『ロマネスク美術革命』

出口 治明2015年10月15日 印刷向け表示
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ロマネスク美術革命 (新潮選書)
作者:金沢 百枝
出版社:新潮社
発売日:2015-08-27
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西洋の美術と言えば、端正な古代ギリシア・ローマ、天を衝く中世のゴシック、遠近法と解剖学的な人体表現によるルネサンスがスタンダードであろう。しかし、著者は11~12世紀のロマネスクこそが、知識より感情を、写実よりかたちの自由を優先する美術革命だったと主張する。本書は豊富な図版をもとにモダンアートにも通じるロマネスクの面白さを縦横に語る意欲作である。

従来は、「ゴシック至上主義者」エミール・マールに代表されるキリスト教図像学者が、「稚拙」なロマネスク美術を発想源とされるテクストとの関連で読み解いてきた。これに対して著者は、「書物よりも大理石を読み解こう」と考え、「反図像学的試み」を主張するマイケル・カミールに親近感を抱く。そして、ヨーロッパの古寺巡礼を始めたのだ。読みながら、ヴェズレ―やオータンなどのロマネスクの聖堂を訪ねた時の感動を思い出した。

ところで、ロマネスクという言葉は、19世紀にイングランドの古典学者、ウィリアム・ガンが用いたのが最初らしい。一般には、シュルシャン師がフランスで1950年代に刊行したゾディアック叢書でロマネスク聖堂が広く知られるようになった。11世紀、中世の温暖期を迎え人口が急増したヨーロッパでは聖堂建築ブームが起こった。その要因は、封建制の確立による社会の安定化、農業革命(新しい村々が生まれ新しい聖堂が必要となる)、聖地巡礼の流行だと著者は指摘する。

石材は地元で調達した。柱頭は、ドーリス、イオニア、コリントの伝統的な3様式から自由に逸脱し、動物や人間など生き物と物語が躍進し始める。僕も魅惑的なロマネスクの柱頭彫刻は大好きだが、ゴシック期に天井が高くなると(柱頭に工夫を凝らしても見えないので)徐々に消えていった。

次に柱頭と並んでロマネスクを代表するテュンパヌム(扉口の上の半円形部分)。アンリ・フォションは「枠組みの法則」を唱え、枠組み(柱頭や半円形)にあわせてかたちが歪んだと考えた。著者は、逆に、枠組みの制約を活用して表現の自由、かたちの自由を切り開いていったと見る。この視点はとても面白い。この他、ケートスと呼ばれた海獣の変貌(ヨナを呑み込んだ怪物、ケートスが大魚に。さらにもう一つの変化としてケートスからドラゴンへ)も興味深い。

さらに著者は「聖域の作り方」を考える。最初は長方形の古代の集会所、バシリカ。次にヨーロッパの聖堂建築に定式を与えたコンスタンティヌス帝がローマに建てた二つの聖堂(サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノと旧サン・ピエトロ)、著者は北方ゲルマン世界のロマネスクへの影響を探ろうとノルウェーの木造教会(スターヴヒルケ)を訪れる。

北方の荒ぶるエネルギーはイングランドにも残されていた。南の定式と北の情動が出会って(地中海文化とケルト・ゲルマン文化の融合)、ロマネスクが生まれたと著者は考える。そして聖堂建築で最も華やかな塔。ポンポーザ大修道院の塔が最も美しいという著者の意見には同感だ。もちろん、ロマネスクの作り手たちにも筆は及ぶ。

そして、ゴシックが誕生する。ロマネスク聖堂とゴシック聖堂の相違は何か。著者の見立ては、分断・世俗化・巨大化である。ゴシック聖堂の空間は富裕層に分譲され(家族礼拝堂が典型)、聖堂の一体感は損なわれていった。手作りの大理石の床は大量生産のタイルに置き換えられていった。

「ルネサンス以降、古代ギリシア・ローマの美を最高位に据える美的基準がヨーロッパ全域で専制的な規範となり、文化的な猛威を振るった」と著者は指摘する。こうした視点に立てば、ロマネスクは素朴で稚拙な準備段階のように見えるかも知れない。しかし、美の基準とて唯一ではない。なぜ、近年になって、ロマネスクが再発見されたのか。「ロマネスクを見ることは、美の多様性へと眼をひらくことでもある」というのが著者の結論だ。ロマネスク好きには堪らない1冊だろう。

出口 治明
ライフネット生命保険 CEO兼代表取締役会長。詳しくはこちら

*なお、出口会長の書評には古典や小説なども含まれる場合があります。稀代の読書家がお読みになってる本を知るだけでも価値があると判断しました。
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