で、登志子は父を夜中に包丁で殺害する寸前の精神状態まで追い詰められます。ですが、自殺という道だけは決して選びません。

殴られて 罵られて 何度も死んでしまおうと思いました でも私は死にませんでした。

私が死んで同情されるのは 死ぬしかなかった私じゃなくて  娘を亡くした両親だから
亡くせば一躍「最愛の我が子に先立たれた不幸な夫婦」だから 与えません 世間からの同情を 殴られて蹴られて罵られて軽んじられた果てに 私は絶対与えません そんな無敵の称号を 私の両親には与えません
 
 
 
『誰も懲りない』より
 
 
かつての「自慢」の両親へプラスに働きかねないことを、自分の死の影響までも想像して排除する登志子。その思考法が常識からかけ離れていることを読者である私たちは理解することができます。しかしここまで読み進めてしまっていると、登志子がこの思考法に至るしかないこともまた、理解できてしまいます。
 
 
物語は登志子が小学生から大人になるまでの時間軸を行ったり来たりしながら、救いようのない急直下で収束し終了し、胸糞悪くなる読後感を残します。全190P程なのに、読むのにめっちゃ体力を要します。
それは登場人物の在りかたへの拒否反応か、はたまた初めて客観的に見せられた家庭のグロテスクさへの嫌悪感のせいか。良くも悪くも家庭のこと・家族のことを考えさせられること請けあいです。
 
誰も懲りない
作者:中村珍
出版社:太田出版
発売日:2014-02-18
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂
  • HonyzClub

 

記事へのコメント コメントする »

会員登録いただくと、記事へのコメントを投稿できます。
Twitter、Facebookにも同時に投稿できます。

※ 2014年3月26日以前にHONZ会員へご登録いただいた方も、パスワード登録などがお済みでない方は会員登録(再登録)をお願いします。

コメントの投稿

コメントの書き込みは、会員登録ログインをされてからご利用ください。

» ユーザー名を途中で変更された方へ
 変更後のユーザー名を反映させたい場合は、再度、ログインをお願いします。

ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
出版社:中央公論新社
発売日:2014-10-24
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

電子版も発売!『ノンフィクションはこれを読め! 2014』

HONZ会員登録はこちら

人気記事